アメリカ 各都市で警察当局以外が実施している犯罪遮断プログラムとは?効果ある?何で警察以外がでしゃばるの?

4.セーフ・ストリートとは全く対照的なロカの取り組み手法

 その年、犯罪遮断プログラムでそれまでのものとは異質のモデルが出現していました。マサチューセッツ州のロカ(Roca)という組織が新たな犯罪遮断プログラムを実践していました。その組織は、チェルシー(Chelsea)、リン(Lynn)、スプリングフィールド(Springfield)といった犯罪の少なくない地区で、犯罪に手を染めるリスクの高い若者たちのために長年にわたって活動していました。救うべき若者たちの感情をコントロールするために、行動理論に基づいた手法を用いるという新しいアプローチを試みていました。

 新たなアプローチは、最新の神経科学的な知見に基づくものでした。ます、トラウマや過酷な状況を経験すると、人はどうなるかということを理解しなければなりません。サバイバルモード(survival mode:生き残るといった目的で物事と向き合うこと)になります。つまり下脳(bottom brain:後頭葉と側頭葉から成り、主に外界の情報を分類・解釈する)のみを使うような状況になります。ロカでは、プログラムに参加してもらう若者が職業訓練やその他の支援を受ける前に、基本的な感情の自己制御術を身につける必要があると考えました。ロカの創設者であるモリー・ボールドウィン(Molly Baldwin)は言いました、「人の行動を変えるためは、安全だと感じられるようにし、自分の感情をコントロールできるようにし、心に負った傷を癒すことが必要です。」と。キュア・バイオレンスのプログラムでは紛争が起きそうな際に介入して防止していたわけですが、ロカではそもそも若者たちが紛争に巻き込まれる可能性を低くすることを目指していたわけです。

 シカゴでは、エディ・ボカネグラ(Eddie Bocanegra)の指導のもと、この手法が広まりました。ボカネグラは、コリー・ウィンフィールドと同じく、殺人事件を起こしたことがあります。1994年、彼はまだ18歳でしたが、所属していたギャングのメンバー2人が射殺されたので復讐のため殺人を犯したのです。15年近く服役し、出所後にキュア・バイオレンスに参画するようになりました。2011年にキュア・バイオレンスに関するドキュメンタリー映画”The Interrupters”(本邦未公開)が作られたのですが、その中に彼も登場していました。彼以外にも何人かの協力者が登場していました。ボカネグラは、あごひげを生やした小柄な男性です。その映画の中で、物腰が柔らかく、賢そうな雰囲気を醸し出していました。映画の中の1シーンで、彼が殺人事件を起こした日を覚えていて、いろいろと思っていることがあると語っていました。彼は言っていました、「ずっと被害者の家族のもとへ行き、本当に申し訳ないと思っていることを伝えたいと思っています。ただ、今はまだ、それをするのは時期尚早のような気がするんです。」と。

 そのドキュメンタリー映画が公開されて間もなく、ボカネグラはキュア・バイオレンスの協力者を辞しました。彼は、事件を起こしそうな者と接触して説得するという手法に限界を感じるようになっていました。彼は私に言いました、「犯罪を犯そうとする意志を持っている者を減らさない限り、銃撃事件の数は減らないような気がしたんです。」と。

 彼はシカゴ大学で社会福祉関連の修士号の取得を目指して学びながら、社会正義の実現を目指す団体であるコミュニティ・リニューアル・ソサエティ(Community Renewal Society)の設立委員の1人となりました。2013年にはシカゴでYMCAの青少年安全・犯罪防止担当の共同責任者に採用されました。400人ほどのティーンエイジャー(その多くはギャングのメンバー)を相手に仕事をしました。彼は、そこでの仕事にそれなりに満足していました。しかしながら、彼は心を痛める事がありました。10代の若者にはかなりの資金が投じられていたのですが、18歳以上の者には全く資金が投じられておらず何の支援も無いことに気づいたからです。

 シカゴの殺人事件発生率は、高水準だった頃に比べると、かなり低い水準でずっと推移していました。アメリカ中の多くの都市がそういう状態でした。2015年には、シカゴ市ではわずか468件しか殺人事件は起こりませんでした。しかし同年末にシカゴ市警がある動画を公開しました。1人の警察官がナイフを持った17歳の少年ラクアン・マクドナルド(Laquan McDonald)に16発の銃弾を撃ち込んでいました。少年は死にました。ファーガソンやボルチモアでも警察当局が過剰な暴力を振るった際と同様に、その動画によって激しい抗議活動が引き起こされました。警察と地域社会との信頼関係は崩壊し、死者が出るような犯罪の件数が急増しました。2016年、シカゴ市の殺人事件は7,604件まで増えました。

 シカゴの市民や企業から、犯罪抑止のための取り組みに7,500万ドルが寄せられました。この資金の大部分は、キュア・バイオレンスとは異なるアプローチをとるレディ・シカゴ(READI Chicago)という新しい取り組みに使われました。レディ(READI)のプログラムでは、数百人が対象となりました。ほとんどが20代の男性でした。ソーシャルワーカーが援助が必要と判断した者や刑務所から出所したばかりの者などでした。平均すると4〜5回の重罪での逮捕歴がありました。また、その80%は暴力の被害者でもありました。このプログラムでは、彼らに12カ月間の職業訓練を受けさせました。もちろん、給料が支払われていました。また、訓練は認知行動学的な知見を生かした方法で行われました。犯罪遮断プログラムの基準からすると、非常に高額なプロジェクトでした。ちなみに、参加者1人当たりの費用は2万5千ドルでした。

 エディ・ボカネグラは、第一級殺人の刑期を終えてから8年後にこのプログラムを率いることになりました。