トランプさんっ、統計の正確性を歪めるのは止めとけっ!アルゼンチンはそれやって大惨事になったぞ!

The Financial Page

Big Business and Wall Street Need to Stand Up for Honest Data
(大企業とウォール街は正確な統計の維持のために声を上げる必要がある)

In nominating an inexperienced MAGA partisan for commissioner of the Bureau of Labor Statistics, Donald Trump is chipping away at an essential foundation of the American economy.
ドナルド・トランプは、経験の浅い MAGA 信奉者を労働統計局長に指名することで、アメリカ経済の重要な基盤を揺るがしている。

By John Cassidy August 18, 2025

 

 労働統計局( the Bureau of Labor Statistics:略号は BLS )は、あまり刺激的な職場ではないと思う人もいるだろう。月次雇用統計( the monthly jobs report )、消費者物価指数( the Consumer Price Index )を始めとして多くの政府公式経済指標を作成する 2 千人以上のスタッフの多くは、誇り高きデータオタクである。先日、ポッドキャストで、ハーバード大学卒のエコノミストで、2013 年から 2017 年まで労働統計局局長を務めたエリカ・グロシェン( Erica Groshen )が、労働統計局内の内輪ネタを披露していた。これによれば、外向的で活動的な人物は多くないようである。

 内向的であろうとなかろうと、労働統計局スタッフはアメリカ経済のために重要な役割を果たしている。政府、企業、そして個人が意思決定の材料にする統計をたくさん作っている。雇用統計を作成するために労働統計局は毎月 6 万世帯と 12 万 1 千の雇用主を対象に調査を実施している。回答者の中には回答に時間がかかる人もいる。より多くのデータが集まるにつれて、労働統計局は過去の統計を修正する。

 8 月 1 日に労働統計局は 7 月の雇用統計を発表した。5 月と 6 月の雇用統計が当初の推定値から修正された。下方修正され、かなり弱かったことが示された。しかし、その後、ドナルド・トランプがその数字は「不正に操作されたものである」と主張し、唐突にエリカ・マッケンターファー( Erika McEntarfer )局長を解任した。彼女は、国勢調査局( the Census Bureau )、財務省( the Department of the Treasury )、そしてバイデン政権下ではホワイトハウス経済諮問委員会( the White House Council of Economic Advisers )で働いた経験を持つベテラン労働経済学者である。先週、トランプはマッケンターファーの後任にヘリテージ財団( the Heritage Foundation )のエコノミストで保守系メディアに頻繁に登場し、政治的立場を問わず多くのエコノミストからその資質に疑問を呈されている EJ・アントニ( E. J. Antoni )を指名した。古典自由主義的なシンクタンクのアメリカ経済研究所( the American Institute for Economic Research )のデイブ・ヘバート( Dave Hebert )は、X でアントニについて言及した。アントニと一緒にプログラムに参加したことがあるのだが、「経済学の基礎を理解する能力に欠けていること、そして MAGA に転じたスピードの速さ」の 2 つが印象的な人物であると述べている。

 そんな人物を重要な地位につけて大丈夫かと思うだろうが、こうしたことはそれほど珍しいことでもない。ポピュリスト政権が率いる国では、正当な手法で計算した公式経済統計の数字が政権の思い描く理想的な数字と相反する場合、とんでもないことがしばしば発生する。アルゼンチンがその有名な例である。2007 年にインフレ率が急上昇する中、ネストル・キルチネル( Néstor Kirchner )政権の時のことである。彼の妻のクリスティーナ( Cristina )が次期総選挙で後継者を目指していた。キルチネルは、国家統計局のトップを解任し、忠実な自身の支持者を後任に任命した。その人物の下で統計局はインフレ率の統計を発表し続けるわけだが、その数字は信用を失墜させるものでしかなかった。

 トランプ政権の最初の任期中にこのようなことは起こらなかった。むしろこのことを驚くべきなのかもしれない。トランプにとって、データは都合が良い場合にのみ信頼できるものであり、自身の利益に反する統計には一貫して異議を唱えてきた。2016 年の大統領選を戦っていた頃には、バラク・オバマがまだホワイトハウスにいた頃であるが、トランプは実際の失業率は労働統計局の公式発表よりもかなり高いと主張した。トランプが大統領に就任した直後の 2017 年 3 月に労働統計局が前月の新規雇用者数が 23 万 5 千も増加したと発表した際のことをトランプの側近の 1 人は明確に覚えている。この統計は「以前は虚偽であったが、今の数字は完全に現実を反映したものである」とトランプが述べたという。

 実際、2020 年年初に新型コロナの感染が拡大するまで雇用の伸びがかなり好調だったわけだが、その時はトランプは労働統計局に不満を言うことはまったく無かった。2017 年 10 月に彼はバリバリの保守派のエコノミストのウィリアム・ビーチ( William Beach )を労働統計局の長官に指名した。ビーチはヘリテージ財団の研究員( the Heritage Foundation )、チャールズ・コーク( Charles Koch )の資金提供で設立されたジョージ・メイソン大学マーケタス・センター( the Mercatus Center at George Mason University )の研究担当副所長、上院予算委員会の委員を務めた人物である。こうした経歴から、一部の民主党上院議員は彼が共和党寄りの長官になるのではないかと懸念を示したが、彼の 2023 年までの 4 年間の任期中には大きな問題は発生しなかった。直近では、彼はトランプがマッケンターファーを解任したことを批判している。

 マッケンターファーが解任された当日、ビーチはこの措置は「全く正統性を欠いている」と指摘し、「危険な前例になり得る」と述べた。その後の CNN とのインタビューで、ビーチは、労働統計局の専従スタッフが作成する雇用統計を局長等幹部が指示して操作する手段は存在していないと指摘した。局長は発表の数日前まで数字を見ることができず、その頃には既にデータは労働統計局のコンピュータシステムに保存されていると説明した。先週、私はビーチと直接話す機会があったのだが、彼はこの説明を繰り返した。「短期的には、局長が月次統計やその推移に影響を与える力はほぼゼロである」と述べた。統計を作成する労働統計局スタッフは、政治任用者( political appointee )による介入の可能性を非常に警戒しており、長官だったビーチ自身も集計作業中の部屋から締め出されたことがあったという。さらに彼が付け加えたのだが、労働統計局スタッフが示すプロ意識と、可能な限り正確な数字を出そうとする熱意は、長官だった彼に深い感銘を与えたという。

 これは安心材料である。もし新しい長官が月次統計を操作したり、トランプに有利になるように計算方法を変えたりしようとすれば、労働統計局スタッフの大々的な協力が必要になる。しかし、そんなことは起こり得ないだろう。むしろ大規模なストライキが起きる可能性が高いように思える。「理論上は、そこで働く全スタッフを解雇して企業文化を変えることも可能である」とビーチは述べる。「しかし、そうすると彼らの専門的な知見が無くなるわけで、報告書の作成は不可能になるだろう」。

 アルゼンチンのような顛末は短期的に起こりそうにない。しかし、長年にわたって政治介入なしに運営されてきた政府機関を脅迫しようとするトランプの最新の試みには、依然として警戒すべき理由がある。年間 GDP が約 30 兆ドルと巨大なアメリカ経済において、全てを把握することは不可能であり、市場は公式統計に大きく依存せざるを得ない。エコノミストは、誰もが利用でき、公共の利益に役立つものを公共財( public goods )と呼ぶ。例えば、きれいな空気( clean air )、国防( national defense )、灯台( lighthouses )などである。「連邦統計は公共財の典型的な例である」と、グロシェンは「ムーディーズ・トークス( Moody’s Talks )」というポッドキャストで説明した。「当たり前のことのように考えがちであるが、それらが消えると非常に困ったことになる」。

 雇用統計と消費者物価指数が消滅する可能性は低いものの、時間の経過とともに質が下がり、労働統計局とその統計に対する国民の信頼も同時に低下する危険性がある。ビーチは、こうした懸念は GDP 統計を作成する経済分析局( the Bureau of Economic Analysis )や国勢調査局( the Census Bureau )にも及んでいると述べた。彼が指摘したのだが、マッケンターファーが解任される前は 3 つの統計機関はホワイトハウスから独立して機能しており、それが信頼感の源泉であったという。「3 つの機関は独立して運営されてきた。しかし、それが崩れてしまった」とビーチは私に語った。「 それが 8 月 1 日に起こったことである。もはや、これらの機関がホワイトハウスと一定の距離を置いて運営されていると断言することはできない。もはや、そのような関係は失われてしまったのである」。

 労働統計局を取り巻く不確実性をさらに高めている要因は他にもある。トランプの介入以前から、労働統計局は資金逼迫、人員不足、そして統計の正確性の基盤となる調査への回答率の低下に直面している。アメリカ進歩センター( the Center for American Progress )によると、2010 年以降、労働統計局の予算はインフレ調整後で 20% も減少している。今年初め、トランプ政権は 8% の予算削減を要求し、職員の採用凍結と早期退職制度をの導入を求めた。そのため、労働統計局はアメリカのいくつかの都市での調査業務を縮小せざるを得なくなった。調査回答率の低下という問題は、近年、世論調査会社を含む他の組織も直面している問題である。労働統計局は、例えば、毎月連絡を取っている企業や政府機関が電話やファックスではなくオンラインで回答しやすいようにしたり、民間のデータソースを統計に取り入れたりするなどして、この問題に対処してきた。しかし、これらの取り組みも資金制約によって妨げられている。

 アントニの指名に関する公式声明の中で、統計学者と経済学者で構成される労働統計局友の会( the Friends of the Bureau of Labor Statistics )は、労働統計局内外の関係者が近代化の必要性を認識していると指摘した。声明は、今年に入ってから労働統計局は職員の 5 分の 1 を失っており、「主要な統計資料を維持し、アメリカ経済の将来の統計ニーズに対応するための革新能力が損なわれている」と指摘した。この深刻な状況においては、効果的なリーダーシップが不可欠である。グローシェンとビーチも幹部として名を連ねる労働統計局友の会は、アントニが必要な知見、管理能力、統計の専門知識、労働統計局とそのアウトプットに関する知識、そしてタイムリーで正確な統計を提供するという使命へのコミットメントを備えているかどうかを評価するよう上院に要請した。

 アントニの経歴を見れば、答えは明らかである。彼は 2020 年に経済学の博士号を取得し、それ以来、保守系シンクタンクで働き、トランプの政策を擁護してきた。ちなみに直近で彼がヘリテージ財団に寄稿した記事の見出しの 1 つは、「日米貿易協定は傑作だ」というものである。彼は、以前から労働統計局を公然と批判してきた。トランプに指名される直前のフォックスニュース・デジタル( Fox News Digital )とのインタビューで、アントニは、月次雇用統計の作成方法が改善されるまで、その公表を一時停止することを提案した。ただし、ホワイトハウスの報道官が即座にこの考えを否定した。他のエコノミストたちは、彼が輸入物価や労働力統計など、労働統計局が発表したデータを誤解、あるいは故意に誤って解釈したと思われる事例をいくつも指摘している。また、議会議事堂襲撃事件のあった 2021 年 1 月 6 日の午後に議事堂の外で旗を振るトランプ支持者の群れから離れたところを歩いている彼をカメラが捉えていたことも明らかになっている。ちなみに、ホワイトハウスは彼は偶然そこに居合わせただけであるとの見解を出している。

 トランプは、アントニを労働統計局長官に指名した際、トゥルース・ソーシャル( Truth Social )に「我が国の経済は活況を呈しており、アントニは公表される数字が誠実かつ正確であることを保証するだろう」と記した。しかし、誠実かつ正確な数字を保証する唯一の方法は、労働統計局の献身的なスタッフを擁護し、職務遂行に必要なリーダーシップとリソースを提供することである。ビーチが私に語ったのだが、年間 4 千万ドルの追加予算があれば、労働統計局の重要な調査を近代化するために必要な投資とパイロットプロジェクトの資金調達に大いに役立つと語った。「大した金額ではない」と彼は指摘した。

 労働統計局があらゆる方面から課題に直面している中、その使命を守り、その誠実さを維持する責任が、権威主義的な傾向を抑制する実績が乏しい共和党上院議員団に課せられている。共和党議員団は、トランプの行った人事も精査しなければならない。しかし、日々の業務で公式データに依存している大企業やウォール街の企業も、ホワイトハウスと上院に圧力をかけるべきである。連邦準備制度理事会、そして今度は労働統計局を攻撃することで、トランプはさまざまなものを揺るがしている。企業の信頼感、アメリカの金融支配力、そしてドルの準備通貨としての地位を支える制度的基盤などである。こうしたことから最も恩恵を受けてきた個人や企業や団体が、このことを指摘するのは当然のことである。トランプは耳を傾けないかもしれない。しかし、企業主導で「 労働統計局を救え( Save the BLS )」キャンペーンが繰り広げられれば、一部の共和党上院議員を説得できるかもしれない。ここのところの共和党上院議員団は、大統領の暴言等に懸念を表明するものの、その後は直ぐに彼の言いなりになっている。これがすっかり定番になってしまっている。何とかして、そのやり方を覆してもらいたいものである。♦
以上