3.アメリカのサル痘に対する備えは万全に見える
アメリカは、サル痘に対しての備えはかなり万全だと言えます。新型コロナウイルスのパンデミック初期の頃と比べると、非常に多くの手札を持っています。それでも、私が話を聞いた感染症の専門家によれば、アメリカはサル痘への対応では、既に貴重な時間をかなりロスしています。先月、ニューヨーク大学の微生物学の権威であるジョセフ・オスマンドソンは私に言いました、「検査をしようとしても、ほとんどできない状態でした。」と。サル痘の感染が発生した当初、サル痘の確定的な診断を下せるのは、疾病予防管理センター(CDC)の研究所のネットワークに属する公衆衛生施設のみでした。そうした体制になっているのは、新種の病原体の感染が発生した際に専門家が関与できるようにすることを意図してのことです。しかし、そのために迅速な診断を下すことができなかったわけです。しかも、疾病予防管理センターの研究所のネットワークは、必ずしもサル痘が流行している地域に集中しているわけではありません。オスマンドソンは言いました、「オクラホマ・シティにもそうした研究所があったわけですが、そこはキャパオーバーになるほど検査が殺到していたでしょうか?もちろん、そんなことはありません。しかし、ニューヨーク、ロサンゼルス、ワシントンDCなどではどうだったでしょうか?逆にキャパオーバーの状態でした。」と。ニューヨークのプライド・マーチ(ニューヨーク市のLGBTQコミュニティを祝う毎年恒例のイベント。毎年6月最終週に実施される)には毎年200万人の人が訪れるのですが、その頃には、ニューヨークでは1日に10〜20件のオルソポックスウイルスの検査ができるに過ぎなかったのです。
6月下旬に疾病予防管理センターは、その研究所のネットワークで週に8千〜1万件の検査が可能であると公表しました。オスマンドソンと彼の研究仲間たちは、疾病管理予防センターの職員に連絡を取り、もっと検査のキャパを増やすようにと訴えました。オスマンドソンは私に言いました、「私たちは、『多くの人が迅速に検査を受けられるようにして欲しい。』と言ったんです。しかし、疾病管理予防センターの最優先事項は、すべての感染例の報告があがってくる体制を構築することだったようです。結果として、検査数が増えないだけでなく、目指した体制の構築もできなかったようです。」と。疾病管理予防センターは、サル痘に関して電子メールで質問しても返答してくれませんでした。しかし、所長を務めているロッシェル・ワレンスキーはプレスリリースで言いました、「疾病管理予防センターは、地域社会に根ざし、公衆衛生に携わる全ての機関や人と密接に協力して、現在のサル痘の感染状況に関する認識を高める努力を続けています。」と。さらに、彼女は言いました、「検査能力の増強と実施場所を増やすことで、国民にこの感染症をより深く理解してもらうようにし、感染拡大の防止に寄与したいと考えています。」と。
私は、まだサル痘の患者を診療したことはありません。しかし、実は私も、サル痘の検査をすることができずに苦労した経験がないわけではないのです。6月に、私は知人の1人からメールをもらいました。その人は1人のサル痘の症状の見られる友人を救おうとしていました。友人は、検査を受けたところでした。検査を受けたくて、かかりつけの医師に相談した後、複数の医療機関を訪ねていたそうですが、どこも検査ができませんでした。そうしたことを聞いて、私は救急外来へ行くことを勧めました。検査を受けようとしてから既に4時間経過していましたが、そこでも検査は受けられませんでした。理由は、その人の病相が疾病予防管理センターが作成した対応手引書に載っているものと一致しなかったからです。その人は、最終的には何とか地域の保健所を通して検査を受けることができました。検査結果は陽性でした。
検査を実施できる件数が少ないという問題は、解決できないものではありません。ジョンズ・ホプキンス健康安全保障センターの所長を務めるトム・イングレスビーは、「技術的には、全く不可能ではありません。要は、疾病予防管理センターにやる気があれば、迅速に検査数を大幅に増やすことができます。」と話していました。検査数が増えない原因は、面倒な診断プロセスにあるようです。彼は言いました、「臨床の現場は、公衆衛生研究所のネットワークと緊密に連携できていないのです。」と。小規模で人員も検査機器も乏しいクリニックの医師は、見慣れない感染症の詳細について調べるだけでも手一杯です。その上、地元の保健所の承認を得て、サンプルを迅速に検査できる所まで運ぶ余裕など有るのでしょうか?おそらく、時間も能力も無いと思われます。ありがたいことに、保険衛生当局は規制を緩め始めています。7月13日には、私の病院でも、医師がサル痘検査を依頼する際に保健所に承認を得る必要がなくなりました。
私たちは、新型コロナでたくさんの教訓を得たわけですが、検査を迅速にできるような体制を構築することは非常に重要です。それができなければ、感染が拡大してしまうかもしれませんし、逆にそれができれば、迅速に診断できて、早期に治療ができますし、感染者を隔離したり、接触者の追跡をすることによって感染を封じ込める可能性は高まります。時には、同性愛者であるということがバレるのが嫌で名乗り出るのを躊躇する人もいるでしょう。ところで、免疫力を高める取組み、つまり予防接種を受けさせるという取り組みは着実に進められているのでしょうか?実は、こちらも遅々として進んでいません。プライド・マーチの直前、6月下旬のことでしたが、ニューヨークは、アメリカで一番最初にサル痘ワクチンを接種できるようになりました。対象者は、リスクの高い人でした。例えば、ここ数週間で複数の男性との性交した人、確実にそのウイルスに曝露したと思われる人などでした。しかし、チェルシー地区のクリニックがワクチン接種を開始したところ、ほぼ即座にニューヨーク市全体の割当本数を使い果たしてしまったのです。
バイデン政権は行動を起こし始めています。最近、5つの営利企業にサル痘の検査を許可しました。これによって、検査能力は劇的に高まり、公衆衛生当局との事前協議なしにサンプルを検査機関に送ることが可能となります。検査プロセスでかかる時間が大幅に短縮されそうです。7月15日、疾病予防管理センターは、現在、米国では1週間に7万件の検査を実施する能力があると発表しました。また、保健福祉省は、103万回分のジンネオス・ワクチンをまもなく追加で配布する予定であると発表しました。また、バイデン政権は、地域社会のリーダーや医療機関等と協力して、サル痘についての啓蒙を行っています。そうすることで、リスクの高い人が検査を受けたり、ワクチン接種を受けたりするようになるでしょう。