トランプがもたらす不確実性(uncertainty)でアメリカ経済は死ぬ!かも?かな?どうかな?

The Financial Page

Will Trumpian Uncertainty Knock the Economy Into a Recession?
トランプがもたらす不確実性がアメリカ経済を景気後退に陥れる?

There is only so much policy chaos that households, businesses, and financial markets can take.
家計、企業、金融市場が耐えられる政策の混乱には限界がある。

By John Cassidy March 10, 2025

 経済学者が長い間認識してきたのは、将来の見通しが不透明な場合、消費者や企業が大きな支出を延期する傾向があるということである。ジョン・メイナード・ケインズ( John Maynard Keynes )は、1936 年に出版した有名な経済学書「雇用・利子および貨幣の一般理論( The General Theory of Employment, Interest, and Money )」で、「消費性向が極度の不確実性の高まりによって急激に影響を受ける可能性がある異常な状況」に言及している。1980 年に書いた研究論文でスタンフォード大学の駆け出しの経済学者であったベン・バーナンキ( Ben Bernanke )元 FRB 議長は、企業が行う新しい工場の建設や新しい機械の購入など、費用がかかる重大な資本投資に焦点を当てている。彼が指摘したのは、不確実性の高まりにより、企業は状況が明確になるまでこれらのプロジェクトを保留にする可能性があるということである。多くの企業が同じ状況に陥った場合、全体的な資本的支出、つまり capex を減らすので、「生産低下によって景気が冷え込む」可能性が高まる。

 それは直感的にはもっともらしく聞こえる。しかし、そもそも不確実性はどうすれば測れるのか?現在スタンフォード大学で教鞭をとるイギリス人経済学者ニック・ブルーム( Nick Bloom )は、この疑問に答えるために 30 年近くを費やした。ブルームは 2001 年に完成させた博士論文で、不確実性の尺度として、株式市場のボラティリティを示す指標として使われている VIX 指数を用いた。株価が乱高下すると VIX 指数は上昇し、株価が安定していると VIX 指数は下降する。過去のデータを分析し、ブルームは VIX 指数の急激な上昇が、JFK( John F. Kennedy )暗殺や第一次湾岸戦争の開戦など、大きな政治的出来事と相関していることを発見した。しかし、ブルームはウォール街がメインストリートではないことをよく知っている。彼が願ったのは、大衆のセンチメントをとらえ、政策環境も反映する不確実性の指標を考案することである。

 ブルームは、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院( the Kellogg School of Management, at Northwestern )のスコット・R・ベイカー( Scott R. Baker )とシカゴ大学ブース経営大学院のスティーブン・J・デイビス( Steven J. Davis )の 2 人の経済学者と共同で、そのような指標を考案した。国内の主要 10 紙のオンラインアーカイブにアクセスして、3 人はニュース記事の中で「不確実性( uncertainty )」や「経済( economy )」などの単語が「財政赤字( deficit )」、「連邦準備制度理事会( Federal Reserve )」、「ホワイトハウス( White House )」などの政治関連用語と一緒に使用されている頻度を数えた。政治に関する不確実性が高まっていれば、新聞記事にそれが反映されるはずであるという考察に基づいている。彼らは 1985 年までさかのぼるデータを分析した。結果として得られた一連のデータを経済政策不確実性( the Economic Policy Uncertainty:略号 EPU )インデックスと名付けた。統計的手法を駆使して、指数の大幅な上昇は経済悪化の前兆であることを証明した。さらに遡って調査を行った。1 世紀以上前の新聞 6 紙のアーカイブを精査した。概ね同じパターンが見られることを発見した。

 「不確実性が景気を減速させるという証拠が無数に存在している。不確実性は企業の投資見合わせを助長し、消費者の購買意欲を萎えさせる」とブルームはトランプ政権がもたらす不確実性について電話で私と議論した際に語った。先週のことである。この数週間で、EPU 指数は新型コロナパンデミック初期(アメリカ経済が著しく停滞した)を上回るレベルまで上昇した。現在、EPU 指数は 9/11 テロ直後や銀行システムが崩壊寸前だった 2008 年 10 月の金融危機時、2011 年の債務上限問題が膠着状態に陥った時よりも高い。

 おそらく、これは驚くべきことではない。大統領就任以来、トランプは関税に関して朝令暮改を繰り返している。私がブルームと電話で話をした日に、ホワイトハウスはメキシコとカナダからの輸入品全品に対して 25% の関税を課すとしていたが、自動車メーカーに対しては 1 カ月猶予すると発表した。その翌日にはさらなる譲歩を発表した。2020 年に締結した米国・メキシコ・カナダ協定( U.S-Mexico-Canada Agreement )の下で取引されるすべての商品が除外された。しかし、カナダの石油・ガス輸出に対する 10% の関税を含め、その他の関税は依然として適用されたままである。トランプの側近連中は 4 月 2 日に新たな「相互関税( reciprocal tariffs )」の発表を画策している。ウォール・ストリート・ジャーナル( the Wall Street Journal  )紙の社説は皮肉たっぷりだった。「ようこそ、スリル満点のトランプ劇場へ。ワクワクが止まらない、さあ、次は何が飛び出すかな?」。

 ここ数週ほど金融市場が不安定な状況を呈したが、既に不確実性が根を下ろしてアメリカ経済に打撃を与えているとの懸念が高まっている。全米産業審議会( the Conference Board )が発表した 2 月の消費者信頼感指数は大幅に低下した。企業支出がどのような影響を受けているかについては、まだ確固たる証拠は出ていない。しかし、ウォール街では「恐怖の R ワード( R word )が飛び交い始めている」とブルームバーグ( Bloomberg )誌は報じている。(訳者注:ウォール街では「 recession = 景気後退」は忌むべき言葉なので「 R ワード」と言い換える者が多い)

 最近の EPU 指数の急上昇をどう解釈するかブルームに問うと、「景気後退の可能性は確実に高まっている」と答えた。彼の見解はバーナンキと全く同じようである。「もし、すべての企業が投資を停止し、研究開発を後退させれば、すぐに不況に陥るだろう」。ブルームは、最も悪影響を受けるのは、エネルギー( energy )、公益事業( utilities )、製造業( manufacturing )のような資本集約型( capital-intensive )産業である可能性があると付け加える。「新しい工場や発電所を建設する場合、これらの投資の寿命は 25 年である」とブルームは言う。「現在、状況が急激に変化している。唐突に関税が発動され、それが次の日には撤廃される。誰もが、もう耐えられないと感じている。残念ながら状況が落ち着くまで待つしかない」。

 トランプ関税は、2025 年に向けて着実に成長してきたアメリカ経済に対する唯一のショックではない。ブルームが推測しているのは、消費者信頼感の低下は、イーロン・マスク率いる政府効率化省( DOGE )が実施している連邦職員の大量解雇の規模に関する不確実性と関連しているということである。「個人の間で不確実性を引き起こす典型的な要因の 1 つは失業である」と彼は指摘する。労働省が金曜日( 3 月 7 日)に発表した 2 月の雇用統計によると、雇用者数の伸びは 15 万 1,000 人増であった。堅調な数字である。しかし、その基礎となった雇用主調査は 2 月 12 日の週に実施された。DOGE の大量解雇と関税導入は、それ以降の出来事で、その悪影響は織り込まれていない。

 3 月の雇用情勢調査は今週実施されるが、結果は 4 月 4 日の発表までわからない。それまで、多くのエコノミストが小売売上高( retail sales )や耐久財受注( orders for durable goods )に関する報告など、他の経済指標を注意深く監視する。不確実性の高まりが支出の減少に反映されているか否かを見極めようとする。「最大の下振れリスクは、政策の不確実性によって経済が急激に悪化することである。消費者が自動車の購入やレストランでの食事やバカンス旅行を思い止まり、企業が雇用や設備投資を止める可能性がある」と、大手プライベートエクイティファンドで資産運用会社アポロ( Apollo )のチーフエコノミスト、トルステン・スロック( Torsten Slok )は先週書いている。

 ブルームは、現在の状況を「まったく前例のない( totally unprecedented )」状況と表現する。トランプのお気に入りの大統領であるウィリアム・マッキンリー( William McKinley )が 1901 年に射殺された事件まで遡るが、ブルームが追跡した不確実性の急上昇はすべて、金融危機( financial crisis )、政治家暗殺( political assassination )、暴動発生( outbreak of violence )など「悪いニュース( bad news )」を伴う出来事と関連している。しかし、今年に入って明らかになったわけだが、ビジネス界の多くの人々がトランプの大統領選勝利を前向きなニュースと捉えている。彼らは、規制緩和や法人税減税の延長など、企業に有利な政策が導入されると期待している。ウォール街では、ケインズが用いた用語「アニマル・スピリット( animal spirits:企業家の野心的な意欲)」の復活が話題になった。トランプによる混乱が 7 週間続いたことで、消費者と企業のセンチメントは悪化したようである。「トランプの経済政策には正と負の両面がある」とブルームは述べる。「ほとんどの企業はトランプ政権がアメリカ経済にとって良いと考えているようである。しかし、この途方もない不確実性は受け入れがたいと考えている」。

 理論上、大統領は行動方針を決定しそれを貫くことで、こうした懸念の一部を払拭することができる。これまでのところ、彼は日々、論争を巻き起こし、不確実性を生み出しているだけである。毎日のようにニュースで取り上げられることを楽しんでいるようである。「多くの政治家は安定していると見られることを望むが、トランプはその逆を望んでいる」とブルームは指摘する。彼の支持者の一部にとって、彼の予測不可能性は魅力となっている。しかし、家計、企業、金融市場が耐えられる混乱と不確実性には限界がある。1 月 20 日以降、トランプはそれを限界近くまで高めている。

 「私たちが理解しようとしているのは、ショックの大きさである」とスロックは語る。「関税と DOGE によるレイオフの影響はどれくらいか。それがわかれば、シミュレーションを実行してアメリカ経済に何が起こるかを予測することができる。しかし、不明なのはショックの大きさだけではない。期間も不明である。どれくらい続くかわからない。この情報がなければ、将来を予測するのは非常に困難である」。そして、ケインズとバーナンキが指摘したように、将来を見通せなければ資本主義経済が適切に機能することはない。♦

以上