A Reporter at Large February 6, 2023 Issue
When Law Enforcement Alone Can’t Stop the Violence
法執行機関だけでは犯罪を防止できないとき
Amid a murder crisis in America, community-based solutions have received a flood of funding. How effective are they?
殺人事件が減らないという危機にあるアメリカで、コミュニティに根ざした取り組みに多額の資金が投じられています。効果は挙がっているのでしょうか?
By Alec MacGillis January 30, 2023
1.各都市の犯罪防止策に莫大な資金が投じられている
コーリー・ウィンフィールド(Corey Winfield)は10歳の時に、初めて人が撃たれるのを見ました。ボルチモア北西部のパークハイツ(Park Heights)地区で友人の1人とドラムを叩きながら行進していたところ、数人の年配の男たちが寄ってきてドラムを叩いていいか聞いてきました。そうしている内に、何者かが現れて彼らの1人の背中を撃ったのです。撃たれた者は、半身不随になりました。また、ウィンフィールドは、11歳の時に通っている学校の近くの路地で初めて銃を見つけました。彼は、それを友人の兄に45ドルで売り、そのお金でペニー・キャンディー(penny candy:量り売りのキャンディーのこと)をたくさん買いました。そして13歳の時に、彼がドラッグを売り始めた時期と一致するわけですが、初めて人が銃で殺されるのを目撃しました。殺されたのは友人の1人で、14歳でした。そして、何度か強盗に遭ったので、彼は銃を一丁買うことにしました。17歳の時に、売りさばくためのドラッグを購入する際に、相手の売人たちが金を奪おうとしたので、その内の1人を撃ちました。相手は死にました。
コーリーは、20年近く刑務所に入っていました。出所して2週間後の2006年に弟のジュジュアン(Jujuan)が自宅前で射殺されました(享年21歳)。コーリーは、何日も弟を撃った犯人と思われる男を探し続けました。ようやく見つけて殺そうとしたのですが、まさに撃ち殺そうとした瞬間に警察のパトカーが現れて果たせませんでした。彼が家に帰ると、育ての親の叔母のルース(Ruth)が、暗闇の中で身じろぎもせず座っていました。彼女は、彼が何をしようとしていたかを知っていると告げました。彼女は彼に言いました、「もうやめて、もう誰も失いたくないのよ!」と。コーリーは当時のことを振り返って、「私は泣き崩れ、叔母と一緒にソファで泣き続けました。」と言いました。
コーリーは銃を捨てると誓い、すぐに周りの者たちにも銃を撃つのをやめさせると約束しました。ボルチモアでは、ちょうどその頃、犯罪遮断プログラム(violence interrupter program)が立ち上がっていました。シカゴで始まったプログラムを手本としたもので、犯罪歴があり路上で事件を起こした経歴を持つ者たちを説得して銃で誰かを撃たないようにするという取り組みでした。彼らの人脈と繋がりを利用して緊張を和らげるプログラムでした。コーリーは、こうして立ち上げられた新たなプログラムである「セーフ・ストリート・プログラム(Safe Streets proguram)」の最初の協力者の1人となりました。彼は煮えたぎっていた復讐心を捨て去りました。それは、どんな人物も犯罪に手を染めず平和に生活することができることを証明していました。セーフ・ストリート・プログラムは、コーリーの例を挙げて、犯罪の連鎖は断ち切れると訴えています。彼は私に言いました、「弟のジュジュアンの死で、目が覚めました。私は人生の大半で犯罪に手を染めてきました。そんなことをしていたら、悲惨な出来事がいつ起こっても不思議ではないのです。自らの行動が、周りの騒乱・騒動を引き起こしていたのです。」と。彼は、プログラムに加わって直ぐに19歳の少年と関わりました。その少年はドラッグの売買を止めようとしていました。コーリーは、少年が定職につくために必要となる出生証明書を入手するのを手伝いました。その少年はやっとのことで出生証明書を手にした時、泣き出しました。そして、言いました、「私がずっと言われてきたことは、父は私の存在など知らないだろうということでした。でも、父は出生証明書にサインしてくれたんですよ。きっと僕を愛してくれていたんだよ!」と。
他の多くの都市でも、ボルティモアと同じような犯罪遮断プログラムが立ち上げられるようになりました。こうしたプログラムがあちこちで採用されたのは、警察当局の機能を補完するものとして期待できると考えられたからです。”健康的な地域社会”(Safe and Healthy Neighborhoods)というプログラムを最近まで率いていた公衆衛生研究者のモニーク・ウィリアムズ(Monique Williams)は、「刑事司法制度を利用しなければならない事態になる前に、法執行機関以外ができること、すべきことはたくさんあります」と述べています。
実は、警察当局からの抵抗もありました。各地の暴力遮断プログラムの協力者はそれほど警察に対して協力的ではありませんでしたし、警察官の中には以前に自分が逮捕した人物に対して警戒心を抱く者もいたからです。協力者の中には、麻薬取引やその他の違法行為に手を染める者もいました。ルイビルでは、3つの暴力遮断プログラムに対するオレゴン州広域自治体メトロ都市圏協議会(Metro Council)からの資金援助が止められました。1人の協力者が覚せい剤の取引で逮捕され(後に告訴は取り下げられた)、別の協力者が1人の女性をレイプしたとして(後に有罪が確定)で起訴されたことを受けての措置でした。暴力遮断プログラムは、地元の小さなコミュニティに住む人たちの繋がりを利用するもので、関わる者を増やすことで、より安全に生活できるようになるというものです。資金援助が無くなった暴力遮断プログラムのリーダーのエディ・ウィッズ(Eddie Woods)は、「都市圏協議会は、暴力遮断プログラムにあまり期待していなかった」と私に言いました。「だから、何としてでも言い訳を見つけ出して、資金援助を停止したかったんです。」
2020年、すべてが変わりました。全米で犯罪が急増したのです。殺人件数は30%増加しました。それまで20年間減り続けていた状況が一変したのです。多くの犯罪学者が、急増した原因は2つあると指摘していました。1つは、新型コロナパンデミックによる社会的混乱です。もう1つは、ミネアポリスのジョージ・フロイド(George Floyd)殺害事件以降の警察と地域住民との関係悪化です。関係悪化によって、警察は積極的な取り締まりをやりにくくなり、住民の協力が得られなくなりました。大統領選に勝利した後、ジョー・バイデン大統領は、犯罪を食い止める方法を模索しました。当時の警察当局は、旧態依然の部分が目に余り、左派から厳しい批判の目が向けられていました。2021年に下院でアメリカ救済計画法(American Rescue Plan Act :略号ARPA)が可決されました。それによって、多くの都市で”地域犯罪防止策(community violence intervention)”に資金が投じられるようになりました。地域犯罪防止策(community violence intervention)とは、犯罪を減らすための警察当局以外による取り組みの総称です。防止策には、ギャング集団から若者を引き離すプログラム、銃撃事件の被害者と病院で会って報復を思いとどまらせるプログラム、若者に雇用斡旋と認知行動療法によるカウンセリングを提供するプログラムなどが含まれます。
長年、これらのプログラム間でわずかな資金をめぐって互いに奪い合うような状況が続いていました。パイロット・プロジェクトが生まれては消え、また新たにできた別のプログラムに資金が流れ込むというようなことが繰り返されてきました。しかし今、これらのプログラムにはかつてないほどの資金が投入されています。ルイビルでは2,400万ドル、ボルチモアでは5,000万ドルが投入される予定です。
潤沢な資金が提供されたことにより、地域犯罪防止策が上手く回り出し、ルイビルやボルチモアは見違えるように安全な街に生まれ変わりました。しかし、課題はまだまだたくさんあります。連邦政府からの資金の提供はいずれ無くなるわけですが、それが無くなる前に、地域犯罪防止策が永続的な支援に値することを証明しなければなりません。そのためには残されている時間は、あと数年しかありません。それまで数人のスタッフで構成されていたプログラムが、数百万ドルの支出を管理するために急速に規模を拡大し、数カ月の間に新しい基盤を構築しなければなりませんでした。多くの地域犯罪防止策がある中で、効果の高いものもあれば低いものもありました。そもそも評価することも容易ではありませんでした。エディ・ウッズ(Eddie Woods)は言いました、「たくさんの資金が流入したことで多くの問題が引き起こされました。現在、あまりにも多くの者が地域犯罪防止策に携わっています。とにかく頭数が多すぎます。」と。