Q. & A.
What Makes Putin Fear Ukraine?
プーチンがウクライナを恐れる理由は何ですか?
The Kyiv-based journalist Nataliya Gumenyuk says that the country’s embrace of democracy and anti-corruption efforts makes it a threat to the Russian leader.
キエフを拠点とするジャーナリストのナタリア・グメニュクは、民主主義化の進展と汚職撲滅の取り組みが、ロシアに対する最大の防衛策になっていると述べています。
By Isaac Chotiner January 27, 2022
ここ数週間、ロシアはウクライナ国境で軍を増強しており、プーチン政権が本格的な侵攻を開始するのではないかという懸念が高まっています。8年前にロシアがクリミアを併合しましたが、ウクライナ全土に抗議運動が広がって、ロシアが支援する大統領が失脚したことがきっかけでした。それ以降、ウクライナ軍とロシアが支援するウクライナ東部の分離主義者との間で絶え間なく戦闘が続いています。戦闘の犠牲者は約1万4千人にのぼります。ウクライナはEUやNATOに加盟していないものの、国民の多くは西側諸国に好意的です。今週、アメリカ外交筋はプーチン政権に交渉に応じるよう提案しました。一方でロシアからのNATOがこれ以上の東方拡大をしないことの法的保障の要求は拒否されました。
ウクライナの人たちが現在の状況をどう捉えているのかを知りたくて、私は、先日、キエフ在住のウクライナ人ジャーナリストのナタリヤ・グメニュクに電話で話を聞きました。ちなみに、彼女には「The Lost Island: Dispatches from the Occupied Crimea (本邦未発売)」という著書があります。私と彼女が電話で話した内容を以下に記します(誌面に限りがあり、曖昧さを排除するために一部編集しています)。ウクライナがどのように侵攻に備えているか、なぜウクライナの民主主義がプーチンを脅かすのか、ロシアが紛争をエスカレートさせる可能性がある理由などについて、話を伺いました。
Q:今、キエフやウクライナの雰囲気はどうですか?
グメニュク:ウクライナ人の多くは冷静ですが、事態を憂慮しています。あまりに脅威が大きくてパニックに陥るような状況は過ぎた感じです。今は、なんとか状況を正しく理解しようとしているところです。それで、事態はこれ以上悪化しないのではないかと感じている人が多いのではないでしょうか。ただし、やらなければならないことが山積しています。例えば、自分たちの国を守るために何をすべきかを考えなければなりません。全ては、私たち次第なのです。他の国とかに頼るだけではいけません。 だから、冷静に行動し、危機に対する備えを十分にしなければならないのです。ウクライナ国民は、紛争が勃発する可能性を排除しているわけではありません。同時に、できればそんな事態に陥らない方が良いと思っています。
Q:ウクライナ人の多くが自分たちにできることをして、もしもの時に備えている様子が分かりました。ところで、ロシアが本格的な侵攻を開始した場合にウクライナはどのように対処するのでしょうか。そこが明確でないように見えます。そのことが、ウクライナの人々を苦悩させ、動揺させている一因のように思えます。
グメニュク:ウクライナがどのように動いても、ロシアに戦争を仕掛けようという意図があれば、それを防ぐことはできません。そのことは、ウクライナ人の多くが認識しています。また、ウクライナが緊張を緩和するために軍備を縮小するということもありません。そもそも、軍備を増強したわけでもありませんから、縮小する余地などないのです。ウクライナは、戦争をしたがっているわけではありません。しかし、ウクライナが攻撃を仕掛けられたら、話は別です。必ず応戦し、国土と国民を守るべく戦うでしょう。そこで、ウクライナは様々な準備をしています。第一に、敵国の攻撃に備えて対応できる体制を構築する必要があります。第二に、侵略された場合に何をすべきかを明確にしておく必要があります。優先的に守る重要なインフラは何なのかを決めておく必要があります。ライフラインやインターネット環境などが破壊されれば影響は甚大ですので、優先的に守られなければならないでしょう。本当は、事前にそうしたことが議論され決まっていなければならないのです。しかし、ウクライナ政府が国民に呼びかけているのは、おちついて冷静に行動してくださいということ、パニックに陥らないでくださいということだけです。ロシアが侵攻してくるかもしれないという差し迫った脅威が存在しているのですが、その脅威は深くて広くて長期間続いているものですので、ウクライナの人たちにとっては捉えどころがなく、どう行動して良いか判断が難しい状況です。ロシア軍の侵攻の形は予測不可能です。どこから侵攻してくるのか分かりませんし、陸軍、海軍、空軍の内のどこが攻撃を仕掛けてくるかも全く予測できない状況なのです。
Q:ウクライナの多くの国民が落ち着いていることは認識しました。先日タイムズ誌にウクライナに関する長い記事が掲載されました。それによると、ウクライナの指導者層は非常に落ち着いていて、過剰反応しないように努めているようですね。彼らは正しく対処していると思いますか?また、彼らは意図的にそうした戦略を選択したのでしょうか。
グメニュク:私もウクライナの指導者層が冷静で落ち着いているという意見には同意します。ウクライナは民主主義国家ですから、イスラエルのように政府が国民に対して具体的にガイドラインを示して、ある程度の強制力をもって強力な市民防衛システムを構築するようなことは出来ません。イスラエルと同じようにしようとしても国民は納得しないでしょう。しかし、それで問題ないと思います。ウクライナは、既にロシアと緊張状態にあり、一触即発の状況に見えます。そうした状況下で、ウクライナが戦闘を辞さない構えを見せることはロシアを利するだけです。ですので、ウクライナは抑制的になるべきだという考え方は、非常に有効であると思います。
Q:8年前にロシアがクリミアを併合して以来、紛争が続いています。欧米各国の報道を見る限りでは、数カ月前からロシアとウクライナの対立が激しくなっているように見えます。ウクライナでは、この数カ月で状況が大きく変わったと感じざるを得ない状況なのでしょうか。それとも、ロシアからのウクライナへの圧力が急激に強まりつつあり、それが今になってようやく周辺国が認識するようになったということなのでしょうか。
グメニュク:ロシアのウクライナに対する態度は旧来から何の変化もありません。ウクライナ側とロシアの間の緊張状態は特に変わっていないのです。昨春、ロシア軍はウクライナ国境付近の軍備を増強しましたが、それは明らかに昨年6月に予定されていたプーチン大統領とバイデン大統領の会談に影響を与えることを目的としていました。しかし、増強された軍備がそれ以降も縮小されていないのです。
2019年にヴォロディミル・ゼレンスキーが大統領に就任した時、新大統領とプーチンとの間で何らかの合意がなされるのではないかという希望が膨らみ、さまざまな動きがありました。しかし、実際にはこの1年半の間、ただ膠着状態が続いただけで、何も進展していません。囚人交換の話し合いも、同様に暗礁に乗り上げたままです。けれども、この1年半から2年は、ロシアがクリミアを併合した頃と比べれば、ウクライナ国境周辺でも緊張は比較的穏やかでした。実際、砲撃回数とかもそれほど多くないのです。
Q:現在の緊張状態はウクライナの指導者層、特に現大統領ゼレンスキーのプーチン大統領への対処方法に原因があると思いますか?それとも、プーチンがこうした状況を望んだことが原因であり、ぜレンスキーには非は無いとお考えですか?
グメニュク:良い質問ですね。ゼレンスキー大統領は平和的解決を目指すことを掲げて政権を奪取しました。掲げた政策について、ゼレンスキーはそれほど妥協はしていませんが、少しだけ主張を後退させたところもあります。人道的な政策にも変化がありました。例えば、人権団体などがしばしば、ゼレンスキー政権に対して政策を変更してより開放的に、より人道的になることを求めていましたが、ゼレンスキーはそれに応じました。
私は、個人的に知っているこの問題に対して感心を持っている何人かの外国の外交官に聞いてみたのです。ウクライナはロシアとの交渉でもっと上手く立ち回ることが出来たか否かを。すると、彼らは誰もが、それは無理だったろうと言いました。彼らは、既にウクライナ側は十分に譲歩していたので、それ以上譲歩することは出来なかっただろうと言っていました。クリミアを手放すとか、領土の東部の占領を受け入れるというようなレベルの大きな譲歩をウクライナがすることはないでしょう。ウクライナとロシアの緊張が高まっていますが、ウクライナに非は無いと思います。
質問:アメリカでもプーチンの行動が報道されています。それで、プーチンがウクライナとの緊張を高めている理由は、国内での人気を高めるためであるとか、欧米の結束を切り崩すためであるとか、NATOに包囲されたと思い込んでいるためなどと報道されています。そのような推論は、ロシアと接しているウクライナから見ても正しいと思いますか。ウクライナの人たちにプーチンの行動がどう見えているのか気になりますので、お教えいただきたい。
グメニュク:私は、モスクワ・カーネギー・センターのドミトリー・トレニン所長のインタビュー記事を読みました。彼によると、一時期のロシアの外交政策はゴルバチョフが築き上げたものが継続されていました。それが、ソ連が崩壊したことによって変わりました。ロシアや他の旧ソ連諸国は少しずつ西側陣営に加わっていくだろうと予想されていました。西側陣営に加わるということは、民主主義化が進展し、人権を尊重し、法の支配が定着し、汚職が減少するということを意味します。しかし、現時点でも、ロシアという国は、そのような変化を望んでいないように思えます。プーチンは、そうした変化を望んでいないでしょうし、西側陣営に加わりたいとも思っていないでしょう。プーチンが望んでいるのは、強いロシアです。それで、中東やラテンアメリカに関する重要な事項など、世界的な重要事項の決定がなされる際に、ロシアが無視されるようなことが無い世界を望んでいるのです。つまり、プーチン率いるロシアは、世界的な大国でありたいという野望を持っているのです。
ウクライナという国は小国ではありませんので、プーチンからすると、決して無視することができないのです。実際、プーチンは相当にウクライナに執着しているようです。この夏(2021年の夏)、トレニンはウクライナの歴史について記事を書いていました。これまで、プーチンは望むことはほぼ全て実現してきました。しかし、プーチンはウクライナでは2度も失敗しているのです。2004年と2014年にプーチンは親ロシアで独裁主義的な大統領選候補を支援し、自身の支配を固めるために多大な努力を払いました。しかし、2度とも、ウクライナの民衆が奮い立ったことによって、彼が恐れ、起きてほしくなかったことが起きてしまいました。ウクライナの国民は対立候補を選んだのです。ウクライナ国民のそうした行動は、プーチンの自尊心を大きく傷つけました。プーチンは、ウクライナという国、ウクライナ国民に侮辱され、裏切られたと感じているのです。ですので、現在、プーチンは、ウクライナの現在の政治体制は正統なものではないと証明したいのです。ウクライナの民主主義は西側諸国から無理やり押し付けられたものであると証明することが重要なのです。また、プーチンは、ウクライナがロシアの意に反して、国民の手で国の行方を決めたことを認めるわけにはいかないのです。それを認めてしまうということは、ベラルーシやグルジアでも同じことが起こる可能性があるということになります。しいてはロシアでも同じことが起きかねません。
質問:現在のウクライナの民主主義は強固なものなのでしょうか?
グメニュク:ウクライナは実に多元的な社会です。また、非常に分権化された国でもあります。私はジャーナリストですから、政府を褒めるようなことはあまり言いたくありませんし、どちらかというと政府には批判的です。しかし、現在、ウクライナの政治的実権を握っているのは政治的には穏健なグループです。そのことをよく認識しておく必要があります。ヨーロッパを含め、世界中で独裁主義的な政権が増えつつある中で、ウクライナ政府は極めて穏健であるといえます。沢山の政党が自由に活動しています。また、大企業に支配されている報道機関が多いとはいえ、沢山の報道機関が自由に活動しています。決して完璧とは言いませんが、多様な政治グループが存在していてさまざまな文化があります。
質問:ゼレンスキー政権になって数年たちました。ウクライナの汚職撲滅運動の進捗をお聞かせ願えますか。また、ウクライナ社会から汚職を撲滅する際に、ロシアが妨害するようなことはあるのでしょうか。
グメニュク:汚職撲滅で成果があったとすれば、それは現政権の功績ではなく、間違いなく前政権の功績だと思います。2014年のウクライナ騒乱(マイダン革命)によって、ウクライナでは明確な政権交代が行われました。その結果、議会で論戦で決めたことを尊重する政治体制に変わりました。そのため、政府は、腐敗に対する抗議運動が盛んだったこともあり、透明性と説明責任を明確にすると宣言する必要がありました。汚職を追及するための新たな国の機関が作られ、独立した調査機関とともに、高位の者の汚職も追及する体制が構築されました。そして、汚職を許容しない文化が根付いて定着しつつあるように思えます。例えば、以前も、汚職を追及する報道が為されていましたが、政治家はお金を盗むことが常識だとされていて、そのことはあまり問題とされてきませんでした。しかし、今そのようなことが起これば、大きなスキャンダルとなりますし、そんな政治家がいれば、追放され裁判にかけられるでしょう。本当に大きな変化が起きたと言えます。文化が変わったと言えます。しかし、理想にはまだ遠いとも言えます。政治家の買収はまだたくさんあります。また、独占企業のロビー活動が非常に幅を利かせています。とはいえ、ロビー活動の害は、汚職に比べれば非常に少ないでしょう。
質問:また、汚職を撲滅することは、ある意味、ロシアと対峙する際には重要なことであると思います。なぜなら、ウクライナが汚職が多いままであると、さまざまな面でロシアの影響を受けやすくなってしまうからです。こうした理解は正しいでしょうか?
グメニュク:正しいですね。しかし、現在は差し迫った状況ですので、ウクライナから汚職を撲滅するだけでは不十分かもしれません。ウクライナをもっと民主的な国家にする必要もあります。実際、ウクライナという国が腐敗し、非民主的になってしまえば、ロシアは一部の指導者に圧力をかけて好き勝手なことができるようになるでしょう。しかし、汚職を一掃して民主的な社会を実現できれば、ウクライナは、もっと強い国になれるでしょう。それが、ロシアに対する一番の防衛策になるでしょう。
質問:今のウクライナの現状について、西側諸国が十分に認識出来ておらず、見逃しているような点はあるのでしょうか?
グメニュク:ウクライナとロシアのことだけを見るのではなく、世界全体を俯瞰して見る必要があると思います。国際的な安全保障の枠組みが、20〜30年間も上手く機能していません。NATOのあり方を見直すべきなのかもしれません。ロシアはNATOが自国に対する脅威であるという口実をでっち上げてウクライナを脅かそうとしています。現状では、NATOがウクライナを加盟させないことをロシアに保証するか、そうした保証はせずに本格的な戦争に突入するかの2つの選択肢しかないような状況に陥っています。
質問:西側諸国がウクライナを自陣営に引き入れたいのは、民主主義的な価値観を共有している国を増やしたいからでしょうか。それとも、NATOがロシアと対峙するための足がかりとしてウクライナを重視しているだけなのでしょうか。
グメニュク:両方あると思いますね。現在の NATO は、ロシアや中国などに十分に対抗できるでしょうか?ウクライナはNATO加盟国ではありませんから、NATOができることも限られています。現在、西側諸国がロシア等にできることというと制裁くらいしかありません。しかし、制裁はどれくらい効果があるのでしょうか。効果があるという人もいれば、効果がないという人もいます。NATOが手を出さないとなると、ウクライナは非常に脆いと言わざるを得ません。グルジアや他の国も同様に脆いでしょう。ウクライナやグルジアなどの安全が担保される新たな国際的な安全保障の枠組みが必要だと思います。NATOなどに入りたくても入れない国もあります。現在、どの同盟にも加わっていない国は、安全保障の枠組みから外れていて、安全が担保されていないのです。
以上
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