4.感染症のウイルスに国境は無い!世界規模での対策が必要!
サル痘は何十年も前からあったのに、なぜ今頃になって感染が広がったのでしょうか?サル痘ウイルスが台頭した根底には、そのウイルスと同類とされる天然痘が撲滅されたことがあります。疾病予防管理センターによれば、天然痘ワクチンを接種すると、サル痘への有効性は85%だそうです。その数値の根拠は、ザイール(現在のコンゴ民主共和国。略称DRC)での研究データに基づいています。しかし、アメリカでは1972年に天然痘ワクチンの接種義務はなくなりました。また、1980年以降はどこの国でもほとんどそのワクチンの接種は行われなくなっています。1988年にロンドン大学衛生熱帯医学大学院(London School of Hygiene & Tropical Medicine)の研究チームが、「サル痘ウイルスが今後も動物を介して人間社会に持ち込まれ、ワクチン接種によって得られていた免疫力が低下するにつれて、サル痘が断続的に流行し、その規模は徐々に大きくなるだろう。」と警告していました。2005年頃までに、コンゴ民主共和国ではサル痘の患者が20倍に増えました。天然痘の予防接種を受けていない人は、受けている人よりも5倍も感染しやすくなっています。
サスカチュワン大学で感染症とワクチンの研究をしているアンジェラ・ラスムセンは、サル痘の感染が広まった原因は、人の移動が盛んになったこととグローバル化にあると指摘しています。また、自然環境の悪化の影響も大きく、それによって、人間が様々な動物種とより密接に接触するようになったことも原因であると指摘しています。そのような接触は、病原体がある種から別の種に移動する飛び移り(スピルオーバー:spillover)のリスクを高めると考えられています。彼女は言いました、「そうしたことは、サル痘に限ったことではないのです。サル痘で起こったことは、将来、他のウイルスでも起こると推測されます。サル痘は、そうしたことが頻発する前触れであると認識しておくべきです。」。と。
ラスムセンが付け加えて言ったのですが、サル痘の感染が広まったわけですが、医師や科学者の誰一人として、そのことに早期に気付くことができませんでした。サル痘ウイルスは、インフルエンザや新型コロナのウイルスなどのRNAウイルスに比べて比較的ゆっくりと変異するDNAウイルスです。そのため、彼女が指摘しているのですが、2018年以降の短期間でサル痘ウイルスが何十回も変異をしていることは驚くべきことです。現在のサル痘のウイルスの株は、人間が身を守るために使う酵素と過去に戦った経験を脈々と受け継いでいるように見えます。それで、人間の免疫をかい潜り、感染拡大しているように見えるのです。可能性として考えられるのは、このウイルスは、公衆衛生当局にほとんど発見されないまま、何年もの間、人間の体内で生き残ってきたのかもしれないということです。
ラスムセンは、サル痘ウイルスは新型コロナやHIVのウイルスよりも脅威的ではないと言います。しかし、彼女は警戒を緩めるべきではないとも言います。彼女は私に言いました、「ウイルスが流行地以外で出現したことを認識しなければなりません。感染拡大を阻止するために迅速に行動するということが非常に重要です。誰にとってもこのウイルスは脅威であるということを認識すべきです。」と。高所得国には、サル痘はアフリカ特有の風土病だという誤った認識を持った人がたくさんいました。そのため、サル痘対策はほとんど手付かずでした。将来、他の感染症のウイルスの感染が拡大する可能性が無いわけではありませんが、そうした対処法を変えない限り、今回のサル痘の感染拡大のようなパターンが何度も繰り返されるだろう、とラスムッセンは言っていました。サル痘は重症化リスクは低いのですが、次に感染拡大するウイルスは、必ずしもそうとは限りません。
今後はどうなるのか?サル痘の感染者がゼロにはならない可能性があります。だらだらと感染が続くイメージです。決してリソースが十分とは言えない公衆衛生当局や性病専門クリニックが対処しなければならない病原体のリストに、新たにサル痘が追加されるのです。サル痘の様々な症状や合併症を、患者も医師も保健当局者も今まではほとんど目にしてこなかったと思います。しかし、今後は気が滅入るほど目にすることになるでしょう。サル痘のウイルスは、より感染しやすいように変異する可能性があります。また、子供や高齢者にとってはより脅威となる可能性もあります。
別の可能性もあります。そんなに悲観的になる必要はないのかもしれません。サル痘の感染拡大を阻止するために積極的な対策が行われる可能性もあります。サル痘は、たとえ不完全な対応であっても、封じ込めることが可能なウイルスです。しかし、そのためには、天然痘を撲滅して以降の数十年間で人類が実施してこなかったレベルの対策を世界的に協調して実施する必要があります。イングレスビーは私に言いました、「おそらく、アメリカはサル痘の封じ込めに成功するでしょう。封じ込めのための啓蒙活動、検査体制の増強、ワクチン接種の推進、医療体制の強化などが功を奏すると推測されます。しかし、世界の他の地域でサル痘の封じ込めに苦戦しているところがある限りは、アメリカの封じ込めも一時的なものに終わるでしょう。」と。現在、新型コロナウイルスが世界中で蔓延しているのを目にして分かったのは、感染症に国境は無いということです。遠い国で脅威となっている病原体は、アメリカにとっても脅威であると認識すべきです。そうでないと考えるのは道徳的にも医学的にも無責任なことです。インクレスビーは言いました、「アメリカにおけるサル痘の未来は、世界の他の地域におけるサル痘の未来と不可分に結びついているのです。」と。♦
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