The Literature of Cabin Fever
キャビン・フィーバーについて
How lockdown fits into the canon, from the Mad Trapper of Rat River to Huckleberry Finn to “The Shining.”
(ラット川の気狂い猟師もハックルベリー・フィンも孤立感が深まって精神異常に陥りました。映画「シャイニング(The shining)」でも主人公が孤立感が深まり精神を病みました。)
By Ian Frazier April 4, 2022
1.2018年 南極にあるロシアの研究基地で刃傷沙汰
2018年10月31日に、私はニューヨーク・ポスト紙に南極の研究基地でロシアの研究者が同僚の研究者を刺したという記事が載っているのを見ました。そもそも、南極大陸では犯罪自体が珍しいのですが、ニューヨーク・ポスト紙の記事によると、その事件の理由もまた珍しいものでした。加害者のセルゲイ・サヴィツキーが被害者のオレグ・ベログゾフを刺した理由は、読みかけの本の結末をバラされたということだったのです。ロシア北極・南極研究所(AARI)が運営する閉ざされた研究基地内で、2人は何カ月も一緒に過ごし、ともに熱心な読書家でした。サヴィツキーは暇つぶしにたくさんの本を読んでいたのですが、ベログゾフはいつも結末をバラし続けていました。ついにサヴィツキーは堪忍袋の緒が切れてベログゾフの胸をナイフで刺してしまったのです。ベログゾフはチリの病院に運ばれ、回復しました。サヴィツキーは、サンクトペテルブルグに移送され、空港に到着したところで殺人未遂で逮捕されました。
事件が起きたのは2018年10月のことです。時代が時代ですので、そのニュースは瞬時に世界中に拡がりました。まだ、新型コロナの拡大が始まる前のことでした。多くの報道機関が取り上げました。ニューヨーク・ポスト紙の記事は、イギリスの大衆紙サン紙の記事が出典元でした。ロシアのサイトも含めて、ネットでいろいろと調べたのですが、ベログゾフが本の結末をバラして同僚を怒らせて刺傷事件が起きたということが事実であることを示す確かな情報源はどこにも存在していませんでした。また、サン紙の記事は署名入りのものではありませんでした。分かっているのは、どうやらベリングスハウゼン基地で刺殺未遂事件があったようだということだけです。実際には、その事件は、アルコールに関連するトラブルだったようです。その後、サヴィツキーには前科も無かったので不起訴となったようです。
冷静に考えれば分かるのですが、報道されているニュースが事実であるか否かということを世間はあまり重視していないのです。それよりも、ニュースの内容が衝撃的であるか否かということを重視しているのかもしれません。報道機関がニュースを配信するということは、現実に起こった事実を報道しているわけですが、世間がまだ認識していないことを認識させるという役割も果たしているのです。サヴィツキーとベログゾフの事件の報道は、事実を報道するだけでなく、近い将来を暗示する内容も含んでいたのです。その事件の14カ月後に新型コロナのパンデミックが発生し、地球上のいたるところでロックダウンが行われ、多くの人が閉じこもる生活をおくる中で気が狂いそうになりました。サヴィツキーとベログゾフの事件は、南極の窮屈な研究基地で起きたものです。そのニュースが新型コロナの感染が拡大する2020年の少し前に世界中を駆け巡ったことは、その後に起こるロックダウンによる窮屈な生活が苦痛に満ちたものであることを暗示していたようです。2人は、まもなく始まる世界規模の窮屈な生活の初期の犠牲者だったのです。現在、2人と同様に多くの人が新型コロナで窮屈な状態で精神疾患を病んでいます。それは、昔から”cabin fever”(キャビン・フィーバー)と呼ばれている精神疾患です。