なぜ、経血に関する研究が遅れているのか?経血の研究が少ないことで、再生医療の発展が阻害されている!

Under Review

What We Still Don’t Know About Periods
生理についてまだわかっていないこと

The stigma surrounding menstruation may have had severe consequences for research into reproductive health.
月経に対する無理解が、再生医療の研究に深刻な影響を与えた可能性があります。

By Yasmine AlSayyad  April 12, 2023

 2013 年に、2人の研究者 クリスティーン・メッツ(Christine Metz) とピーター・K・グレガーセン(Peter K. Gregersen)が、現在では子宮内膜症(endometriosis)の研究で重要なものの1つとなっている調査方法を提案しました。2人が分析したかった物質は豊富に存在しており、簡単に収集できるものでした。それは月経血(menstrual blood もしくは menstrual effluent)でした。”effluent(訳者注:流出物の意)”と言う語が使われているのは非常に的を得ていると言えます。というのは月経血には、血液だけでなく、子宮内膜細胞(endometrial cells)、ホルモン(hormones)、および膣分泌物(vaginal secretions)などが含まれているからです。2人が考案した方法は単純なものでした。被験者に自分の月経血を採取してもらいます。検体用カップや専用のスポンジを使ってもらいます。それで、そのサンプルを2人の研究室に郵送してもらいます。研究室では、子宮内膜症のマーカー(子宮内膜症患者に特徴的に作られるタンパク質などの物質)になりうる物質がないかを調べます。子宮内膜症は、子宮内膜と似た組織が何らかの原因で子宮の外で発生して発育する疾患です。閉経すると病勢は止まるものの基本的には生涯不治の病です。子宮内膜症は痛みを伴うことで有名で、子宮を持つ人の少なくとも 10% が罹患すると言われています。臨床診断が下るまで時間がかかる場合が多く、平均でも診断までに10年くらいかかってしまい、治療が困難な状態まで放置される場合も少なくないようです。多くの場合、腹腔鏡下処置(laparoscopic procedure)が必要です。切開部(incision)から腹部に検査器具を挿入し、組織(tissue)を取り出して生検(biopsy)します。2人の研究者は、月経血を検査することで、子宮内膜症の診断をより迅速にすることを目指していたのです。侵襲性を低くすることができますし、誰もが容易に検査を受けられるようになります。

 2人の同僚の何人かは、2人の研究に嫌悪感と不快感を持っていて、それが行動にも表れていました。メッツは、助産婦でありポッドキャスター(Podcastを配信している者)でもあるリア・ハザード(Leah Hazard)に語っていました、「私たちがこの研究を公表し、被験者となる女性を募集しようとした時、ほとんどの医師が私たちに協力的でないことがわかりました。この研究のことを患者に話すことを嫌がる医師がほとんどでした。多くの医師が、『私の診ている患者は誰一人として月経血を提供しませんよ 。とんでもないことです。そんなことをする人などいるはずないでしょう。』と言っていました。」と。ハザードが新著”Womb(未邦訳:子宮の意)”に書いているのですが、医療関係者といえども生理について大っぴらに語ることに気恥ずかしさを感じるものですし、普通の女の人は生理中にトイレに行く際には袖口にタンポンを隠したりしますし、経血が衣類に滲み出たりしたら深い屈辱感を抱いたり、恥ずかしかったりします。ハザードが指摘しているのですが、世間一般が月経血に関して不浄なイメージを抱いていることが、多くの医師や研究者が子宮内膜症等の研究を避ける一因となっています。それは、医学関連の論文の数にも反映していて、ハザードが調べたところによれば、精液(semen)および精子(sperm)に関する論文は15,000 以上あったのですが、月経血に関するものは僅か400ほどしかありませんでした。

 ハザードの新著”Womb(子宮)”と、生物人類学者のケイト・クランシー(Kate Clancy)の新著”Period(未邦訳:生理の意)”は、月経とその中心にあるが軽視されがちな器官(子宮)に人々の注意を引き付けることを意図して記したものです。どちらの本でも、冒頭で月経や子宮が不潔なものと受け取られている状況を描写しています。クランシーは、その著書の導入部で、生理に関する本を書いていると話すといつも相手が嫌そうな顔をしたと記しています。「汚いものとみなして、見えないふりをし、触れない方が楽かもしれません。しかし、目をそらさずにもっとしっかりと見るべきなのです。」と、ハザードは書いています。

 ハザードの著書”Womb(子宮)”は、ハザード自身が分娩棟(labor wards)で勤務した際に観察したことが記されています。いろんな人にインタビューした内容も織り交ぜています。研究の一環として、彼女はスウェーデンを訪れています。そこで、複数の子供を産んだ37歳の女性から、21歳の妹へ子宮移植(uterus transplant)手術を見学しました。妹はメイヤー・ロキタンスキー・キュースター・ハウザー症候群( Mayer-Rokitansky-Küster-Hauser syndrome)でした。それは、子宮と腟の一部もしくは全部が欠損して生まれる先天性の疾患です。これまで、全世界で少なくとも 70 件の子宮移植手術が行われました。子宮移植手術は、トランスジェンダーの女性、子宮のない状態で生まれた女性、妊娠を望んでいるが子宮を摘出された女性に希望をもたらすものです。ハザード以外にも、手術を見学するために世界中からたくさんの医師が集まっていました。彼女は、白くなって血の気が抜けたような子宮がドナーである姉の体から取り上げられ、妹の体に安全に運ばれるのを見ました。彼女は記しています、「新鮮な血液が隣接する血管に流れ込み、ピンク色の赤みがそれまで白っぽかった子宮全体にゆっくりと広がります。本当に凄いことですが、生気の無かった組織が今は脈々と活動しています。静止していて冷たかったものが、今では脈を打って赤くなっています。」と。

 ハザードが子宮移植手術について私に語った時、ちょっと興奮気味でした。彼女は、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)についていろいろと話をしてくれましたが、その際にほとんど興奮することはありませんでした。しかし、彼女の著書の記述を見ると、彼女の興奮が伝わってくることが多いです。憤っているような感情を感じることがあります。分娩棟で助産師として働いていた時のことに関する記述を見ると、それが良く分かります。彼女は次のように書いています。

 「私は、昼夜を問わず、赤ちゃんを産んだばかりの母親に声を掛けられるのには慣れていました。青ざめていたり、パニックに陥っていたりしていました。分娩時にさまざまなものが子宮から出たり、血餅や縫合した糸の切れ端などを見てびっくりする人が多いのです。しかし、ピンク色の筋が入った自分の娘の小さなおむつにびっくりする母親が多いことには辟易としました。多くの母親が「娘が出血したんです。」と言って泣きながら説明をしてきます。当惑した表情と不安げな表情が混ざりあい、時には嫌悪感が顔から覗いています。その母親たちが、何でそんなことでびっくりしているのか意味が分かりません。騒ぎ立てることでないことは明確なはずです。」

 妊娠中、胎児は高レベルで母体から出るホルモンにさらされています。出生後にこれらのホルモンは赤ちゃんの身体から減っていくわけですが、生理の時に出るような血が混じった分泌物が出ることがあります。助産婦であるハザードは、そうした分泌物が出ても全く異常でないことを出産を終えたばかりの母親に説明することに慣れています。しかし、このことを何度も何度も説明しなければならない状況には不満を感じています。このことは、彼女に世間が女性の生理や出産や生殖に関して無知であり羞恥心を抱いていることを改めて思い起こさせます。