3.セーフ・ストリートというプログラムについて
ウィンフィールドは、他の協力者の多くも同じですが、再び犯罪行為に手を染めることを思いとどまらせることが非常に難しいことに気づきました。実は、彼自身も2011年まで、セーフ・ストリートの協力者の仕事をする傍らで、ドラッグを売って小金を稼いでいたのです。協力者の報酬は時給13ドル程度でしたので、2人の娘を養うためには、副業収入がどうしても必要だったからです。そんな彼を、叔母のルースは叱咤激励しました。ウィンフィールドが私に教えてくれたのですが、当時、叔母が彼に言ったそうです、「よく聴きなさい!あなたは正しい仕事をしているのよ。神の与えた仕事なのよ。悪魔の仕事に手を染める者は、神の与えた仕事をすることはできないのよ。そんなことをすれば神の裁きを受けることになるわよ!」と。その2ヵ月後、彼は強盗に向かう1人の友人を車に乗せたとして逮捕されました。それで5年の保護観察処分を言い渡されました。
ウィンフィールドは、犯罪遮断プログラムの協力者はバランスを保つのに苦労すると言っていました。過去に自分自身も法を犯したことがあるという事実があるから、街中を彷徨っている犯罪予備軍の若者たちから親しみを持ってもらえているわけです。しかし、現在は協力者の仕事をしているわけですから、そのような行動は絶対に避けなければならないのです。彼はぼやいていました。オレンジ色のセーフ・ストリートのTシャツを着ているのを見た昔の友人たちから、裏切り者と罵られたこともあったからです。彼は言いました、「このTシャツを初めて着た時、そのことが街中に知れ渡って大変でした。でも、脱ぐことはありませんでした。昔の仲間が『よう、どうしてそんなシャツ着てるんだんだ。』 って感じで近寄って来ては、立ち去っていくんですよ。昔の仲間はみんな立ち去っちゃいましたね。1人ぼっちになったようで、辛く感じることもありますよ。」と。
ウィンフィールドは数年間このプログラムを離れ、家出した若者を支援する組織で働いたことがありました。その頃、2015年4月のことですが、フレディ・グレイ(Freddie Gray)という西ボルチモア出身の25歳の男が、警察に拘束される際に負った傷が原因で死亡しました。抗議活動や暴動が起こり、市内で銃撃事件が激増しました。今にして思うと、その状況は2020年に起こることを暗示していたのかもしれません。警察官によって1人が殺され、それに続いて殺人事件が急増し、警察当局と地域社会の信頼関係も崩壊し、続いて警察当局の振る舞いに変化が起き、警察当局以外に公共の安全の確保を委ねるべきだとする声が高まりました。犯罪が急増する中で、ウィンフィールドは再びセーフ・ストリートの協力者の仕事をすることを決意しました。
彼が離れていた間も、セーフ・ストリートでは協力者が再び犯罪に手を染めてしまうということが頻発していました。なかなかそれを防ぐことはできていませんでした。2013年には、西ボルチモアの1拠点が2人の協力者の逮捕によって閉鎖されました。また、2015年7月には東ボルチモアの1拠点で警察当局によってドラッグと7丁の銃が発見されました。それで2人の協力者が逮捕され、その拠点は閉鎖されました。しかし、このプログラムには十分な支援が続けられていました。2018年に当時の市長キャサリン・ピュー(Catherine Pugh)は、当プログラムの監督権限を保健局から公安局に移し、拠点も4カ所から10カ所に拡大しました。
2018年のマーティン・ルーサー・キング・デー(毎年1月の第3金曜日)に、私は東ボルチモアの教会に行きました。そこには、宗派を問わず沢山の聴衆がいたのですが、ウィンフィールドが犯罪遮断プログラムがどのように機能するかを語っていました。彼は、ファーストネームがコーリーなので、みんなからビッグ・コーリーと呼ばれていました。身長6フィート3インチ(191センチ)、体重280ポンド(127キロ)の巨体でした。巨体に似合わず、明るい目をしていて、人を惹きつける魅力がありました。彼は典型的な例を挙げて話をしていました。その例には、コーリー(ウィンフィールド)自身、知り合いのアニタ(Anita)とその弟、知り合いのリサ(Lisa)とその弟などが登場します。どんな内容かと言うと、アニタからコーリーに電話がかかってきます。アニタは、「ねえコーリー、私の弟がリサの弟を殺そうとしているのよ。話しているのを聞いちゃったの。何人かでリサの弟を襲うつもりなのよ。」と言いました。リサの弟の仕事は朝の3時に終わる予定で、そこで襲われるだろうことが容易に推測できました。それで、コーリーは、「分かった、なんとかするよ。2時半に起きてアニタの弟がリサの弟を襲う現場に先回りするよ。それでリサの弟を襲えないようにしてみるよ。俺が出ていって、『ああ、もう朝の3時だ。こんなことしてる場合じゃないだろう?』ってとぼけたら、アニタの弟の殺す気も失せるだろ?これで問題無いはずさ!」と言いました。
ウィンフィールドは続けて言いました、「誰もが知っていることだけど、朝の3時に警察官がわざわざ出張ってくるなんてことはないからね。警察は殺人事件が起きてからしか動いてくれないんだよ。誰かが誰かを殺そうとしていても何もしてくれないんだ。そんな時は、警察よりも俺の方が役に立つのさ。銃を撃つ気まんまんの奴だって、俺の巨体を見たら少しは怯んでくれるだろ。よく知っている俺の顔を見て畏敬の念や親しみを覚えたら、思いとどまるはずだよ。」と。
彼は続けて言いました、「しかし、アニタの弟が俺の顔を見て畏敬の念や親しみを感じてくれなかったら、俺はリサの弟と一緒に撃ち殺されて地面に横たわることなってしまうでしょう。犯罪遮断プログラムで最も重要なのは、畏敬の念や親しみを持って貰うことです。それこそがこのプログラムが機能している肝だからです。警察当局のように権威があるわけではないのですから、コミュニティで信頼関係を構築することが重要なのです。」と。彼が言いたかったのは、自分の行動は警察とは全く関係ないものであり、ただただ誰にも犯罪に手を染めて欲しくない一心であるということです。