The Year of Ozempic
オゼンピックの年
We may look back on new weight-loss drugs as some of the greatest advances in the annals of chronic disease.
減量薬が開発されたことは、医学史上の快挙の 1 つとして認識されるべきである。人類と慢性疾患との戦いにおける偉大な 1 歩である。
By Dhruv Khullar December 14, 2023
1.ノボノルディスクが糖尿病治療薬オゼンピックの開発に成功
100 年前、ノーベル賞を受賞したばかりのデンマークの生物学者アウグスト・クローグ( August Krogh )は、講演旅行のためアメリカに出発した。彼は、骨格筋における毛細血管の制御機構に詳しかった。同行した彼の妻のマリー・クローグ( Marie Krogh )は内科医だった。彼女は糖尿病の患者を診ていたが、自身もそれを患っていて苦しんでいた。それ故、クローグの糖尿病に関する関心も高まっていた。クローグは妻からトロントに立ち寄るよう懇願された。同地の研究チームが血液中の糖分を筋肉や他の臓器に移行させる働きをする膵臓抽出物( pancreatic extract )の研究を行っていたからである。クローグはこの抽出物の販売許可を得てデンマークに戻った。1923 年に彼は同僚たちとノルディスク・インスリンラボラトリウム社( Nordisk Insulinlaboratorium :以降、ノルディスクと表記)を設立した。そして、その年の春には、同社は画期的で奇跡的な薬を最初の患者に注射した。これがインスリン( insulin )である。
その翌年、2 人の社員が同社を去った。トルヴァルド( Thorvald )とハラルド(Harald )のペダーセン( Pedersen )兄弟である。クローグはハラルドに尋ねた。「一体何をするつもりなんだ?」
「インシュリンを作りたいんだ。」とハラルドは答えた。
「まあ、そんなことは絶対にできないだろう。」とクローグは言った。
クロッグは間違っていた。ペダーセン兄弟はノボ・テラペウティスク・ラボラトリアム社( Novo Terapeutisk Laboratorium :以降、ノボと表記)を設立した。何十年もの間、2 社のライバル関係は続き、両社が世界のインスリンの大半を生産してきた。初期の頃には、両社の主な顧客は 1 型糖尿病患者で通院もしくは入院している者であった。1 型糖尿病は、体内でインスリンをほとんど、あるいは、まったく生成することができなくなる自己免疫疾患( autoimmune condition )である。以前は致命的な疾患であった。しかし、20 世紀後半になると、インスリンの市場は急拡大した。肥満者が急増したからである。それに伴って 2 型糖尿病患者の数はべらぼうに増えていた。ノルディスクとノボは 1989 年に合併し(新社名はノボノルディスク)、他の糖尿病治療薬の開発を目指し研究を推し進めた。体内(小腸)より分泌される GLP-1 (グルカゴン様ペプチド-1:Glucagon-Like Peptide-1 )の研究も進められた。同社は、GLP-1 に血糖値を絶妙にコントロールする働きがあることを明らかにした。後に GLP-1 は世界で最も収益性の高い医薬品成分の 1 つとなるわけだが、この時点では誰もそのことに気づいていなかった。
かつてクローグが多くの生物学的問題について主張したことがある。それは、「非常に多くの問題に対して、最も都合よく研究できる最適な動物、または少数の動物が存在するだろう。」というものである。クローグの原理と呼ばれている。元々、GLP-1 は有用な成分とは考えられていなかった。というのは、体内ではすぐに溶けてしまうからである。しかし、1990 年代、クローグの原理を体現するかのごとく、退役軍人省( Department of Veterans Affairs )の内分泌学者( endocrinologist )が、北アメリカに生息するトカゲの一種であるアメリカドクトカゲ( Gila monster )の毒が GLP-1 に似たペプチド( peptide )を持ち、それが何時間も体内で溶けないことを発見した。その内分泌学者がこの発見を公開したことにより、多くの研究機関がドクトカゲのペプチドを参考に 1 日 2 回投与のインシュリン注射薬の開発にしのぎを削ることとなった。ほどなくしてノボノルディスクの研究開発チームは独自に GLP-1 類似成分を開発した。2010 年には 2 型糖尿病治療薬として 1 日 1 回投与の注射薬リラグルチド( liraglutide )を発売した。なお、販売名はビクトーザ皮下注( Victoza )である。ビクトーザにはもう 1 つ薬効があった。それはダイエット(体重減少)効果である。
話がここで終わっていたら、いわゆる GLP-1 受容体作動薬 (腸内に存在しているホルモンを模倣したものであるため、インクレチン模倣薬とも呼ばれる) はあまり話題にならなかっただろう。しかし、ノボノルディスクは、毎日注射する必要のない薬の開発を目指し、週に 1 回で済む薬剤の開発に成功した。それがセマグルチド( semaglutide )である。現在でも薬理作用については不明な点も多いが、大幅な体重減少を引き起こす。商品名はオゼンピック( Ozempic )およびウゴービ( Wegovy )である。体重 200 ポンド( 91 キロ)の女性でも、薬を飲めば簡単に 30 ポンド( 14 キロ)体重を減らせる可能性がある。子供の頃から体重を減らすのに苦労していた者でも、 簡単に体重を減らせる可能性がある。
昨年、この薬の開発に関する論文が医学誌に掲載された後、その内容がソーシャルメディアで拡散された。多くの患者が希望を抱き、多くの医師が興奮した。ノボノルディスクにとっては思いがけない恩恵がもたらされた。現在、ノボノルディスクは欧州株時価総額ランキング 1 位である。その額は、5,000 億ドル近くに達している。最近のデンマークの経済成長はほぼ全てがノボノルディスクの急成長によるものであると説明できるほどである。もちろん、多くの製薬企業が同様の薬を開発中である。注射よりも患者に好まれる錠剤の開発も進められている。6 月にイーライリリー( Eli Lilly )が資金提供した企業が行った臨床試験では、オルフォルグリプロン( orforglipron )というメロディアスなネーミングの錠剤にオゼンピックと同等の体重減少効果があることが判明した。間もなく、何百万人もの肥満者がオルフォルグリプロンを投与できるようになるだろう。多くの者が、目を覚まして歯を磨き、マルチビタミン剤や低用量アスピリンと一緒にそれを口にするようになるだろう。
GLP-1 受容体作動薬が開発されるまでには紆余曲折があった。しかし、今後、もっと有用性が認識されるようになり、急激に普及する可能性がある。人間の体には、たくさんの受容体がある。腸にもあるし、肝臓にも筋肉にも脳などにもある。 GLP-1 は、あらゆる受容体にさまざまな連鎖反応を引き起こさせる。さまざまな研究で驚くべき事実が次々と明らかになっている。GLP-1 受容体作動薬の中には心臓発作や脳卒中の発生率を減らすものや、腎臓病の進行を遅らせるものがあることが分かっている。また、肝臓に沈着した脂肪も縮小させるものもある。特定の GLP-1 受容体作動薬を摂取した者のアルコールやタバコへの依存度が低減したとの報告もある。ギャンブル依存症や皮膚むしり症の程度が低くなったり、その他の嗜癖行動( Addictive Behavior )が改善したという報告も少なくない。「これは前例のない状況である。」と、アルコール依存症に対するセマグルチドの効果を研究しているノースカロライナ大学の臨床心理学者クリスチャン・ヘンダーショット( Christian Hendershot )は私に言った。「この薬を投与して実際に飲酒量や喫煙量を減らすことができたとする体験談がたくさん寄せられている。現在、私の研究室では、引き続き臨床試験を行っていて、本当にそうした効果があるか否かを確認している最中である」。ドクトカゲの毒は、凡庸だったホルモンを強力な糖尿病治療薬に変え、さらに歴史上最も有望な減量治療薬に変えるのに役立った。それは私たちの生活を大きく変えるかもしれないが、まだ解明されていないことも多い。