A Hotter Planet Takes Another Toll on Human Health
地球温暖化が人々の健康に新たな打撃を与える
A new hypothesis about heat waves, redlining, and kidney stones.
熱波、レッドライニング、腎結石に関する新しい仮説。
By Bill McKibben January 19, 2023
新年早々、ワシントン・ポスト紙に、ほんの数年前なら読者のほとんどが理解不能もしくは荒唐無稽と感じるような見出しの付いた記事が掲載されました。その見出しは、「たくさんのネパール人労働者が腎結石を患っていることは、地球温暖化による悲惨な未来を暗示している。(The world’s torrid future is etched in the crippled kidneys of Nepali workers)」というものでした。我々は、地球温暖化の危機が迫っているということを深く認識すべきです。ナオミ・クライン(Naomi Klein:カナダのジャーナリスト、作家、活動家)が言っていましたが、気候変動はすべてを変えてしまいます。ゲリー・シー(Gerry Shih)が驚くべき報道をいくつもしているのですが、耐え難いほど痛ましいものばかりです。貧しい祖国で生計を立てるのに苦労しているネパールの多くの若者たちが、灼熱の湾岸諸国(Gulf states)の建設現場に出稼ぎに出ています。彼らの中には十分な水も与えられず、倒れるまで働かされる者もいます(また、海外で働くネパール人の中には、自分自身と家族が必要とするお金を稼ぎだすために、闇市場を通じて臓器を売る人もいることが報告されています)。ゲリー・シーの報道は、ある男性の話で終わっています。その男性は妹のもとに戻ったのですが、妹は兄を救うために自分の腎臓を提供することにしました。しかし、移植手術にかかる費用を捻出するために、兄は建設中の家を売らなければなりませんでした。また、人生の夢であった結婚もあきらめざるを得ませんでした。
ポスト紙が報じているとおり、この物語は気象変動が進んだ先にある未来の悲惨さを暗示しています。地球は着実に暑くなっており、日中に屋外で重労働をするのが不可能なほど気温が高くなった地域が増えています。2022年に行われた1つの研究があるのですが、暑くなりすぎて外で物を作ったり農作業をしたりできないために、年間6,770億時間の労働時間が失われていると推測されています。経済的な損失は年間2兆ドル以上と推測されます。損失を経済的な側面ではなく、他の側面から測ることもできるわけですが、失われる臓器の数や消えてしまう夢の数は計算できないほど多いでしょう。
しかし、そのような研究は未来を予測するだけでなく、過去のことについてもいろいろと詳らかにしました。学術誌”Current Opinion in Nephrology and Hypertension(腎臓と高血圧に関する現在の見解)”に、先日、「仮説:レッドライニングは、アフリカ系やラテンアメリカ系等のマイノリティーの集団の腎結石の発生率の上昇につながった」というタイトルの論文が掲載されていました。私がその論文を読んだ理由はたった1つで、共同執筆者の中にデイビッド・ゴールドファーブ(David Goldfarb)の名前があったことでした。彼は私の古くからの友人で、ニューヨークのVA病院で人工透析室の責任者をしていて、ニューヨーク大学医学部で教鞭もとっています。彼がその論文を私に送ってくれたのです。正直、私はその論文を読んで、かなり驚かされました(訳者注:レッドライニングとは、アメリカ合衆国において主に認識されている金融論の概念の1つであり、金融機関が低所得階層の黒人が居住する地域を、融資リスクが高いとして赤線で囲み、融資対象から除外するなどして差別したとされる問題。赤線引きとも言う)。
腎結石症(Nephrolithiasis)とは、腎結石の発生を意味する専門用語です。腎臓に小さな石ができ、それが尿道を通過する際に耐え難い痛みが引き起こされます。幸いにも私はその痛みを経験したことがないわけですが、私の友人の何人かは経験しています。彼らは、自分の妻も出産時に同様の苦痛を味わったことを思い知り、頭が下がる思いをしたと口にしていました。医学的に証明されているのですが、気温が高いと汗を多くかきます。それで尿量が減ります。結果として、不溶性塩類の飽和状態が高まって、それが腎結石の原因となります。アメリカで熱波が発生すると、腎結石で救急病院を訪れる人が急増し始めるまで、わずか3日しかかかりません。
原因は全く分からないのですが、腎結石は伝統的に白人に多いとされてきました。しかし、近年、アメリカではアフリカ系でも多くなっており、ラテンアメリカ系でも多くなっています。前述の論文の中では、その原因を詳らかにするために、過去の事例を分析していました。特に1930年代のことを中心に調べていました。当時、連邦政府機関の住宅所有者資金貸付会社(Home Owners’ Loan Corporation(略号HOLC):価値が下落した都市不動産に対するローンを借り換えるために設立された)が、アメリカ中の居住地域の格付を実施しました。その結果、一部の居住地域が投資対象として「危険(hazardous)」とされました。そうなった主たる理由は、それらの居住地域にはアフリカ系やラテンアメリカ系が多く住んでいるということでした。これが、俗にいうレッドライニング(redlining:赤線引き)です。金融機関等がアフリカ系等の低所得階層の居住地域を、融資リスクが高いとして赤線で囲み、融資対象から除外するなどして差別したのです。1960年代の公民権運動の高まりの中で、この問題の是正を図るために多くの立法措置がとられました。この格付制度には、A(最良:best)、B(良:still desirable)、C(低:declining)、D(危険:hazardous)の4種類がありました。この格付によって、格付の低い居住地域では慢性的に投資資金の流入が不足することとなりました。その結果、公園、緑地帯、街路樹、住宅の空調設備など、あらゆるものが時間の経過とともに貧相になっていきました。
例の論文によれば、オレゴン州ポートランドでは、1930年代に格付がAであった居住地域の現在の平均気温は同市全体のそれより8度(華氏)低くなっています。一方、格付がDであった居住地域は4.8度(華氏)高くなっています。実際、それは温度計を使わなくても認識できます。13度も差があるわけですから、街を歩けば誰でもその差を感じることができます。このような居住地域間の腎結石の発生率を詳細に調べた研究をした人は過去にはいなかったのですが、現在は例の論文の筆者たちが調査をしているようです。さて、実は気管支喘息も腎結石と同様に暑さに左右される疾病です。これらの調査も為されているのですが、例の格付が低くなった居住地記では救急外来を訪れる率が2.4倍も高いことが分かっています。
環境ジャーナリストをしているゴールドファーブの息子のベンが、今年、道路が環境に及ぼす影響について記した著書を出版する予定です。そこには、HOLCの格付によってさまざまな健康被害が生み出されたことが詳述されています。シラキュース、マイアミ、ミネアポリスなどの都市では、最低の格付をされた居住地域の大部分は、住民のほとんどがアフリカ系だったわけですが、州間高速道路を建設するためにブルドーザーで整地されました。ベンの本に記されているのですが、白人以外の住民の多くが、州間高速道路の建設に絡んで立ち退かされたのに、その近くに住んでいて、結果として、苦しまなければならないのです。大気汚染が喘息やガンの原因となり、騒音が心臓病や脳卒中のリスクを高めています。そして、州間高速道路がもたらす物理的な分断が、地域経済を破壊しています。数十年前に為された破壊的な政策決定が、今でも多くの人の健康を蝕み地域社会を破壊し続けていることを見るのは心が痛みます。
地球環境が破壊されると、どこかで誰かが何らかの代償を払うこととなります。これは避けようのない事実です。前述の論文の共同執筆者たちは、アメリカでは、環境破壊の影響で、アメリカ全体で見ると年間10億ドルの余分なコストが発生すると予測しています。しかし、過去の歴史を見れば明らかですが、そうした影響は万人に等しく降りかかるわけではありません。一部の人たちが他の人たちよりもはるかに大きな打撃を被ることとなります。現在において正義を貫こうと思ったら、過去を真摯に受け止め、現在の状況に至った経緯を理解し、未来に対処する際に最も恵まれない人たちを優先しなければならないことを理解しなければなりません。しかし、この国では、過去の誤った政策の責任を取らなければならないと考える者は誰もいません。また、当時の政策が誤っていなかったと考える者も少なからずいます。
2022年4月、フロリダ州のロン・デサンティス(Ron DeSantis)知事は、Individual Freedom Act(個人自由法)、別名 Stop the Wrongs to Our Kids and Employees Act (子供と従業員への不正を阻止する法律)に署名しました。一般的には、Stop WOKE Act(ストップ・ウォーク・アクト法)の通称で知られているこの法律は、企業、従業員、子供たち、そして家族が、WOKE の洗脳に対抗する手段を提供することを目的とするものです(訳者注:WOKE とは、社会的不公正、人種差別、性差別、環境問題などといった社会問題に対する意識を高めること、それらに「目覚める」ことを指します)。デサンティスは、この法案の成立に際して、「フロリダ州は、批判的人種理論(critical race theory)という国家公認の人種差別に立ち向かう」と述べました。批判的人種理論とは1970年代に法学の分野で提起されたもので、貧困や格差の根底に人種差別があるとの視点から現行の社会制度を批判する立場を指します。また、彼は、「フロリダの税金が、子供たちに国を憎むことやお互いを憎むことを教えるために使われることは許さない」とも述べていました。この法律には、「人は、その人種、肌の色、性別、出身国によって、過去に同じ人種、肌の色、出身国、性別の人が行った、その人が関与していない行為に対して個人的責任を負い、罪悪感、苦悩、その他の精神的苦痛を感じなければならない」ということを学校で教えることを禁じています。そのため、差し止めを求める仮処分申請がなされています。しかし、たとえ学校の教師を黙らせることができたとしても、法律で歴史上の事実を消し去ることはできないのです。真夏の暑い日に、フロリダ州ジャクソンビル(デサンティスが生まれた)では、例の格付でAを取得した居住地域の気温は平均より5.5度低くなっています。一方、格付がDとなった居住地域のそれは平均より4.4度高いのです。♦
以上
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