もう見た?「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が記録づくしの大ヒット! ヒットした秘訣は?

Infinite Scroll

The Stupefying Success of “The Super Mario Bros. Movie”
「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の驚異的な成功

Recycling old intellectual property is a default formula in today’s Hollywood. But few franchises have managed to yield so much by doing so little.
古い知的財産をリサイクルすることは、今日のハリウッドの既定の方式です。しかし、わずかな努力でこれほど多くの利益を上げたフランチャイズはほとんどありません。

By Kyle Chayka  May 4, 2023

 先週末、任天堂(Nintendo)のゲームソフトをアニメ映画化した「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー(The Super Mario Bros. Movie)」の全世界での興行収入が10億ドルを突破しました。4月5日に公開されたこの映画は、これまでディズニー(Disney)の 「アナと雪の女王Ⅱ(Frozen II)」が持っていたアニメーション映画の封切り後1週間の興行収入の記録を更新しました。マリオの声をクリス・プラット(Chris Pratt)が、ピーチ姫(Princess Peach)をアーニャ・テイラー・ジョイ(Anya Taylor-Joy)が演じるこの映画は、海外でも5億3千万ドル以上を稼ぎ出し、世界中で観客を魅了しているようです。以前から人気のある知的財産を上手く生かして大金を獲得するのは、現在のハリウッドでは常套手段となっています。しかしながら、この映画がこれほどまでに大ヒットしたのは驚きです。マリオブラザーズ・シリーズの任天堂のゲームがアメリカで発売されたのは40年前ですが、マリオたちが活躍する姿はこれまでほとんど映画化されることはありませんでした。過去には1度だけでしかありません。1993年に実写版の映画が作成されています。それは、凶暴な恐竜や奇妙な爬虫類っぽいものが登場する、子供向けの映画としてはいささか突飛なものでした。それで、その映画は興行的には大失敗となり、製作費約4,800万ドルを下回る興行収入しか得られませんでした。

 マリオブラザーズを映画化する際に、大きな課題がありました。それは、オリジナルのゲーム自体には特に物語性が無いということです。このゲームで強いて筋書きがあるとすれば、マリオ(時には弟のルイージも加わる)がピーチ姫を城から救い出すために、プラットフォームの間をジャンプしたりパイプを通ったりしながら、動くキノコや復讐に燃えるカメ、そして最後には姫をさらった火を吹く恐竜のようなカメのクッパ(Bowser)を倒すというものです。ゲームの中では、マリオに関する人物描写があるわけでもなく、彼自身は特に個性的でもありません。彼は「ワッホー!(Wahoo!)」以外は、言葉を発しません。このゲームをしていて彼が死んだとしても、彼に同情したり悲しんだりする者はいないでしょう。実際、このゲームをプレイする者はゲームをクリアするまでに、マリオを何度も何度も死なせてしまいます。ですので、マリオブラザーズの新しい映画の制作を企画するとなると、脚本家は、一からドラマチックな物語を考え出さなくてはなりません。

 しかし、今回封切られた「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、一から物語を作り上げたというわけではありません。テレビゲームのアウトラインをそのまま踏襲しただけのストーリーで、特に肉付けしたわけでもありません。一応、プロットをわかりやすくするために、新たにバックストーリー(主人公などの素性・生い立ち・経歴などを描いた本編と直接繋がりのないストーリー)のようなものが作られたようです。マリオとルイージは、ブルックリンで自営の配管工として悪戦苦闘していて、自分たちの能力を証明すべく大洪水に立ち向かいましたが、地下のパイプを経由してゲームの世界へ吸い込まれてしまいます。そこで2人はピーチ姫に出会います。ピーチ姫はキノコ王国(Mushroom Kingdom)の支配者です。そこにはキノピオ(Toad)と呼ばれるキノコの頭をした生き物が何千と住んでいます。また、2人は、ピーチへの片思いをこじらせた邪悪なクッパに出くわします。クッパは、黄色の胴体と緑色のコウラを持つカメ軍団を率いて平和なキノコ王国を侵略しようと試みます。クッパの声を担当するのはジャック・ブラック(Jack Black)ですが、この凶暴なキャラクターに巧みに人間味を吹き込んで魅力を高めています。ちなみに、クッパが劇中で歌う悲哀を込めたバラード曲は、美しいピアノの旋律とブラックの高い歌唱力によって、4月中旬にビルボードのランキングで100位以内に入りました。他のキャラクターもそれなりに魅力的です。ピーチは麗しき支配者、マリオは勇敢で疲れ知らず、ルイージは臆病者です。また、マリオがジャンプする時の効果音もゲームの効果音が忠実に再現されており、このシリーズのゲームをして育った世代への嬉しい気配りもされています。マリオカートでのチェイシングシーンでは、ピーチ姫が華麗なスタントを決めた後、キノピオが「俺たちのプリンセスは凄いぞ!」と叫びます。

 子供向けの映画の中には、感動的な作品がたくさんあります。特に目新しい物語でもなく、昔からあるブロックを題材にした「レゴ・ムービー(The Lego Movie:2014年公開)」は、感動的な若者の成長物語に仕上がっていました。ディズニープラス(Disney+)制作の「マンダロリアン(The Mandalorian)」シリーズは、何と言ってもベービーヨーダが秀逸で、そのわいらしさとフィルムノワール(犯罪映画)の雰囲気が合わさって見るものを楽しませてくれます。しかし、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、シリーズのテレビゲームに登場するキャラクターがたくさん出てきますが、ゲームに登場していた際と全く同じ姿かたち、動きです。上映時間は92分ですが、見たことの無いキャラクターは出てきません。映画に登場するキャラクラーの描かれ方は、ゲームに登場した時と全く同じです。映画の中では、このシリーズのさまざまなゲームの場面が現れます。ドンキーコング(Donkey Kong)の場面もありましたし、マリオカート(Mario Kart)シリーズのレインボーロード(Rainbow Road)の場面もありました。また、映画のサウンドトラックは、近藤浩治(Koji Kondo)が手がけていますが、ゲームで使われているお馴染みのテーマ曲が、映画用に膨らみを持った壮大なオーケストラサウンドに仕立て上げられていますが、『基本的にはそのまま使われています。マリオが各場面を順番にクリアしていき、最後にクッパを倒すというお馴染みのストーリーが展開されます。テレビゲームでは、左から右へ進んでいき、敵が倒されます。そのルールがこの映画では踏襲されています。

 メディアリサーチ会社パロット・アナリティクス(Parrot Analytics)の戦略担当ディレクターであるジュリア・アレクサンダー(Julia Alexander)に、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」が大ヒットした要因を私は聞いてみました。アレクサンダーが指摘したのは、マーベル(Marvel)社の制作するスーパーヒーローが登場するシリーズものの映画が延々と作られていて、観客がそれに飽きてしまったということです。それで、多くの観客が何か違うものを求めていて、そこに「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」がタイミングよく登場して受け入れられたのかもしれません。「2005年頃から続いているマーベルのコミック原作の映画の人気は下火になりつつあります。逆にテレビゲームが家庭で人気なわけですが、今後はその人気が映画館にも波及していくのかもしれません。」と、アレクサンダーは言いました。何と言っても、マリオの知名度は圧倒的で、比類なきものです。彼女は付け加えて言いました、「マリオは、地球上の誰もが知っているテレビゲームのキャラクターの1人です。」と。しかし、この映画が親しみを持って迎え入れられた理由は他にもあります。この作品は、「怪盗グルーの月泥棒(Despicable Me)」、「ミニオンズ(Minions)」、「ペット(The Secret Life of Pets)」など、数億ドルの興行収入を記録したアニメ映画をいくつも制作したアニメーション制作会社のイルミネーション(Illumination)が手掛けたものです。イルミネーションは、これらの作品と同様にCGを駆使して「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」を3次元の見ごたえある映像に仕立て上げました。登場するキャラクターに、フェルトでできたような丸みを帯びたモコモコとした質感を感じることができます。イルミネーション社の高い技術力のおかげで、マリオとルイージは、黄色いミニオンの群れと同様ですが、大スクリーンに映し出されても、粗が目立つことがなく、全く違和感がありません。アレクサンダーは言いました、「イルミネーション社は、マリオを高品質なアニメーションとして大スクリーンで鑑賞するという新たな機会を提供しました。」と。

 映画評論家のブライアン・ロイド(Brian Lloyd)は、「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」をやかましいだけの幼児向けの作品と評していました。私は、たくさんの親御さんにこの映画に対する子どもたちの反応を聞いてみました。その限りでは、子どもたちには概ね好評だったようです。特に、映画の中にゲームで良く目にしていたアイテムやシーンが登場した点が満足度を高めていたようです。クッパを小さくするキノコや、「大乱闘スマッシュブラザーズ(Super Smash Bros.:任天堂が発売した対戦アクションゲームのシリーズ)を彷彿とさせる戦闘シーンが好評だったようです。けれども、大人が全く楽しめないというような作品ではありませんでした。ある親御さんは、スーパーマリオギャラクシー(Super Mario Galaxy)というゲームにも登場する星型のキャラクターのルマリー(Luma)が好きだと言っていました。ルマリーは、クッパによって捕まって地下に閉じ込められた際に、他のキャラクターは何とか逃げようともがいているのに、ニヒルリズムな発言をしていました。「唯一の希望、それは死による開放さ」と、口にしていました。私からすると、この映画の大部分は子供向けの内容になっているのに、このシーンはあまりにも残酷な感じがして笑えないと思いました。しかし、私の感覚が、子どもと一緒に映画を見に来た親御さんとはズレているだけなのかもしれません。

 テレビゲーム業界は、ゲームをしない人からすると信じられないかもしれませんが、映画やテレビよりもマーケットサイズが大きいのです。2022年にアメリカの消費者がテレビゲームに費やした金額は約4,700億ドルです。それ以前に発売されたマリオのレーシングゲームのコースをたくさん寄せ集めた「マリオカート8 デラックス(Mario Kart Deluxe 8)」は、2017年の発売以来、5,000万本以上売れています。マーベル社のアニメシリーズのように、スーパーマリオシリーズでは、毎年何本も新作ゲームが登場しますし、リメイクされたり、スピンオフ作品も出ます。スーパーマリオシリーズのゲームでは、「マリオゴルフ(Mario Golf)」、「マリオパーティ(Mario Party)」、「ルイージマンション(Luigi’s Mansion)」などが直近でも人気でした。任天堂は何十年もマリオシリーズの映画を作らなかったので、多くの人にとって今回の映画は新鮮に感じられましたし、待ちに待っていたものがようやく出たという感じがしたのではないでしょうか。子供の頃にマリオシリーズのゲームをしたことを懐かしく思い出した人も少なくないでしょう。あるいは、大人になっても続けている人はより親近感を持ったでしょう。そんな背景があるわけですから、ゲームの中で描かれていた世界観に似せて映画を作ったことは非常に理にかなっています。その方が、より多くの人に親近感を持ってもらえるでしょうし、ゲームのイメージに似せれば似せるほど、好評になるはずです。

 テーブルトップRPG(ゲーム機などのコンピュータを使わずに、紙や鉛筆、サイコロなどの道具を用いて、人間同士の会話とルールブックに記載されたルールに従って遊ぶ“対話型”のロールプレイングゲーム)が原作で映画化された”Dungeons & Dragons: Honor Among Thieves(邦題:ダンジョンズ&ドラゴンズ /アウトローたちの誇り)」が今年3月に公開されました。この映画の全世界での興行収入は2億ドル弱を記録しましたので、ヒット作なわけですが、大ヒットではありません。「ダンジョンズ&ドラゴンズ」は、一般的にはD&Dの略号で呼ばれていて、世界中にファンがいるわけですが、マリオほどメジャーな存在ではありません。D&Dは、映画化が計画される前の段階では、興行的に成功しやすいと予測されていました。というのは、D&D はロールプレイングゲームですから、映画化する際に自由に筋書きを書くことができるからです。ロールプレイングゲームは、筋書きがどうなるか定まっていないボードゲームです。プレイヤーは精巧なキャラクターを育て上げ、彼らがどのように行動するかを選択し決定します。プレイする毎に結末が異なり、予測不可能です。逆に、マリオシリーズのテレビゲームの場合には、結末は決まっていますし、何が出てくるかは常にわかっています。そういう意味ではサプライズが無いわけですが、しかし、だからといってゲームの魅力が損なわれることは一切ありません。アレクサンダーは、テレビゲームを映画化する際には、原作となるゲームの世界観をどう作り込むかが重要であると指摘しています。同時に、2つの要素が重要であると述べています。 それは、「愛着」と「憧れ」です。登場する個々のキャラクターは、キャラが立っていて、さらに、「愛着」と「憧れ」を持ってもらえるものでなければならないのです。任天堂は、マリオシリーズにそれがあることを認識していました。さらに、映画化する際にそれ以外の要素は加えることはほとんど必要ないことも認識していたのでしょう。

 「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」の効果的なシーンの1つに、冒頭で、寝室にマリオが1人でいる短いシーンがあります。弟のルイージと2人で水道工事会社を立ち上げる計画だったのですが、それを家族にバカにされて落ち込んでいるところでした。それで、彼は、落ち込んだ時に多くの若い男性がするのと同じことをしました。薄暗い部屋の片隅で、古いテレビを使って、ニンテンドー・エンターテイメント・システ厶(Nintendo Entertainment System:日本国外において任天堂より発売された家庭用ゲーム機)の初号機で解像度の低いゲームをプレイしたのです。解像度が低いというか、いわゆるドット絵(目視でピクセルが判別できる程度に解像度が低いビットマップ画像)でした。ドット絵のゲームをすると、そこにはお馴染みのキャラクターが登場しますし、達成可能な目標があり、自分自身の力で切り開いていけるゲーム空間にのめり込むことができます。それによって、自分を取り巻く現実から短い間とは言え逃避することができます。ある父親が私に教えてくれたのですが、彼は1歳6カ月の息子を連れてこの映画を観に行ったのですが、その子はマリオのゲームをプレイしたことも見たこともなかったのですが、映像に引き込まれたそうです。映画を鑑賞し終わった後、その子は遊び場にクッパのプラスチックトイが捨てられているのを見つけたそうです。その子は、映画に登場していたキャラクターが打ち捨てられているのに気付いて、「おっ」と驚いたそうです。それから、しばらくそのおもちゃで遊んでいたそうです。♦

以上