アメリカ 各都市で警察当局以外が実施している犯罪遮断プログラムとは?効果ある?何で警察以外がでしゃばるの?

7.セーフ・ストリートはもはや時代遅れなのか?

 アトランタ(Atlanta)、シャーロット(Charlotte)、コロンバス(Columbus)、メンフィス(Memphis)、フィラデルフィア(Philadelphia)、セントルイス(St. Louis)、ピオリア(peoria)、ウィンストン-セーラム(Winston-Salem)、ナッシュビル(Nashville)、ウィチタ(Wichita)など、多くの都市が新たな資金の一部を使って、キュア・バイオレンスのモデルに基づいて新たに取り組みを始めたり、チーム数を増やしたり、取り組み地区の拡大を図っています。

 ルイビルでは、5つの新たなキュア・バイオレンスのチームが地域安全課によって立ち上げられました。ルイビルでは、地域安全課が設置されてから10年も経っていませんでした。2012年に3人が殺害される事件が発生した直後に、市長のグレッグ・フィッシャー(Greg Fischer)が地域の治安を高めるために部署を新設していました。それが、地域安全課でした。当初は、コミュニティ・オーガナイザー(community organizer)をしていたアンソニー・スミス(Anthony Smith)が1人で運営していました。今では50人のスタッフを抱えています。他の多くの都市にある地域安全課とは異なって、ルイビルでは犯罪抑止に深い専門性を持つ人物が代々この組織を率いてきました。昨年10月に退任したモニーク・ウィリアムズ(Monique Williams)は公衆衛生学の研究者でしたし、彼女の後任のポール・キャラナン(Paul Callanan)は保護観察官として働いた後、デンバーで組織犯罪撲滅作戦を先頭に立って率いた経験を持っていました。

 同市の職員や地区のリーダーたちと協力し、ルイビルの地域安全課は、連邦政府から受け取る1,500万ドルの資金の活用方法を検討し計画を立てました。計画には、ケースマネージャー(case maneger)を数人採用すること、病院訪問プログラムを2つ立ち上げること、5人編成のキュア・バイオレンス・プログラムの協力者のチームを3つ作ることなどが含まれていました。これとは別に、同市は先述のボストンでデビッド・ケネディ(David Kennedy)が取り組んで成果を上げた”集中的抑止”(focussed deterrence)モデルに基づく取り組みも開始しました。この取り組みでは、キュア・バイオレンスの取り組みとは真逆なのですが、警察官や検察官等も深く関与することが肝要です。

 ルイビルは複数のアプローチを併用したわけです。”集中的抑止”(focussed deterrence)モデルに基づく取り組みと並行して、犯罪を犯しそうな者に接触して思いとどまらせる取り組みも行いました。2つの取り組みを連携させ、長期的な視点で分析を続け改善を続けて犯罪件数を減らそうとしています。セーフ・ストリートプログラムとロカの協力体制が崩れてしまって市の公安局が犯罪防止を主導していたボルティモア市と比較すると、ルイビル市の取り組みは統制が取れていました。市全体で取り組まれていましたし、特定の事件や個人について話し合う会議が隔週で開かれていました。

 ルイビルでは、市全体で危機感が共有されていました。というのは、2020年の殺人事件の件数が前年から約2倍に増えて173件となっていたからです。過去最多でした。キャラナンは、ARPA(アメリカ救済計画法)による連邦政府からの資金を利用するためには期限があるので、急がなくてはならなくてかなり焦ったと言っていました(2024年の末までに使途を決めなければなりませんでした)。また、彼は、早期に犯罪防止策で明確な成果を示さなければならないことも認識していました。そうしなければ、連邦政府からの資金が2026年に尽きる後には市や州から資金を得ることになるわけですが、納税者の理解が得られないからです。キャラナンは私に言いました、「私たちがしたかったのは、キュア・バイオレンスのプログラムを導入すれば3ヶ月で立ち上げられて劇的な成果を得ることができるという期待を、アメリカ中の人に植え付けるということでした。過去のさまざま取り組みを調べればわかることですが、通常、こうしたプログラムを構築するのには長い時間がかかるものです。」と。

 キャラナンが指摘しているのは、犯罪防止でプログラムの協力者が犯罪を犯しそうな者に接触して犯行を思いとどまらせる手法は、1990年代にシカゴでギャングが抗争を繰り広げていた際に考案されたもので、少し時代遅れの感があるということです。当時は、今と違って大規模なギャングが小規模のグループに分裂する前でしたし、ソーシャルメディアが普及する前でしたので、今とはコミュニケーションの方法も全く違っていました。彼は私に言いました、「今日、私たちが犯行を犯しそうな者に接触して犯罪を遮断する手法で成果を挙げようとしているわけですが、さまざまな困難に直面しています。以前は上手くいっていたんですが、取り巻く環境がすっかり変わってしまっていますから。」と。

 そうした困難な状況を乗り切るためには、犯行を思いとどまらせるよう説得する協力者にはどのような人物が相応しいかという点についても再考すべきなのかもしれません。キャラナンが言っていたのですが、おそらく、40代か50代で以前ギャングをしていた経験があるような人物は今では協力者として相応しくないでしょう。20年前であれば、そのような人物はそれなりに敬意を払われたでしょうし、それで協力者としての役目を十分に果たせたでしょう。しかし、今は違います。ソーシャルメディアが発達しましたから、若くして近辺で有名になる者がゴロゴロいます。キャラナンは言いました、「1人の20歳の若僧の方が、40歳のギャングの大立者よりも影響力が強いかもしれません。犯罪遮断プログラムの協力者を選ぶ際に、かつてギャングをしていた人物だからとか、かつて地域コミュニティで大きな影響力を持っていた人物だからということを理由に選ぶことは、昔ならいざしらず、現在ではあまり意味のないことと言わざるを得ません。もはや、そうした人物が協力者として求められる時代ではないのです。」と。

 「もはやギャングの抗争はほとんど発生しておらず、問題とはなっていません。」とセーフ・ストリート・プログラムの元運営管理者の1人は言いました。「銃撃事件は、すぐにカッとなるような者によって衝動的に引き起こされているのです。狂気の沙汰に思えるような犯行が多いのです。」ルイビルのYMCAで、私は、非営利団体”ユースビルド”(YouthBuild)が運営するスモークタウン地区の犯罪遮断プログラムに新たに協力者として雇われたデメトリアス・マクダウェル(Demetrius McDowell)なる人物と会いました。マクダウェルは、現在は不動産業に携わっていますが、その前はヘロインの販売を数年間続けていたそうです。ドラッグの販売で、資産を増やすことができたそうです。現在は、地区の少年や若者を支援する活動に重点を移しています。自分のように罪を犯さないように導いてあげたいそうです。

 43歳という年齢にもかかわらず、マクダウェルは、ネット上で飛び交っている情報にも敏感です。ルイビルに住む若者たちが、ネット上できな臭い非難合戦をしているのを察知したりします。常にソーシャルネットワークをチェックすることを怠りません。彼は、ソーシャルメディア上で見られる挑発の最も一般的な形態の1例を教えてくれました。誰かがライブストリーミングで動画を流し、自分が敵対する人物のテリトリー内にいると匂わせます。すると、敵対する人物は動画を流した者に居場所を明らかにするように要求します。臆病者だから、居場所を教えられないだろうと挑発したりもします。「ソーシャルネットワーク上でどんなやり取りが為されているかをチェックしなければ、街で何が起こっているのを把握することはできません。」とマクダウェルは言ます。「私は、すべての情報をそこから得ています。」と。

 マクダウェルが、ユースビルドが運営するプログラムに協力したのは、たったの2カ月弱でした。彼とプログラムを運営している上層部との間で意見が合わない点があったのです。彼は、YMCAの支援を受けて数名の若者で犯罪遮断プログラムの協力者のチームを編成して、それを率いたいと希望したのですが、上層部はそれを認めてくれませんでした。また、彼は、キュア・バイオレンスの指導者たちや、彼が配属されていた協力者チームの監督者(大卒の新人)にも辟易としていました。というのは、やたらと規定や手順書を遵守するように命令されたからです。「協力者は、地域コミュニティーに溶け込んで多くの人と接触して関与することを求められているんです。」と彼は言いました。「なのに、やたらと学歴だけは高い上層部の連中が口を挟んできて、どうすべきとか、こうすべきとか細かい指示を出してくるんです。最悪なのはチームの監督者の新卒の青二才の方で、研究結果がこうだから、こうするべきだとか、細かいことばかり言いやがる。もっとこうした方が良い感じになるのではとか・・・。高学歴かどうか知らんけど、奴は現場に出た経験が無いもんで、現場のことを何も知っちゃいないんです。過去のデータなんて当てにならないんで、私は経験や勘を重視したかったんですよ。」

 新たに資金が投入されたことを受けて、ルイビルのユースビルドが運営するプログラムでは、定められている基準どおりに教育訓練を実施し、ガイドラインを遵守し、膨大なデータも収集することが期待されるようになっていました。それで、プログラムの協力者の中には、そうした期待が高まって自分たちへの負荷が増えたように感じている者も少なからずいました。彼らは、無能な上層部のせいで自分たちへの要求が増えていると考えていました。また、人と人との有機的な繋がりを構築したいのに、上層部に邪魔されていると考える者もいました。

 ユースビルドのプログラムの責任者であるリン・リッピー(Lynn Rippy)は、「私たちプログラムには、空回りしている人も何人かいました。」と言いました。「そこで、彼らから真摯に話を聞くようにしました。情報の取り込み方に問題を抱えていることが分かりました。また、定められた基準や手順どおりに仕事を進めるという点でも問題がありました。そうしたことが原因で、彼らは空回りしていたんです。そうした不具合が成果が挙がりにくい状況を生み出していたのかもしれません。」。