トランプ政権の関税に関する主張は破綻している⁉ 彼らは意図的に嘘をついている!

The Financial Page

The White House Is Gaslighting Americans About Donald Trump’s Tariffs
トランプ政権は関税施策についてアメリカ人をガスライティングしている

The Administration insists that its aggressive trade policies won’t hurt U.S. consumers, but data from Trump’s first term suggest otherwise._トランプ政権は、その積極的な関税政策はアメリカの消費者に損害を与えないと主張しているが、トランプ政権第 1 期のデータはそうではないことを示している。


By John Cassidy February 24, 2025

 先週、年間売上高と従業員数の両方でアメリカ最大の企業であるウォルマートの最高財務責任者のジョン・デイビッド・レイニー( John David Rainey )が AP 通信( the Associated Press )に語ったのだが、ドナルド・トランプ( Donald Trump )の関税政策がすでに同社の意思決定に影響を及ぼし、かなりの不確実性を生み出しているという。「今年に入ってまだ 1 カ月だが、わからないことが山ほどある」とレイニーは語った。何もわかっていないのはウォルマートの幹部だけではない。5 週間前に大統領に就任して以来、トランプは一連の発表と方針転換を行っており、貿易政策のベテラン研究者ですらついていけなくなっている 。ある貿易専門家にトランプの政策がどこに向かっているのかと尋ねたのだが、彼は笑って「まったく見当もつかない」と答えた。

 2 月初めにトランプは中国からの輸入品すべてに 10% の関税を課し、カナダとメキシコからの輸入品には 25% の関税を課した。中国製品への課税は既に実施されているが、カナダとメキシコの輸入品への課税はさらなる交渉を待って保留状態である。2 月 11 日(火)にトランプは原産地を問わず鉄鋼とアルミニウムの輸入に 25% の関税を課すよう命じた。先週火曜日( 2 月 18 日)には、トランプは来月から発効するこの関税が自動車、コンピューターチップ、医薬品など他の製品にも拡大されると述べた。また、アメリカの輸出品に課税する国に対する一連の「相互関税( reciprocal tariffs )」を検討するよう経済顧問に提案した。この提案が実施されればトランプが仕掛ける貿易戦争の大幅なエスカレーションとなるだろうが、これをどの程度真剣に受け止めるべきかは不透明である。先週、過去に自らを「関税マン( Tariff Man )」と称したことがある大統領は、大統領専用機エアフォースワン( Air Force One )内で記者団に対し、中国の習近平( Xi Jinping )国家主席と何らかの貿易協定を結ぶことは「可能である( it’s possible )」と語った。

 こうした騒動の中、トランプの側近連中は、関税がアメリカの消費者や企業に悪影響を与えることはないとの主張を続けている。先週、トランプ政権で貿易・製造業担当上級顧問を務めるピーター・ナヴァロ( Peter Navarro )は、ニューヨーク・タイムズのポッドキャスト「ザ・デイリー( The Daily )」で、「アメリカに痛みをもたらすものではない。素晴らしいことである」と語った。第 1 次トランプ政権に引き続き財務長官を務めるスコット・ベッセント( Scott Bessent )は、フォックス・ニュースのインタビューで、ナヴァロほどには踏み込まなかった。しかし、ベッセントは「反対側の企業、つまり輸出業者がコストの多くを負担することになる」と示唆した。

 ナヴァロとベッセントの主張を理解するには、関税の仕組みを理解する必要がある。玩具や携帯電話などの輸入品は、店舗に出荷される準備が整った最終形態でアメリカに到着する。鉄鋼やエンジン部品などのその他の「中間製品( intermediate goods )」はアメリカの工場に送られ、アメリカ国内で最終製品に組み立てられる。どちらの場合も、関税は入国港で課せられる。税関・国境取締局( U.S. Customs and Border Protection )が徴収する形になる。税金を支払うと、輸入側(小売業者または製造業者)の商品のコストが上昇し、その結果、この増加分を値上げという形で消費者に転嫁するインセンティブが生まれる。

 しかし、ナヴァロとベッセントが主張しているのは、海外の輸出業者が商品価格が上昇して市場シェアを失うことを懸念するということである。その結果、海外の輸出業者がアメリカの輸入業者に引き渡す商品の関税賦課前の価格を下げるという。つまり、関税の一部または全部を「負担( eat )」するため、アメリカ国内の製品価格上昇は起こらないという主張である。中国の場合、これは単なる可能性ではなく、必然であるとナヴァロは主張する。「世界最大の市場が課す関税はインフレを引き起こさない」と彼はタイムズ紙に語った。「輸出業者が価格を下げるという主張は仮定ではない。それは単なる事実である」。

 トランプ政権のこの主張は事実ではない。第 1 次トランプ政権時に証明されている。2019 年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校( UCLA )の経済学教授パブロ・ファジゲルバウム( Pablo Fajgelbaum )と数人の同僚は、第 1 次トランプ政権によって関税の対象となった中国製品を追跡した論文を発表した。「我々が発見したのは、中国の輸出業者が請求する価格は、関税の導入後に下がらなかったということである」と、先週私が電話した際にファジゲルバウムは語った。彼は、他の研究チームも異なるデータセットを使用して第 1 期トランプ政権時の関税の影響を調査しており、同様に関税を課した分は価格上昇という形でアメリカの企業と消費者に転嫁されたことを発見したと指摘した。「多くの研究で、トランプ政権第 1 期には完全な価格転嫁があったことが判明している」とファジゲルバウムは述べた。

 連邦準備制度理事会とシカゴ大学の経済学者 3 人が行った研究では、2018 年初頭に課された輸入洗濯機への関税の影響を調べている。関税が課された後、GE、LG、メイタグ( Maytag )、サムスン( Samsung )、ワールプール( Whirlpool )の 5 大メーカーが製造し、ベストバイ( Best Buy )、ホームデポ( Home Depot )、JC ペニー( JCPenney )、ロウズ( Lowe’s )、シアーズ( Sears )の 5 大小売店で販売されている洗濯機の中央価格は、86ドル(約 12% )上昇した。興味深いことに、同時に購入することの多い衣料乾燥機(関税は課されていない)の価格も 92 ドル上昇した。彼らが書いた論文には、「調査対象となった企業が、新しい関税による価格への影響を洗濯機と乾燥機の間で分割し、ほぼ同じ価格にするという慣例を維持することを選択した可能性が高いと思われる」と述べた。

 ナヴァロはシカゴ大学の経済学者等の主流派経済学者を軽蔑している。なぜなら、彼らが 1990 年代と 2000 年代に自由貿易がアメリカの製造業や地域社会に及ぼした有害な影響を認識するのが遅かったからである。その批判はもっともである。しかし、彼もまた同様の過ちを犯す淵に立っている。現在、彼は保護主義がアメリカの消費者に課すコストを無視しすぎている。トランプが提案している関税は、彼が最初の任期で導入したものよりもはるかに広範囲にわたる。そのため、それに関連するコストが大きくなると考えるのは当然である。超党派の税務財団( Tax Foundation )による調査によれば、中国、メキシコ、カナダに対して提案された課税だけで、2025 年にアメリカの世帯の税引き後購買力が平均で 0.8% 低下するという。この調査によると、これは「 1993 年以来最大の増税」に匹敵するという。ピーターソン国際経済研究所( the Peterson Institute for International Economics )による別の調査では、同じ関税により典型的な中所得世帯は年間 1,200 ドル以上の負担増になると推定されている。

 トランプとその側近が、関税がアメリカの製造業を復活させ、投資と雇用の急増をもたらすと本当に信じているなら、こうしたコストは負担する価値があると主張することもできる。少なくとも洗濯機の場合、前述の研究によれば、トランプ第 1 期政権の関税によって製造業のアメリカ国内への生産拠点移転が促されたことがわかっている。また、約 1,800 人の雇用が創出されている。しかし、同時にわかったのは、価格上昇による消費者が払うコストが高く、新規雇用 1 件あたり 80 万ドル以上も負担しているということである。

 バイデン政権は、第 1 期トランプ政権時に課された関税の多くを維持し、一部を大幅に引き上げた(中国の電気自動車の関税は 100% 以上に引き上げた)。その際、基本的には、価格上昇と雇用のトレードオフは価値があると主張していた。しかし、ジョー・バイデンの関税は、第 2 次ランプ政権が提案しているものよりもはるかに的を絞ったものであったし、 2022 年のインフレ抑制法( Inflation Reduction Act:略号 IRA )で規定した企業と消費者への手厚い補助金がセットになっていた。グリーンエネルギーとグリーン製造業を促進するためのより広範な取り組みの一環であった。この積極的な産業政策は、電気自動車用バッテリーなどの新工場への大規模投資急増の引き金となり、製造業の設備投資の急増につながった。トランプは、その基礎をより強固にするのではなく、その一部を解体することを決意している。就任初日に、彼は IRA に関連するいくつかの支出プロジェクトを凍結する大統領令( executive order )に署名した。

 トランプは、ウクライナ戦争を終わらせるための合意の一環として、中国との合意を目指しながらロシアに対する経済制裁の緩和を検討しつつ、アメリカの伝統的な貿易相手国に高関税を課すことを熱望しているようである。ひょっとすると、トランプは、習近平、ウラジミール・プーチンと 21 世紀のドライカイザーブンド( Dreikaiserbund:ドイツ、オーストリア、ロシアの 3 国の皇帝の間で結ばれた秘密協約)を結ぶのを夢見ているのかもしれない。全世界が受け入れなければならない新しい経済秩序を 3 者で議論する未来を思い描いているようにも見える。

 トランプはいろいろなことを主張しているが、その多くを信じることはできない。2020 年にトランプ政権は中国共産党と貿易協定を結び、中国は工業製品や農産物、エネルギー製品を含むアメリカ製品の購入を 2017 年比で少なくとも 2 千億ドル以上増やすことに合意した。しかし、実際には「中国はトランプの協定で約束された追加の 2 千億ドルの輸出品をまったく買えていない」とピーターソン国際経済研究所の上級研究員チャド・ブラウン( Chad Brown )は 2022 年の記事に書いている。

 オバマ政権時代にホワイトハウスと財務省で働いた外交問題評議会( the Council on Foreign Relations )のシニアフェロー、ブラッド・セッツァー( Brad Setser )が私に語ったのだが、たとえトランプが習近平主席と合意できたとしても、以前と同様に期待外れの結果になるのではないかと懸念しているという。「原油等の資源や農産物や航空機の新規受注があるかもしれないが、中国からの輸入依存度を下げる、あるいはアメリカの製造業全般を活性化させるといったことは実現しないだろう。それには中国の政策の根本的な変化が必要で、そんなことは起こらない可能性が高い」とセッツァーは述べる。また、彼は 2022 年にロシアがウクライナに侵攻した後にアメリカが世界的な天然ガス不足に対応して欧州への輸出を拡大したことを私に強調して説明し、このような合意では戦略的意味合いが重要である言った。「アメリカはロシアの侵攻に対抗するために、LNG を中国の国営企業に売ったほうが良かったのか、それとも欧州の同盟国に売ったほうが良かったのか」とセッツァーは尋ねた。「緊迫した時期には、中国よりも友好国や同盟国に供給したいと考えるのが普通である」。

 セッツァーの発言は、グルーバル経済は地政学から切り離せないこと、そしてトランプが両方の分野で大きな不安をかき立てていることを思い出させるものである。彼が大統領に就任する前、ウォール街やその他の多くの人々が、新政権の一部の役人、特に元ヘッジファンドマネージャーのベッセントが抑制的な影響力を発揮するだろうと想定していた。しかし、少なくとも公の場ではベッセントはトランプの関税提案を支持しており、数週間前にはキエフを訪れてウクライナの鉱物の 50% を所有することを要求する文書を提出したと報じられている。なお、鉱物をめぐる両国の交渉は現在も継続中である。「今のところ、反発は見られない」とセッツァーは語る。「また、すべてをピーター・ナヴァロのせいにすることもできないと思う。この提案は大統領自身が言い出したものだと推測する。大統領が何らかの制限を示さない限り、この状況は続くだろう」。♦

以上