7.刑務所に入っている人を蔑ろにして良いわけではない。
私がアームストロングと最後に会った時、彼女はそのような複雑な状況を認識していました。しかし、彼女は非常にオープンな人で、刑務所廃止論支持派や他の主張をする者の声も無視するべきではないと言っていました。彼女は言いました、「刑務所内の状況を改善しようと思うなら、刑務所廃止論者とも話をすべきです。矯正をどうするか等議論すべきです。私自身は刑務所の廃止は現実的な目標ではないと思っています。現在も収監されている人がいて、日々苦しんでいるわけですから、その人たちの声も聞く必要があります。」と。
刑務所内の状況を本当に改善する際に障害となっているのは、刑務施設のほとんどが説明責任を放棄しているということです。ですから、刑務施設内で何が起こっているのか外からでは全く分かりません。アームストロングは各刑務施設が施設内の出来事の可視化に取組んでいるか監視していきたいと考えています。ルイジアナ州にある刑務施設のいくつかは、オーリンズ司法センターもそうですが、アームストロングや学生に訪問調査することを許可しており、刑務所内の可視化をする必要があると認識しているようです。しかし、残りの刑務施設の幹部は全く可視化しようとは考えていないようです。ルイジアナ州の刑務施設の29%は、アームストロングと学生が申請した公的記録開示要求を拒否し続けています。現在、彼女はそれについて訴えを起こすべく検討をしています。
アームストロングはさまざまな困難に直面していますが、公開したデータベースが他の州の研究者の励みとなり、同様のプロジェクトを立ち上げて欲しいと願っています。彼女は言いました、「ルイジアナ州でロースクールの学生が主となってこのデータベースを作れたのですから、アーカンソー州でもミシシッピ州でも作れるはずです。他の州でもどんどん作って欲しいと思います。」と。そのようなデータベースが有れば、どこでも非常に有用です。南部人権センターという団体の弁護士であるサラ・ゲラティは、キャリアの大部分を刑務所内で亡くなった人の調査に費やしてきました。彼女は、ここ数年で調査がしにくくなっていると言いました。彼女が住んでいるジョージア州では、刑務施設の幹部が文書の開示基準を厳しくしているからです。彼女は言いました、「以前は、刑務施設内で暴行や殺人が発生したら、その報告書を請求すると入手出来ました。また、看守に話を聞いたり、目撃者に話を聞いたりすることも可能で、事後の詳細報告書の入手可能でした。最近では、報告書を入手しても至るところが塗りつぶされていて詳細を把握するのは不可能です」と。ジョージア州矯正局局長は、調査報告書は州の規定する機密文書に該当し、塗りつぶしは適法であると主張しています。私と話した後、ゲラティは様々な資料を送ってくれるようになりました。南部人権センターが入手した資料で、慢性的に看守の人数が不足しているジョージア州刑務所(レイズヴィルにある)の受刑者から入手したようでした。 そこでは、過去数年間に数十人の死者が出ていました。また、別の機会に送ってきた資料では、双極性障害を患っている受刑者が、何カ月も精神科医に診てもらうこともなく、外気を吸う機会さえも与えられていませんでした。また別の資料では、男性受刑者が2時間もシャワーを掛け続けられました。水温はシャワー室の外で何人かの看守が交代で調整していましたが、熱めに保たれていて受刑者は火傷を負いました。その刑務施設では、ゲラティによれば、2019年以降少なくとも自殺が12件あり、殺人は5件ありました。
それらの死が報じられることはほとんどありませんでした。州管轄の刑務所での人権侵害を暴露する団体”Texas Jail Project(テキサス刑務所プロジェクト)”の創設者であり事務局長であるクリシュナヴェニ・グンドゥは、刑務所内の死が報じられないことにも驚いていません。彼女から聞いたのですが、2009年から今年の5月までの間に、彼女の団体が監視している施設(1箇所)では143人が死亡していました。それはハリス郡刑務所で、拘留中の人々の80%以上が裁判を待っている拘留者でした。ジョージ・フロイドの一周忌にあたる5月25日に私は彼女と話をしました。グンドゥは今日はとても辛い日だと言いました。というのは、フロイドが殺されたという記憶が呼び戻されるからでした。また、もう一つ辛い理由があって、それは、刑務所内で多くの者が亡くなっているのに、一人も彼らを偲ぶ人がいないということです。私はズームで彼女と話していましたが、途中でグンドゥの携帯電話が鳴りました。発信者はラロンダ・ビグルズでした。彼女の23歳の息子ジャカリーは数人の看守によって殴り殺されていました。それは2月のことで、場所はハリス郡刑務所でした(ジャカリーの死因は脳出血と鈍器による外傷でした。激しく殴られていたので、彼の歯に被せてあった金属製の歯冠が吹き飛んでいました。その歯冠は後に他の受刑者が発見しました)。ブラック・ライブズ・マター運動に触発されたビグルスも仲間と抗議活動を行いました。しかし、その抗議活動に加わるものはほとんどいませんでした。グンドゥは言いました、「その後、彼女は私に電話をかけてきました、とても落ち込んでいました。彼女は言っていました、 『ジョージ・フロイドが死んだのは遠いところです。そんな彼のための抗議活動でこの街は封鎖されるほど人が溢れました。私の息子はすぐそこの刑務所で殺されたんです。それなのに私の抗議活動の参加者はたったの10人しか居なかったんです。警官隊は私たちの人数の少なさを見て大笑いしていました。』と。私には慰める言葉もありませんでした。」と。
グンドゥは、抗議活動の盛り上がりに差が出たのは、ビグルズの息子ジャカリーの死は可視化されておらず、認識している人が少ないことに原因があると見なしています。彼女は、”no video, no outrage(ビデオ映像無いところ、抗議活動が盛り上がること無し)”と言いました。最近までニューオーリンズ市警の独立監査員を務めていたスーザン・ハットソンは別の理由を挙げていました。ハットソンは現在、オーリンズ地区の保安官に立候補しています(長年の現職を務めているマーリン・ガスマンに挑戦しています)。警察官に撃たれた死者と拘留中に殺された死者は、似ているように思えます。しかし、決定的な違いがあって、前者では抗議活動が盛り上がることがありますが、後者では抗議活動が盛り上がることはありません。その理由は、刑務所に入れられている受刑者が殺された際には、罪人ゆえ当然の報いを受けただけだと思われてしまうからです。
アームストロングは受刑者に対してそうした冷たい視線が向けられていることをしばしば目にしてきました。つい先日には、母の日に匿名の電子メールを受け取ったのですが、そこには、嘲笑するように、全ての法の執行を止めれば良いのだという提案が記されていました。そうすれば、勝手に黒人同士が殺し合い居なくなるだろうと書かれていました。また、自分は治安の良い白人居住区に住んでいるので、そうなっても全く影響を受けないとも記されていました。電子メールを見てアームストロングは悲しくなりました。というのは、そのメールは人種差別的であるだけでなく、その根底の思想から間違っていると思ったからです。彼女が法曹関係の雑誌に以前記書いた記事によれば、アメリカの成人の7人の内の1人には、身内に少なくとも1年以上服役した者がいるのです。ですので、たとえ本人が刑務所に入っていない場合でも、刑務所の問題は誰にとっても全く関係が無いものではないのです。全ての人の問題なのです。刑務所の問題は、建設するために莫大な税金が使われていることだけではないのです。アームストロングは、別の雑誌の記事で、その点を強調するために元最高裁判所長官であったウォーレン・バーガーの言葉を引用しました。それは、次のようなものでした。「刑務官が裁判所で受刑者を拾って護送車に載せて刑務所に移送する時、それは誰にとっても他人事ではないのです。私たちには彼を矯正する責任があります。好むか好まざるかにかかわらず、犯罪者を矯正し安全な社会を作る責務を負っていない人などいないのです。彼が更生できるか否かは、回りにいる私たち全員に責任あるのです。 ♦
以上