8.ロカが優勢になりつつある
昨年9月、エディ・ボカネグラはボルチモアにやってきて、彼が監督している司法省の資金の中から、1億ドルが同市に分配されると発表しました。彼はその発表を、同市の市役所でもなくセーフ・ストリートでもなく、ロカのオフィスで行いました。というのは、その分配金200万ドルはロカが受け取る形だったからです。アメリカ全体で助成先は50ほどあったのですが、その中に、ロカのような犯罪遮断プログラムは僅かしかありませんでした。
その1ヶ月後に、ボカネグラは再び同市を訪れました。シティーズ・ユナイテッド(Cities United)の年次総会が同市で開催されたからです。その団体は、前フィラデルフィア市長マイケル・ナッター(Michael Nutter)や前ニューオリンズ市長ミッチ・ランドリュー(Mitch Landrieu)らによって設立されたもので、現在、ルイビルの公安局の初代局長であったアンソニー・スミス(Anthony Smith)が会長をしています。全米で犯罪抑止に取り組む団体等が加盟していました。2日間のイベントには全米から数百人が参加し、直近で連邦政府から膨大な資金援助があったことから、どの団体もそれなりに潤っていたからでしょうか、総会は活気がありました。
クレディブル・メッセンジャー(credible messenger:以前投獄されていたが、自らの経験を生かして犯罪抑止に協力する者)を活用するアプローチには問題があります。それは、犯罪遮断プログラムの協力者に多大な精神的および肉体的にストレスが掛かるということです。そうした状況に対処するため、ボルチモア等の都市では、ARPA(アメリカ救済計画法)関連でもらえる資金を当て込んで、協力者へのカウンセリングを充実させることにしました。ボルチモアの公安局局長のシャンテイ・ジャクソン(Shantay Jackson)は、「協力者の多くは、心の中に何らかの悩みを抱えています。元々、犯罪者だったり荒んだ生活をしていた者も多いわけですから。その上、現場に犯罪を防止するために放り出されて何の支援もないと感じたら、精神的な負担は決して小さくありません。彼らには必要な支援が全く不足しているのです。」と。
しかし、ボカネグラは、各市の市長や幹部による非公開の会合があったのですが、そこで注目すべき発言をしました。彼は言いました、「犯罪遮断プログラムはいろいろとあるわけですが、まだ発展途上にあると言えます。1990年代から2000年代初頭にかけて確立された2つか3つのモデルが今でも使い続けられています。犯罪の形態は大きく変わっていますし、社会情勢も大きく変わっています。以前はソーシャルメディアなど存在していませんでした。ギャングも進化しています。素晴らしい結果を残している犯罪遮断プログラムが散見され、その成果を目にすることも多いのですが、必要な資金が不足するため成果の挙がっていないプログラムも少なくありません。もし、この総会がフォーチュン500(全米上位500社が総収入に基づいてランキングされている)に名を連ねている企業の株主総会であったら、私たちは資金配分がおかしいとして厳しく指弾されるでしょう。」と。各地の犯罪遮断プログラムには、結果を出すことが求められているのに、必要な資金が投じられていないという状況が続いています。これは、不条理です。数十年にわたって、各地の警察当局は、驚くほど多くの資金を受け取ってきたのですが、多くの都市で犯罪件数は高止まりしたままです。ボルチモア市警に一時期務めた経験のあるカリフォルニア大学デイビス校助教授シャニ・バグス(Shani Buggs:公衆衛生学が専門)は言いました、「とにかく犯罪件数を減らせというプレッシャーが強いのです。」と。彼女が私に主張したのは、地域の犯罪を防止する取り組みは、本来、市が責任を持ってやるべきことであり、間違いなく警察当局が主体となってやるべきであるということです。警察当局が犯罪件数を減らさないと非難を浴びることがあります。しかし、だからと言って警察を廃止してしまえという議論にはなりません。そのため、非効率でも膨大な資金が注ぎ込まれつづけているのかもしれません。
ボカネグラが強調したかったのは、各地の犯罪遮断プログラムでは、現場で働くプログラムの協力者の教育訓練が十分に行われていないということです。現場の協力者たちは業務を遂行する上でさまざまな困難に直面していますが、それなのに十分なサポートも受けられない状況ですし、現場で対処するスキルを向上させるような訓練は何も受けていないのです。「私たちは、才能ある多くの協力者に対して何の投資もせず、何の教育もしてこなかったのです。彼らの持っている可能性を見落としてきたのです。」と、彼は言いました。「現場で協力者が能力を発揮できる状態にできていないのです。」