2.アスレチックスのフランチャイズ移転は誰からも歓迎されていない
フィッシャーの両親はギャップの創業者である。彼の純資産は 20 億ドル以上と推定される。彼は 2005 年にパートナーとともにアスレチックスを 1 億 8,000 万ドルで買収した。昨年、アスレチックスの評価額は 10 億ドルを超えた。しかし、彼は以前から他のメジャーリーグ球団のオーナーよりもお金を使うことには消極的だった。新型コロナのパンデミックで MLB が閉鎖された時、アスレチックスはマイナーリーガーに給料を払い続けないと発表した唯一のチームであった(結局、アスレチックスは批判を受けて方針を転換せざるを得なくなり、各選手が受け取ることになっていた週給 400 ドルを復活させた)。フィッシャーがオーナーになって以降、一貫してアスレチックスの年棒総額はメジャーリーグの最低レベルである。現在の年俸総額は 6,000 万ドル前後で最下位である。ちなみに 2 番目に低いチームよりも 2,000 万ドルも少ない。2019 年にアスレチックスの内野手マーカス・セミエン( Marcus Semien )はア・リーグの MVP 投票で 3 位に入る活躍を見せた。彼は、成績の振るわなかった 2020 年のシーズンが終わった際に、翌年以降の契約更新交渉に臨んだ。アスレチックスが提示したのは、年棒 1,250 万ドルで、それを 11 年分割で支払うというものだった。彼はサンフランシスコ近郊の出身だったので契約更新して残留することを希望していたのだが、仕方なくトロント・ブルージェイズと 1 年 1,800 万ドルの契約を結ぶこととなった。翌年、彼は再び MVP 投票で 3 位に入った。それで、テキサス・レンジャーズと 7 年で総額 1 億 7,500 万ドルの契約を締結した。その翌年、アスレチックスのフロントは人気のある若手中心選手数名をトレードで放出した。同時にシーズンチケットの価格を 2 倍に引き上げた。
先日、アスレチックスのカヴァル社長は、アスレチック紙( The Athletic )の記者に対し、「ラスベガスへの移転に先立って、選手の年棒を大幅に引き上げる計画を立てている。新しいスタジアムができたら全球団の中でもトップレベルの水準にする。」と語った。彼はラスベガスに歓迎されて移転した NFL のレイダースと同様の成功を収めることができると考えているのだろう。移転すれば、直ぐに主催ゲーム全試合のチケットが完売するようになり、他の用事ではラスベガスに来ることのないファンが何十万人も訪れるようになり、球団経営が軌道に乗り、ワールドシリーズを何度も制覇できるようになると夢想しているのである。しかし、彼以外にその夢が実現すると思っている者はいないだろう。ラスベガス市長のキャロライン・グッドマン( Carolyn Goodman )はポッドキャスト「フロント・オフィス・スポーツ( Front Office Sports ) 」で、フィッシャーの計画は「理にかなっていない」と語った。「ストリップの中心部にある古いホテルを取り壊して新スタジアムができたら今でも酷い渋滞がさらに悪化する。私はオークランドに知り合いがたくさんいるのですが、アスレチックスが移転することを望んでいる者はいないように感じる」。
実際、オークランドのほとんどの住民は移転を望んでいないのかもしれない。しかし、アスレチックスを支援すべくオークランド・コロシアムに足繫く通うファンの数は極めて少ない。その少ないファンも、スタジアムでは「売却しろ( sell )」と印字されたTシャツを着て、「チームを売却しろ!( Sell the team! )」というチャントを歌っている。今シーズンのアスレチックスのホームゲームの平均入場者数は約 6,500 人である。この数は、スポーツ・ビジネス・サイトのスポルティコ( Sportico )によれば、全米 553 大学の平均、およびイーストコースト・ホッケー・リーグ( 7 チームが所属)を下回っているという。
オークランド・コロシアムをアスレチックスが使用する契約は今年いっぱいで切れる。4 月には、カヴァルがオークランド市とラスベガスに新スタジアムが建設されるまで契約を延長するための協議を続けていると報じられていた。しかしその後、サクラメントの人気ラジオパーソナリティーのカーマイケル・デイブ( Carmichael Dave )が、アスレチックスは来年はオークランド・コロシアムを使用しないと X で公表した。代替でサクラメント市にあるマイナーリーグ用のスタジアムを使うという。それは、ブイベック・ラナディベェ( Vivek Ranadivé )が所有しているものである。ラナディベェは、NBA のサクラメント・キングスのオーナーでもある。後に、ラナディベェがそのスタジアムを無償で貸し出すつもりだったことが明らかになった。ラナディベェは、メジャーリーグの将来のエキスパンジョン(球団数拡大)を期待したトライアルの一環だったと語った。ESPN が報じたところによると、ラナディベェはフィッシャーのアスレチックスをラスベガスに移籍させる試みは成功すると予想しており、アスレチックスがサクラメントのスタジアムを使い続けることはないと信じているという。フィッシャーは、アスレチックスの選手がこじんまりとしたマイナーリーグ用のスタジアムで試合をすることはスリリングだと語っている。グラウンドと観客席が近いスタジアムで最高レベルのプレーヤーが ホームランを打つのを間近に見ることができるという。彼は、ニューヨーク・ヤンキースのアーロン・ジャッジとアスレチックスのプレーヤーのプレーを堪能して欲しいと語っている(なお、アスレチックスの選手の個人名は出さなかった)。
そんな中、アスレチックスはようやくラスベガスの新スタジアムの設計者を決めた。今シーズンが始まる直前、アスレチックスは記者会見を開き、新スタジアムのデザインを公開した。シドニーのオペラハウスを彷彿とさせる。いくつかに分かれた丸い屋根で半分ほどが覆われている。設計者のビャルケ・インゲルス( Bjarke Ingels )は、これを「丸まったアルマジロ型( spherical armadillo )」と表現した。「スペクタクルな街中に建つアスレチックスのアルマジロは、自然光をふんだんに取り入れながら、遮光性にも優れている。ネバダ州の厳しい気候を緩和するよう設計されており、ラスベガスの新たなアイコンになるに違いない」。なお、スタジアムができる場所など、具体的なことはまだ明らかになっていない。その記者会見が終わった後、参席していた者の多くが指摘していたのだが、新スタジアムのパース図では、太陽が東に沈んでいたという。
私はそのパース図を見た時、アルマジロを連想することはできなかった。私が連想したのは、フランツ・カフカが「変身( The Metamorphosis )」の中で描いた主人公のグレゴール・サムサ( Gregor Samsa )という男が目を覚ますと変身していた毒虫である。腹がドーム状であるところと、それがいくつもの硬いアーチ型の部分に分かれているところがそっくりである。ご存じのように、サムサは突然恐ろしい変貌を遂げるのだが、結局は家族の誰からも世話されなくなり死んでしまうのである。♦