Ukraine Dispatch 強力な言論統制!ロシア人は、ウクライナ侵攻は戦争ではないと信じてる?

Dispatch March 14, 2022 Issue

The War That Russians Do Not See
ロシアは戦争ではないと言い張っている

A majority of people in Russia get their news from state television, which depicts their country not as the aggressor in Ukraine but as a victim of the West.
ロシアの大多数の人々は、国営テレビのニュースで情報を得ています。国営テレビは、ロシアはウクライナの侵略者ではなく、西側諸国の被害者であると言い募っています。

By Masha Gessen March 4, 2022

 モスクワの中心部にあるプーシキン広場では、昔から抗議活動がしばしば行われてきました。2月24日(木)にロシア軍がウクライナへの本格的な侵攻を開始して以来、その広場の大部分は封鎖され、武装した機動隊と戦闘服姿の州兵の一団が常に周囲の警戒に当たっています。侵攻が始まった日には、プーシキン広場で数百人が警察隊によって逮捕されました。それ以降、警察隊によって逮捕された者は数名しか出ていません。その多くは、プーシキン広場に辿り着く前、地下鉄駅を出た時点で逮捕されているようです。水曜日(3/2)の夜7時半ごろ、3人の機動隊員が三つ編みの若い女性を護送車に引きずり込んでいました。また、その数分後にも、別の3人の機動隊員が別の若い女性を引きずり込んでいました。

 対照的ですが、プーシキン広場周辺の歩行者の流れは、何ごともなかったようにスムーズでした。全く普段どおりでした。多くの人が地下鉄駅を出入りし、3階建てのH&Mの店舗には沢山の人が訪れていました。誰一人として、若い女性が逮捕されているのを立ち止まって見つめる者はいませんでした。おそらく、逮捕が静かに速やかに行われていたので、誰も気付かなかったのでしょう。気付いているのに気付かない振りをしているようには見えませんでした。忙しくて自分のことで頭が一杯のモスクワ市民にとって、若い女性が逮捕されたことは遠い世界で起こっていることで、気にする暇など無いのかもしれません。プーシキン広場で逮捕された若い女性や抗議活動に参加していた者たちは、ロシアがウクライナで残虐で非道な侵略行為を行っている世界に住んでいます。そこでは、ウクライナ第二の都市のハリコフの住宅地が空爆されています。一方、プーシキン広場付近で何事も無かったように生活している者たちは、全く別の世界に住んでいるのでしょう。そこでは、ロシアは侵略行為など行っていないのでしょう。

 ロシア人の大多数は、国が完全にコントロールしているテレビ局のニュースで情報を得ています。「この国には、高齢者と貧乏人が多いのです。彼らの情報源はテレビしかないのです。」と、レフ・グドコフは私に言いました。グドコフは、かつてロシアを代表する中立系世論調査機関であったレバダ・センターの所長をしていました。現在は、国から「外国エージェント(手先)」の烙印を押されています。45歳以上のロシア人の数は、15歳から44歳までのロシア人の数より多いそうです。この国では、テレビではなく主にネットでニュースを入手する人たちでさえ、テレビ局が垂れ流す内容とほとんど同じ内容しか目にすることはありません。ロシア当局は、わずかに生き残っている独立系メディアに対して圧力をかけ続けています。そうしたメディアのウェブサイトへのアクセスは遮断されています。また、そうしたメディアが配信するコンテンツには、「外国エージェント」が作成したことを目立つように表示するよう要求しています。最終的には閉鎖することを強要しています。木曜日(3/3)には、ラジオ局「Echo of Moscow(モスクワのこだま)」とインターネットテレビ局の「TV Rain」は、週初から自局のウェブサイトへのアクセスを遮断されていましたが、閉局すると決定しました。グドコフが言っていましたが、大多数のロシア人が得ている情報は、嘘と偽りしかないそうです。国家によって、国民に向けて空前絶後の規模ででたらめな嘘や偽りが撒き散らされているのです。

 ロシア国営放送は、侵攻が始まって以降も特に変化はありません。2月24日の未明には、通常の番組が中断されて、プーチン大統領がウクライナでの「特別軍事作戦」を実施すると発表しました。しかし、それ以外ではほとんど通常通りの放送を行っています。ウクライナの住宅地にロシアの爆弾が落ちても、ロシア経済が大混乱に陥っても、そうしたことがライブ中継で生々しく伝えられることはありません。まるで尋常でないことが起こっていることを認識していないようです。ニュースで報道される内容は、いつも同じで全くです。木曜日(3/3)のロシア国営放送のチャンネル・ワンの午前7時のニュースは、6分間で6つのニュースを取り扱っていました。2回めのロシアとウクライナの和平交渉が行われて、ロシアが停戦合意に向け必死に働きかけたというニュースが最初に取り上げられていました。次に、ウクライナ軍がドネツク人民共和国への砲撃を実施し、25人の市民が死亡したというニュースが流れました。その次には、チェルニゴフ地方の映像が映し出されました。その地方は現在ロシア軍が支配していて、民間人は普段の生活を取り戻し車で仕事に向かっていますとの説明が為されていました(しかし、映し出された映像を見ると、民間人など映っておらず、装甲車のみが走り回っていました)。ここまでで、3つのニュースが流れたのですが、 続いて残りの3つのニュースが矢継ぎ早に流されました。 ロシアがウクライナの人々のために1万5千トン以上の支援物資を用意したというニュース、西側諸国がウクライナに大量に武器を提供しているというニュース、アエロフロート社がヨーロッパ各地に取り残されたロシア人を帰国させるべくチャーター便を手配したというニュースでした。最後に、若い男性司会者が「次の番組は『グッドモーニング』です。」と言ってニュースは終わりました。前日に爆撃されたハリコフやキエフのことは、一切報じられませんでした。もっとも驚いたことは、ロシア軍に死傷者が出ていることを全く報じないことでした。前日の水曜日(3/2)には、ロシア国防省が498人が死亡したと発表していました(ウクライナの発表によれば、ロシア軍の死者数はその10倍以上のようです)。

 グドコフによれば、ロシア国営テレビは独自の世界観を映し出し続けているそうです。彼は、その世界観を要約してくれました。それは、ロシアは第二次世界大戦以来すっと被害者であり、西側諸国が世界征服を目指しており、その究極の目的はロシアを屈服させてその天然資源を奪い取ることであり、ロシアは自衛手段を取らざるを得ない、というものです。本格的な侵攻が始まる数日前に、レバダ・センターはロシア人にアンケートを実施しました。尋ねたのは、ウクライナで緊張が高まっているのはどの国のせいかということでした。3%がロシアに責任があると答えました。14%はウクライナ、60%が米国と答えました。

 ロシア政府は、ウクライナでの「特別軍事作戦」を報道する際に、「戦争」「侵略」「侵攻」という語の使用を禁止しています。そうした禁止事項に違反した報道機関は、罰金や閉鎖の対象となります。金曜日(3/4)には、ウクライナの紛争に関して虚偽の情報を流布した者は最高15年の禁固刑に処するという法案が上院で可決されました。TV RainがYouTubeでの放送を中止したのは、この法案の影響によるものです。物事をありのままに伝えることのリスクは非常に高くなりました。TV Rainが行ってきたように何とか真実を伝えようとすることの代償は、非常に大きくなってしまいました。ロシアの報道機関は、真実を伝えるということができなくなったのです。ノーベル平和賞を受賞したドミトリー・ムラトフが発行している新聞「ノヴァヤ・ガゼタ」は、個人的にこの新聞に寄付している支援者を対象にアンケートを行いました。全投票者数は6,420人でした。約94%が「検閲を受けて、発行を続けること」を求めていました。

 ロシアでは、メディアの報道でもネットでも、政府に都合の良いプロパガンダばかりを目にします。そうするために、ロシア政府は監視に膨大な労力を割いて言論統制を行っています。やり方も実に巧妙です。例の法案が可決された数日後のことですが、どのテレビ局のニュースを見ても、ウクライナ侵攻は「平和を取り戻すための軍事行動」と表現されていました。火曜日(3/1)の夜にTV Rainのウェブサイトがブロックされたのですが、その時、TV Rainではニュース番組を流していました。ロシア政府が、広告代理店を通じてブロガーやティックトッカーに報酬を支払ってウクライナ侵攻に関する投稿を依頼しているというニュースを流していたのです。ブロガー等には、「すべての投稿には、#LetsGoPeaceと#DontAbandonOurOwnの2つのハッシュタグを必ず付ける」という指示が出されていました。そうした指示に従ったと見られる投稿がいくつもありました。ほとんどは、「私たちは平和を祈念しています。そのために軍事力を行使しなければならないのは非常に残念なことです。」というような内容でした。

 3月1日、ロシアの全ての学校で、ウクライナ侵攻をテーマにした社会科の特別授業が行われました。「外国エージェンシー」と見なされた独立系ネットニュースサイト「メディアゾナ」は、ロシア文部科学省が各学校に送付した指導手引を入手していました。手引には、生徒から質問されそうな内容と、それへの模範回答も記されていました。一例を挙げると、「ロシアはウクライナと戦争をしているのですか?」という質問があると想定されていました。それに対する模範解答は、「これは、戦争ではありません。平和維持活動です。その目的は、ロシア語を話す人々を抑圧している民族主義者を封じ込めることです。」というものでした。

 ドイツ系ユダヤ人の作家ヴィクトル・クレンペラーは著書「第三帝国の言語」の中で、プロパガンダの効果は現実を「ぼかす」ことであると主張しています。ロシアの国営メディアがウクライナ侵攻に関する報道をする際には言論統制は受けていませんが、クレンペラーが指摘しているように、現実を「ぼかし」まくっています。国営の24時間ニュース専門チャンネル「ロシア24」は、ロシア軍によって解放されたとされる村や町についての報道を延々と流し続けていました。しかし、映っていたのは、ほとんどの視聴者にとって馴染みのない小さな町や村ばかりでした。また、画面に映し出されている映像と、キャスター等が話している内容が一致しないこともしばしばありました。木曜日(3/3)の朝、「ロシア24」のレポーターは、レーニン通りにあるマンションに来ていて現地からレポートすると言っていました。そのマンションの床にウクライナ軍の発射したロケット弾の不発弾が挟まっているとのことでした。しかし、そのレポーターが映っている映像の背景を見ると、どうみてもレーニン通りではありませんでした。正体不明の誰もいない村の通りでした。グドコフは言いました、「言論統制で正しい情報を流させないだけではなく、常に、現実を「ぼかす」ために情報が流され続けられているのです。そうして多くの視聴者の頭の中を、ロシア政府にとって都合の良い政治宣伝で染めようとしているのです。

 ロシアは、ウクライナへの侵攻は戦争ではなく平和維持活動であると言い募っています。しかし、表立って侵攻しているわけですから、軍事力を行使している理由付けが必要になります。2014年にロシアが初めてウクライナに侵攻した時、プーチン政権は、侵攻を正当化する理由を見つけるのに非常に苦労しました。そして、最終的にはロシア人が最もよく知る戦争用語、すなわち第二次世界大戦で使われた語である「ナチス」を使うことを思いついたのです。彼らはウクライナ人はファシストであると主張しました。ウクライナ人を「ウクロナチス」と呼び、大虐殺を行っていると非難しました。その筋立ては全くの捏造で、2014年のウクライナ革命は、ウクライナ東部のドンバス地方等のロシア語を話す住民を根絶させようとするウクロナチズによって行われたというものでした。メディアゾナは、小学6年から中学2年の生徒にその筋立てを教えるために配布された資料も入手していました。資料の巻末には、生徒に問うべき質問例がいくつも記されていました。それは、「ジェノサイドという言葉はどういう意味ですか?」とか「ドンバスの状況は、ジェノサイドという語を使うに相応しいでしょうか?」とか「歴史を振り返ると、常にロシアはウクライナの安全と独立を保証してきました。ロシアは、先輩として常に後輩を助けて来たでしょうか?」というものでした。

 ロシア国営放送で戦争が始まってから繰り返し放映された政治関連討論番組の中で、6人の識者がウクライナ情勢に関して討論していました。真剣にウクライナ解放後のウクライナの脱ナチス化をどうやって行うかを論じていました。6人はいずれも、ほとんどのウクライナ人は悪い人ではないことと、一部の者のみが愚かで洗脳されていることで意見が一致していました。洗脳したのは、NATOやファシストやロシアを「西側に搾取された植民地の地位に戻そうとする帝国主義者」であるという点でも意見が一致していました。木曜日(3/3)の朝には、ドネツク人民共和国人民軍の副司令官のエドゥアルド・バズリンがロシヤ24に出演していました。当時ロシア軍に包囲されていたウクライナの都市マリウポリの状況について話していました。彼は、「マリウポリは強制収容所と化した。」と述べました。彼が言うところによれば、ウクライナ軍は爆薬を仕掛けた市内の製鉄所に多数の市民を押し込めたとのことです。彼は言いました、「もしマリンポリをロシア軍が制圧したら、彼らはその工場を爆破し、そのビデオ映像を使って、ロシア軍がマリウポリ市民を殺していると主張するでしょう。そんな暴挙を許してはいけません。」と。その次に流れたニュースは、ロシア国防省の輸送隊がハリコフ地方の住民に極めて重要な支援物資を配送したというものでした。その次のニュースでは、英国がロシア国営の対外発信テレビ局「RT(旧称:ロシア・トゥデイ)」の英語版の放送を禁じたことを受けて、西側諸国は言論の自由を侵害してばかりいると非難していました。(しかし、ロシアは、金曜日(3/4)までに、Facebook、BBC、Radio Liberty、ロシア語のニュースを配信しているMeduza(メドゥーザ:ラトビアに拠点を置く独立系ニュースサイト)へのアクセスをブロックしていました。)

 ロシアが侵攻を仕掛けているのに戦争ではないと言い募ることには、良い点もあります。それは、テレビをずっと見ている多くのロシア国民が現実から目をそらすことができるということです。国営テレビを見続けていれば、不安など一切ないでしょう。ロシアでは、公共の電波に乗って、国民を安心させるための情報が常に吐き出されているのです。ロシアの銀行はSWIFTから遮断されても全く困らないとか、西側諸国の制裁は西側諸国の燃料価格を上昇させるだけでロシアは痛くも痒くもないという情報が流されています。また、ロシアの大富豪ロマン・アブラモビッチがチェルシー(サッカークラブ)を売却するのは、制裁が理由ではなく、損失を出し続けているからであるという情報も流されています。セルゲイ・ラブロフ外相は言いました、「西側のロシアへの協力者は、この難局も何とか乗り越えるでしょう。まもなく平和と繁栄がもたらされるでしょう。」と。

以上