The Preventable Tragedy of Polio in New York
悲劇!ニューヨークでポリオ患者発生!予防可能なだけに残念!
Polio is one of the few diseases that can be eradicated—but faltering vaccination rates could undo years of hard-won global progress.
ポリオは、根絶できる数少ない病気の 1 つです。しかし、ワクチン接種率が低下しています。長年の取組みによってほぼ根絶できていたのに、これまでの努力が台無しになる可能性があります。
By Dhruv Khullar August 22, 2022
人類を苦しめる疫病は約1万種ほどあると言われていますが、私たちはそのほんの一握りの病気しか克服することができません。しかし、怠慢や無能によって、克服することができる病気が蔓延ってしまうことがあります。それは非常に悲劇的なことです。今年の6月にニューヨーク州ロックランド郡(Rockland County)で、ポリオワクチン未接種の20歳の男性に発熱と腹痛と首のこわばりなどの症状が出ました。その数日後、彼は足を動かすのにももがかなければならなくなりました。それで、彼は近くの病院で受診したのですが、ポリオと診断されました。アメリカでポリオの患者がでたのは約10年ぶりのことでした。ポリオは、予防することはできても、治療することはできません。
ポリオウイルスに感染してもほとんどの患者は麻痺を起こしません。ですので、麻痺が出たということは、ポリオウイルスがすでに体中に広まっている可能性を示唆しています。公衆衛生当局によれば、数百人が感染した可能性があり、ポリオウイルスは現在ニューヨーク市の下水道の中をウヨウヨしているとのことです。国立予防接種および呼吸器疾患センター( National Center for Immunization and Respiratory Diseases)のホセ・R.ロメロ所長は、「その患者は氷山の一角と見て間違いないでしょう。」と私に言いました。疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention)は、現在の状況は公衆衛生上の緊急事態であると指摘しています。
そうした状況にあるのは、ニューヨークだけではありません。アフガニスタンやパキスタンでは、未だかつてポリオウイルスが根絶されたことはありません。今年の初めに、アフリカからポリオが根絶されたとの宣言が出されてから1年以上経っていたのですが、マラウイとモザンビークで、多くの子供がポリオウイルスに冒されて小児麻痺になりました。2011年に、CIAはパキスタンでウサマ・ビンラディンを探し出す目的で偽のB型肝炎ワクチン接種キャンペーンを実施しました。その極秘作戦の存在が明らかになったことで、その後、人々と医療従事者との間の信頼関係が崩壊し、同国でのワクチン接種活動が後退しました。同国では、国連の援助を受けて子どもへのポリオワクチン接種に従事していた男女6人が相次いで殺害されるという事件も発生しました。ウクライナでは、過去1年間に少なくとも2人にポリオウイルスによる麻痺症状が出ました。イスラエルでは、今年の春に小児8名がポリオに感染したことが報告されました。ロンドンでは6月に下水からポリオウイルスが検出されたため、保健衛生当局は重大な懸念があるとし、市内に住む1歳から9歳までのすべての児童にポリオワクチンの接種をすることにしました。
ポリオのワクチン接種を一通り受けていれば(初回接種3回、追加接種1回の合計4回必要)、99%以上の確率で麻痺が出るような症状は予防できます。アメリカでは93%の子供がポリオワクチンの接種を受けており、集団免疫を獲得できるしきい値をはるかに超えています。ですので、20世紀のように毎年何千人ものアメリカ人が麻痺症状を発症するような事態は発生しないでしょう。しかし、ポリオワクチンの接種率が低い地域があり、そこではポリオウイルスが地域社会に重大な損害を与える可能性があります。ロックランド郡は正統派ユダヤ教信者が総人口に占める割合が高く、反ワクチン活動が盛んです。そこでは、幼い児童の60%しかポリオの予防接種を受けていません。郵便番号の区分ごと見ると、3分の1しか接種を受けていないエリアもあります。(公立の小学校に入学する前に、どの州でもポリオワクチンの接種を義務付けています。しかし、親の宗教上の理由で免除を受けられる場合もあります。また、何らか理由があって、幼稚園入園前までにポリオワクチンの接種を受けれない児童も少なくありません。)
最悪の場合、ポリオの流行が一時的なものでない可能性もあります。そうなると、世界的にこれまで行われてきたウイルスをほぼ根絶した努力の成果が台無しになってしまう可能性もあります。エモリーワクチンセンター(Emory Vaccine Center)の副所長で、かつて国家予防接種プログラム(National Immunization Program)の責任者であったウォルター・オレンスタインは、「私は、今後さらに患者が増えることを本当に懸念しています。」と私に言いました。続けて、「国全体のポリオワクチンの接種率が高いからと言って安心はできません。接種率の低い集団が存在しているかぎり、感染は無くならないでしょう。」と言いました。
ポリオウィルスは感染力が非常に強く、通常、汚染された食物や水を介して感染が広がります。一度感染すると、たとえ無症状であっても、その人は1ヶ月以上ウイルスを撒き散らし続ける可能性があります。ポリオウイルスは主に消化管に居つきますが、時には中枢神経系にも進出し、壊滅的な、時には永久的な損傷を与えることもあります。ポリオウイルス感染者の最大5%が髄膜炎を起こし、脳と脊椎の周りの保護膜に炎症を起こします。200人に1人が麻痺を起こし、通常は足が、時には呼吸をするための筋肉が麻痺して、呼吸困難に陥ることもあります。(世界初の集中治療室は、1950年代にポリオ患者の治療のために開発されました)。感染者の半数が、感染してから数十年後に進行性の筋力低下と痛みに見舞われることがあり、ポストポリオ症候群と呼ばれています。
ポリオウイルスは、コロナウイルスやサル痘と異なり、保菌しているのは人間のみで、人間のみが感染します。ポリオウイルスは、人間以外の他の生物種に寄生することができないため、根絶できれば二度と感染が広がることは無いと予測されています。近年、その根絶の日は遠くないと指摘されています。世界ポリオ根絶イニシアティブ(Global Polio Eradication Initiative)がスタートした1988年には、100カ国以上で年間約35万人のポリオ患者が発生し、1日に1,000人の子供がポリオウイルスによって小児麻痺を発症していました。その後、ポリオの発生率は99.9%減少し、2018年には世界中でわずか138人の患者しか発生しませんでした。ポリオワクチン接種キャンペーンが行われたことにより、麻痺発症者の件数を200万件以上削減できたと推測されています。
軍事紛争、移民の増加、人権侵害等さまざまなことが、ポリオウイルスの蔓延を助長する可能性があります。しかし、ポリオは基本的にワクチンで予防できる病気ですので、ポリオワクチンの接種率が低下した時に感染者が増加します。新型コロナのパンデミックの影響で、世界規模で見ると、小児のワクチン接種率は過去30年間で最大の落ち込みとなりました。2020年には、数十カ国でポリオワクチンの接種が数カ月間にわたって休止されたのですが、その影響で少なくとも1,100人の子どもが下半身不随になりました。2021年には、定期予防接種を全く受けられなかったこどもが2,500万人もいました。一方、反ワクチン運動が、引き続き支持を集めています。
ニューヨーク市の保健衛生当局幹部のアシュウィン・バサンは言いました、「こうした数値を見て、児童の保護者にはワクチンの重要性を認識してもらいたいものです。市は、ワクチン接種の重要性を訴え続けていきたいと考えています。」と。バサンのインドにいる叔父はポリオで半身不随になり、叔母はポリオで亡くなっています。彼は言いました、「近年、反科学(anti-science)、反ワクチン(anti-vaccine)運動が盛んになり、広まりつつあることは間違いありません。現在は、ソーシャルメディアを介して誤情報が大量にばら撒かれています。そのせいで、反ワクチン運動は広まりやすい状況になっています。」と。
世界的に反ワクチン運動が広がりを見せているわけですが、そうした状況への対応策の1つは、地域の保健所等の地道な活動です。さまざまな研究で明らかになっているのですが、個々人が予防接種を受けるか否かを判断する際には、接種を受けることによるリスクと恩恵の分析よりも、社会規範(social norms)を重視している可能性が高いようです。ですので、公衆衛生当局は、人々の疑問や懸念に直接応えられるような信頼できる人物を、地域社会から募るべきです。また、誤った情報を認識できるような啓蒙活動を行うことで、地域の人々に誤った情報に対する免疫をつけさせることも可能かもしれません。医療従事者は、動機づけ面接(motivational interviewing)と呼ばれる手法を試してみるべきかもしれません。それは、接種を躊躇っている人の本当の理由を探って、接種に前向きに変容させることです。また、行政や医療機関が、予防接種を受けやすい状況を構築することも重要です。手軽に、簡単に接種しやすくして、無料にするべきです。そうすることで、感染による障害の発生等を大幅に減らせるのですから。
ポリオワクチン接種の歴史を振り返ると、全体としては目覚しい成功を収めていると言えます。しかし、不都合な真実もあります。現在、ポリオ患者の大半は、「ワクチン由来ポリオウイルス」によって引き起こされているのです。ワクチン由来ポリオウイルスは、経口ポリオワクチン(OPV)に含まれる弱毒化ウイルスが遺伝的に変化した稀に発生するポリオウイルスです。何十年もの間、発展途上国のほとんどは、アメリカの医学者アルバート・サビンが発明した経口ポリオワクチン(OPV)に頼ってきました。このワクチンは、弱毒化したウイルスを用いて免疫反応を起こさせるものです。このワクチンは安価で入手しやすく、非常に効果的です。1回の接種費用は数セントで、口の中に数滴垂らす形で投与されます。それによって一旦免疫を獲得した者は、無害なウイルスを排出する可能性があります。そのことは、不衛生な地域においては、とても良いことなのです。というのは、その地域でポリオワクチンを接種していない者がたくさんいても、無害なウイルスに接触することで免疫を獲得できるからです。しかし、非常に稀ではあるのですが、弱毒化したウイルスが長期間にわたって免疫のない地域で複製を繰り返すうちに、次第に病気を引き起こす力を持つ型に変異することがあるのです。遺伝子配列を解析する技術を使って分析した結果、ニューヨークやエルサレムやロンドンの下水道で検出されたポリオウイルスが、ワクチン由来ポリオウイルスであることが判明しています。
ゲイツ財団のポリオ根絶プログラムの責任者であるジェイ・ウェンガー(Jay Wenger)は私に言いました、「ワクチン由来ポリオウイルスによる問題が引き起こされている真の原因は、ポリオワクチンの接種が十分に行われていないこと、つまり接種していない者が多いことにあるのです。ワクチンを接種していない人が相当数いる場合にのみ、弱毒化ウイルスが何度も複製するうちに進化することができるのです。」と。 2020年に世界保健機関(WHO)は、改良したnOPV2と呼ばれる経口ポリオワクチンを承認しました。このワクチンは、ウイルスが弱毒でない方向に変異しにくくなるように改良されています。ウェンガーは言いました、「このワクチンは非常に画期的です。これが投入されれば、ポリオの大流行を防げます。患者も減るはずです。」と。
アメリカでは、20年以上経口ポリオワクチン(OPV)は使用されていません。代わりに、不活化ポリオワクチンが使用されています。これは、何回か接種する必要がありますが、病気を引き起こしたり変異を起こさない死んだポリオウイルスだけを含むワクチンです。そうしたことを考慮すると、ロックランド郡で発生したポリオ患者が拾ったポリオウイルスは、弱毒化ポリオワクチンが生き残って変異したものでは無いわけですから、世界のどこかで拾ったか、どこかから持ち込まれたものだと推測されます。しかし、この男性患者は、ポリオウイルスに曝露したと推定される期間には海外旅行をしていないことが判明しています。ですので、おそらく、病気を引き起こす力のあるポリオウイルスは、数ヶ月間はニューヨークで複製を繰り返していたことが明らかです。オレンスタインは言いました、「これは、世界がひとつであることを示すものです。世界は繋がっているのです。発展途上国への人道的支援の視点からも、アメリカ国内の保健衛生向上の視点からも、世界からポリオを根絶する活動を強力に推し進めなければなりません。根絶するまでやり続けるべきです。」と。昨年、世界ポリオ根絶イニシアティブ(Global Polio Eradication Initiative)は、2026年までにポリオウイルスを根絶するために50億ドルを投じる計画であると発表しました。しかし、現時点では、計画通りに資金は投じられていません。
ポリオによる麻痺を発症した者は、ワクチン反対運動の犠牲者であると言って差し支えありません。何といっても、ポリオワクチンをたくさんの人が接種していたら発症しなかった可能性が高いのです。ワクチン接種率が上がれば、流行が防げるのに患者が増えている疫病はポリオだけではありません。近年、ジフテリアと麻疹の発生率が世界的に上昇しています。2019年にはアメリカの麻疹感染者数が過去数十年で最多となりました。ロックランド郡の公選行政官エド・デイ(Ed Day)は言いました、「現在は、非常に危険な状況です。」と。 ♦
以上
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