3.オゼンピックの負の側面
オゼンピックという減量薬の開発は画期的ではあるものの、この熱狂が失望に変わる可能性が無いわけではない。まず、この薬は誰にでも効くわけではない。「誰もがTikTokやインスタグラムで 50 ポンド( 23 キロ)痩せた人を見て、自分もそうなりたいと願うものである。」と、マサチューセッツ総合病院( Massachusetts General Hospital )で過体重の患者を診ている内科医ファティマ・コディ・スタンフォード( Fatima Cody Stanford )は私に言った。 「現実には、減量薬のハイレスポンダー( high-responder :特定の薬に対する感応度が高い者)とローレスポンダー( low-responder :感応度の低い者)がいる。個人ごとに感応度はさまざまで、そのスペクトルは非常に広い。残念なことに、非常に感応度が低い者も少なくない。そうした人たちには減量薬の効果はほとんどない」。スタンフォードが製薬企業に期待しているのは、ゲノム解析を進めて GLP-1 受容体作動薬に対する感応度に差が出る要因を突き止めることである。「大幅に体重を減らせる者がいる一方で、可哀想にも全く体重を減らせない者がいるのはなぜなのか?」
オゼンピックとウゴービは、吐き気、便秘、下痢等、消化器系に症状を引き起こす可能性がある。6 カ月間オゼンピックの投与を続けている 50 代前半の男性は、こうした副作用が継続していると言った。彼は、健康の大敵である老後の肥満を避けるために、その代償である副作用を受け入れて生きていると言った。 「副作用があるということはこの薬が機能している証拠だと考えるようになった。」と彼は言った。 「これは食べ過ぎない能力を得るために支払うべき代償である」。しかし、 ある研究によって明らかになっているのだが、ほとんどの人は臨床試験中はこの薬を耐えて使い続けるが、病院でこの薬を処方された患者の約 3 分の 2 は 1 年以内に投与を中止している。この薬の大きな欠点の 1 つは、 投与を中止すると体重が元に戻る傾向があることである。
高齢者が減量することには、リスクが伴う可能性がある。というのは、減量薬を投与すると脂肪が減るだけでなく、骨密度が低くなり筋肉量も減る可能性があるからである。それらは、高齢者が転倒するリスクを高めるし、他のさまざまな問題を引き起こす可能性もある。 (現在、製薬企業数社が、こうした潜在的なリスクを軽減する減量薬の研究開発を進めているようである。)「私はこれらの薬を、革新的とか、天地を揺るがすとか、大げさな表現で評価しないように努めている。」とスタンフォードは言った。 「減量薬が開発されたことで、道具箱の中に有用な道具が 1 つ増えたと考えている。それで、道具箱が非常がますます使えるものになった。これまでより段違いに使えるものになった。しかし、減量薬にはいくつかの問題がある。減量薬はたくさんある過体重の解決策の内の 1 つであると認識し、さまざまな解決策を上手く組み合わせることが重要である」。
アメリカでは、医薬品の価格の上昇が顕著で大問題となっている。薬局で 30 日分のオゼンピックを購入すると、支払額は 1,000 ドル弱である。ちなみに、カナダでは 147 ドルで、イギリスではたったの 93 ドルである。健康保険に加入しているアメリカ人でさえも気づいていないかもしれないが、おそらく多くの保険加入者が減量目的でこれらの薬を長期間投与するようになれば、いずれ各保険会社は支払いを渋るようになるだろう。また、6,500 万人が加入するメディケア( Medicare )では、減量目的の薬は保険適用外となっている。保険適用に変更するよう訴える者が少なくないのだが、もし、彼らの願いが叶った場合には、即座にメディケアは重篤な財源不足状態に陥る可能性が高い。肥満と診断された者すべてが減量薬を使用した場合の保険支払額は、現在のメディケア全体の保険支払額を上回る可能性が高い。一方、メディケイド( Medicaid:低所得者向けの医療保険制度)では、低所得者向けで保険料を安くしている関係で財源が厳しいため、減量目的の薬の投与は保険でカバーされない。悲しいことであるが、肥満の比率が最も高い低所得者層に属する者たちは、実際には新たに開発された減量薬の恩恵を受けることはない。
「他の企業が減量薬を開発して市場に新たに参入することで価格が引き下げられるかもしれない。それでも、これらの薬の恩恵を受ける者の数が膨大であることと、投与期間が非常に長いことを考慮すると、巨額の支払が長期間続くことになる。それは非常に大きな問題である。」と、薬事政策に詳しいヴァンダービルト大学のステイシー・ドゥセツィナ( Stacie Dusetzina )は私に言った。彼女は、C 型肝炎( hepatitis C )の治療に用いられる抗ウイルス薬ソバルディ( Sovaldi )について言及した。それは 2013 年に約 9 万ドルで発売された。現在、この薬の後継薬が半額以下で販売されている。しかし、C 型肝炎患者でこの薬で症状の改善が見込まれる者の内、投与されているのはわずか 3 分の 1 だけである。 「 C 型肝炎の治療薬が開発されたのに、それが必要な者に投与されないという事態が発生している。価格の高い薬が開発される度に同様の事態が発生する可能性がある。」とドゥセツィナは言う。アメリカには、C 型肝炎に罹患している者は 300 万人、肥満者は 1 億人以上いる。