ワクチンに対しての不信感を取り除くことが重要
トランプがその発言をした頃、”COVID-19ワクチン信頼プロジェクト”という米食品医薬品局に対する助言を行う非営利活動団体が、医療従事者、サービス業従事者、小売業労働者などにアンケート調査を実施し始めました。回答者の多くが拙速に開発されるワクチンには懐疑的でした。その非営利活動団体のリーダであり、レーガン・ユードール基金のCEOでもあるスーザン・ウインクラーによると、ワクチンを接種するのは安全性が十分確認されてからにしたいという回答が多いとのことです。また、ワクチンが安全かどうかを心配する人が多かったようです。アンケート結果からはさまざまなことが分かります。米食品医薬品局がワクチンが安全だと言ったら信じる人が多いようです。しかし、トランプ政権が安全だと言ったので、逆に人々の不信感は高まってしまったということです。トランプは、何とかして大統領選までにワクチンの接種を開始したいと思っているようです。ウィンクラーは言いました、「ワクチン開発に関してトランプ政権が関与すればするほど人々の不信感は高まってしまいます。誰も拙速に開発された安全性の確認が不十分なワクチンなど打ちたくないのです。誰もが自分がモルモットにされては堪らないと考えています。」と。
ファイザー社CEOのブーラは、人々のそうした懸念を拭い去る方法を考えていました。9月初旬、彼とバイオンテック社のシャヒンは、ファイザー社専用ジェット機でオーストリアへ飛び、ワクチン製造施設を訪ねました。シャヒンによれば、機内で2人が話したのは、ワクチンの安全性に関する人々の関心が高いこと、ワクチンが政治問題化される可能性があること、それらにどう対処するかということでした。ブーラが提案したのは、ワクチン開発競争の先頭集団にいる全ての製薬会社が連名で声明を出すべきで、安全性を最優先し、科学的に厳格な分析を行い、透明性を確保することを約束すべきだということでした。シャヒンは良い提案だと思いました。
ブーラは米国に戻ってから、すぐにファウチに電話をしました。ファウチはそういった声明を出すことはとても良いことだと答えました。ブーラは両社以外の7社のCEOを招集し、オペレーション・ワープスピードに参加している全社のCEOが一堂に会しました。ブーラは懸念を抱いていました。それは、トランプ大統領がワクチン接種開始を急がせようとすると、製薬会社がワクチンの安全性確保のために必要な手順を省くのではないかという懸念が人々の間に広がるかもしれないということでした。シャヒンは次のように述べました、「明らかに人々は何が起こっているのか不安になっています。ワクチン開発は政治的な影響を全く受けていないことを明確に示すことが重要だと思います。」と。
9月8日、ファイザー社、バイオンテック社、モデルナ社、アストラゼネカ社、グラクソスミスクライン社、サノフィ社、ジョンソン&ジョンソン社、メルク社、ノババックス社は共同で声明を出しました。科学的な知見を生かし、ワクチン接種を受ける人の安全と健康を最優先し、治験とワクチン製造時には高度に科学的で倫理的な基準を順守するという内容でした。ファウチは私に言いました、「その声明で言いたかったのは、決してワクチンを見切り発車的に世に出すことは無いということです。」と。コロナワクチンの開発競争では、研究開発も重要でしたが、同じくらいにPR活動も重要でした。
その1週間半後、モデルナ社とファイザー社は治験の計画概要を公表しました。通常のワクチン開発では、ワクチン開発が完了するまで公表されることはありません。しかし、ファイザー社が大統領選前にワクチンの緊急使用許可を申請するか否かは論争の的となっていました。過去100年間、米食品医薬品局は新しいワクチンに対して緊急使用許可を与えたことは1度もありません。緊急使用許可に対する国民の関心の高まりへの対処として、米食品医薬品局は10月6日に修正したガイドラインを公表しました。製薬会社は、緊急使用認可を申請する場合には、2回目の投与から2カ月間の安全性に関するデータを収集するよう求められました。それによって、大統領選前にワクチンが世に出ることは不可能となりました。トランプは憤慨し、修正版ガイドラインの公表を阻止しようと試みました。しかし、その試みはあらゆるところから非難されたので断念せざるを得ませんでした。それで、トランプ大統領はツイッターに次のような投稿をしました、「新しい米食品医薬品局のガイドラインによって、どんなに急いでも大統領選の前にコロナワクチンが承認されることは不可能になりました。救える命も救えなくなるんです。これは、まさしく殺人です。」と。
ワクチンの研究者からすると、米食品医薬品局の新しいガイドラインは、ワクチンの安全性と有効性を担保するための最低限の基準を示しているに過ぎないように見えます。世界保健機関は、3カ月間以上の安全性データを収集することを推奨しています。というのは、ほとんどの副作用は投与後2~3カ月で発生するからです。現在ファイザー社の取締役でかつてはトランプ政権下で米食品医薬品局で局長を務めたスコット・ゴットリーブは、「米食品医薬品局がたった2カ月分しか安全性データの収集を求めていないのは、本当に最低基準で、最速でワクチン開発をする際の基準と言えます。2カ月という数字は少し意欲的すぎると思いますが、現在の状況を踏まえると適切なのかもしれません。」と述べました。米食品医薬品局ワクチン部副部長のドラン・フィンクが言うには、米食品医薬品局が2カ月と言う基準を出したのは、2つの事項のバランスをとったからだと言いました。それは、安全性を担保するためには十分なデータを収集すべきであるということと、有効性の高いワクチンを出来るだけ早く世に出したいということです。