5.パンデミック終息後のアメリカはどうなるのか
10月にエール大学のニコラス・クリスタキス教授がコロナウイルス危機の顛末について記した著書「”Apollo’s Arrow”(邦題:疾病と人類知)」を出版しました。クリスタキスは、人々が今回のパンデミックを特異な状況だと捉えていることは奇妙なことであると指摘しています。そもそも人類はいつの時代でも疫病と隣り合わせで生活しているのですから、パンデミックが発生しても特殊なことでは無いのです。クリスタキスは私に言いました、「沢山の人が死に、経済が停滞しすると人々はとんでもないことが起こっていると思います。しかし、パンデミックは珍しいことでも何でも無く、数千年間に渡って何度も何度も繰り返し起こっていることなのです。今回のパンデミックが過去と違う点は、人類が素早くワクチンを開発して配布する能力を有しているということです。」と。モデルナ社は、SARS-CoV-2ウイルスの遺伝子配列を特定してから僅か42日後にワクチンを米国立衛生研究所に届けました。21日後には治験が開始され被験者にワクチンが接種されました。現在、人類は幸運にもワクチンを迅速に分配することが可能な時代に生きているのです。
しかし、現在、人類には感染症のパンデミックを経験するに当たって不利な面もいくつかあります。各国がパンデミックに対応する際に、政治的リーダーシップの欠如や不毛な政党間の抗争が妨げとなっています。また、人々の微妙なニュアンスを感じ取る能力が失われつつあるように思えます。それで、何でも白か黒かとか、賛成か反対かとか、はっきり決着を付けなければならないという風潮が蔓延っています。マスクをするのは美徳であるか、全体主義の象徴であるかといった不毛な対立も発生しています。
パンデミックのような認識することが可能な脅威は、人類の行動様式を変えてしまうことがあります。予測可能な変化ですが、人々の行動はリスク回避的になり、より禁欲的になり、信心深くなるでしょう。「『塹壕の中に無神論者はいない。』という比喩が巷でよく使われますが、パンデミックになると期せずしてそれが真実であることが証明されます。」とクリスタキスは言いました。今回のパンデミックでは、米国人はより宗教的になり、4分の1の人が信仰心が厚くなったと言っています。また、半数以上が、パンデミックの終息を神に祈ったと言っています。しかし、歴史を振り返ると、パンデミックや他の危機が終わってしまえば、宗教は衰退しますし、人々はより活動的になります。1920年代にジャズエイジ(富、若い活力、気ままな快楽主義の時代として特徴づけられている時代)が到来しますが、それは1918年のインフルエンザのパンデミックの直後のことでした。また、ベビーブームが到来したのも第二次世界大戦の直後のことでした。ですから、2020年代には再び景気が良くなるという予測は根拠がないものではないのです。
今回のパンデミックで、米国では公衆衛生インフラの脆弱性が明らかになりました。また、選挙で選出された政治家や普通の人たちの言動によって苦労することも多々ありました。一部の国では、社会全体で皆が協力して感染封じ込めに成功した事例もありました。しかし、米国では、基本的な感染防止対策についての全く不毛な論争が永遠と続きました。議論はすれども、有効な対策が打ち出されることはありませんでした。米国ではさまざま事項で意見が真っ二つに分かれました。マスクを直用すべきか否か、事業を閉鎖すべきか否か、追跡調査すべきか否か、ヒドロキシクロロキンは有効か否か、ワクチンは危険ではないか否か、集団免疫が自然に獲得できるのを待つか否かなどについてです。ウイルス感染が拡大しているにもかかわらず、多くの州で知事が制限を解除しました。そうした州では、ウイルスの感染速度を遅らせようとしている自治体の努力に水が差されました。屋内で行われるイベントに多くの人が集まっていました。コロナウイルスによる死者数の信憑性に疑問を投げかけたり、医療関係者の努力が不足していると非難する報道機関もありました。クリスマスシーズンには何百万人もの米国人が、効率的にウイルスをばらまきながら旅行を楽しんでいました。今回のパンデミック下で、地球上で最も分断された国家は米国でした。
次にパンデミックが発生した際に、米国がもっと団結出来るようにするためには何が必要なのでしょうか。政府が旗振りをして、パンデミックに対して脆弱でない医療体制を構築することは可能かもしれません。しかし、政府や官僚が提供する解決策で、米国民の団結の弱さを強くすることはできません。科学的な根拠に基いて行動し、各人の自由を尊重し、各人が責任を果たし、国民が団結して困難に上手く立ち向かえるのは、自分の属しているコミュニティの一体感を強く感じられる時です。一部の米国人が、パンデミック陰謀論を唱えていますが、誤った形の愛国心の発露と言えるでしょう。
今回のパンデミックはまだ終息しておらず、終息までにやるべきことは山のようにあります。米国人の誰もが今回のような悲惨な感染症のパンデミックを経験するのは初めてでした。また、ここ数十年間で経験した中で最も重大な危機でした。今回のウイルス感染で、私たちのこれまでの生活様式の脆弱さが露わになりました。今になって振り返ると、今回のパンデミックの前に、今現在の生活様式(マスクをしたり、消毒をしたり、社会駅距離を確保する)を想像することは不可能でした。こうした事実が示しているのは、社会を大きく変革することが可能であるということです。また、そうした変革は、後に振り返るとそんなに難しいことでは無かったと認識できるはずです。
以上