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国際冷凍協会(International Institute of Refrigeration )の試算によれば、世界全体で毎年16億トンの食料が廃棄されています。それは、年間9億5千万人を養える量です。その内の30%は適切な冷凍冷蔵設備があれば廃棄せずに済むそうです。ルワンダのように、世界保健機関(WHO)が定める「最低食事水準( minimum acceptable diet)」を摂取できている乳幼児が5人に1人もいない国では、そうして大量の食料が廃棄されることは生死に関わる問題です。ルワンダは世界最貧国の1つで、国民一人当たりの収入は現在1日2.28ドルで、5歳未満の子どもの3分の1以上が栄養失調で発育不良に陥っています。食料を媒介とする疫病の発生率に、冷蔵設備が整っていないことによる細菌の増殖がどの程度影響しているかを正確に計算することは不可能です。しかし、最新のデータによると、下痢だけでもルワンダのGDPを2.5〜5%押し下げていると推定されています。しかし、ポール・カガメ(Paul Kagame)大統領は、2050年までにルワンダを高所得国にすると公約しています。しかし、その目標を達成するためには、冷蔵冷凍設備の普及が不可欠であることが分かってきました。
2018年にルワンダはサブサハラアフリカで初となる「国家冷却戦略(National Cooling Strategy)」を発表しました。2020年には、コールドチェーン開発拠点「Africa Centre of Excellence for Sustainable Cooling and Cold Chain(略号:ACES)を立ち上げる計画をスタートさせました。ACESは、ルワンダ政府と英国政府と国連環境計画(United Nations Environment Programm)の協力のもと、アフリカ内外の冷凍冷蔵技術の専門知識を活用するよう設計されています。ACESはキガリにあり、いくつかの英国の大学も参画しています。また、ルワンダ大学も参画しています。ACESのミッションは多岐にわたっています。研究、トレーニング、教育、新規事業創造、冷却システムの設計と認証などが含まれています。来年早々の竣工予定ですが、ルワンダ初の食品保存研究室や最新の冷凍技術のデモンストレーション会場がACESの敷地内に設けられる予定です。
国際開発に携わる者の間で、ルワンダはビジネスを行うのに適した場所と考えられています。というのは、ルワンダはほとんど汚職が蔓延っていないからです。カガメ大統領は独裁者でありながら、公共部門の規律を徹底させています。政府の政策実行能力を高め、透明性も増しています。また、ルワンダの国のサイズが大き過ぎないことも有利だと見られています。バーモント州と大差ない面積です。そこで最初に実験をして、成功すればサブサハラアフリカ全体に展開することができると考えられるので、理想的な試験場とされています。ACESでは、キガリを中心にしてアフリカ大陸全域に関連施設を広げる計画があります。また、インド南部のテランガナ州にもACESと同様の施設が建設される予定です。
キガリで私は、バーミンガム大学のトビー・ピーターズ教授に会いました。彼は、低温技術を経済的な側面から研究しています。過去3年間、ACESのスタートにほぼ専念していました。私がルワンダに来て牛乳や魚や肉や野菜があちこちで暖かくなっていくのを目にしたことを伝えると、彼はその問題を体系的に説明してくれました。彼は言いました、「ルワンダにはコールドチェーンが無いんです。全く存在していないんです。」と。
先進国各国では、家庭用冷蔵庫がコールドチェーンの最終目的地です。コールドチェーンとは、食料品を農場から食卓まで途切れることなく低温に保つ物流方式のことです。コールドチェーンは、普段あまり誰も認識していないのですが、食料品物流の根幹です。そこでは、機械の手によって冬の様な寒さが永遠に維持されています。食料品の物流に、人工的な冷蔵技術が最初に導入されたのはアメリカで、19世紀後半のことでした。しかし、「コールドチェーン」という言葉が使われるようになったのは、1940年代後半以降のことです。当時、戦争でヨーロッパ大陸はずたずたにダメージを負っていたのですが、官僚たちが復興をする際にアメリカの食料品物流を研究し、模倣しました。その際に、その言葉が使われるようになりました。
今日、米国では、例えばウィスコンシン州で栽培されたインゲン豆は、食卓に届くまでに華氏45度(摂氏7度)以上の温度帯に2時間以上置かれることはありません。インゲン豆は収穫されるとすぐに、倉庫のようなところに運ばれて持っている熱を取り除かれます。ハイドロクーラー(hydrocooler)という冷水の水路を通過するか、強制空冷式冷却機に入れられます。強制空冷式冷却機では、巨大なファンが冷えた空気をパレットに積まれている豆に押し当てます。この工程でインゲン豆を予冷(pre-cool)し、華氏80度(摂氏27度)以上あった豆の内部温度をわずか2〜3時間で華氏40度(摂氏4度)台まで下げます。その工程を経た後、インゲン豆は冷蔵設備に丁寧に保管され、冷蔵トラックで運ばれて、スーパーの店頭の冷蔵ケース内に4週間も置かれることになります。その間、しなびることはありません。
コールドチェーンは各工程がきれいに繋がっていないと意味がありません。一カ所でもほころびがあると台無しになってしまいます。私が見たルリンドの冷蔵設備では、適正温度の華氏40度台前半より暖かくなっていました。コールドチェーンの一カ所でも上手く管理できていなければ、コールドチェーンの効果は微々たるものとなってしまいます。華氏40度の倉庫にインゲン豆を保管すると、豆が冷えて華氏40度になるまでに約10時間かかります。予冷(pre-cooling)の際に2時間で済んだのとは大違いです。しかも、ルワンダには強制空冷式冷却機が1台しかありません。それは、キガリの空港近くにある政府の輸出関連施設にあるのですが、ランニングコストがかかりすぎるとの理由で、ほとんど使用されていません。
インゲン豆の場合、2時間で冷やすのと10時間で冷やすのでは、絶対的な差が出てしまいます。野菜や果物は、収穫した後も新陳代謝をしながら生きています。収穫のために枝から切り離されたインゲン豆は、枝から養分を送り込まれなくなるので、自らの中に蓄えていた養分を消費し始めます。温度が高ければ高いほど、その消費するスピードは速くなります。収穫後数時間以内に冷やされなかった果物や野菜などの生鮮物は、多糖類、クロロフィル、ビタミンCなどの栄養素の多くを既に消費してしまっています。しなびて黄色く変色し、重量の内の10分の1相当の水分が失われます。そして、そうした弱った状態となると、腐敗や病気の原因となる微生物が繁殖してしまう可能性が高くなります。
「細胞の完全性が損なわれ始めて、細胞が壊れ、そして酵素が大量に放出されます。そして、組織が軟化すると同時に、今度はバクテリアや真菌類が大々的に活動を始めます。」と、ACESの共同設計者の一人であるナタリア・ファラガン(Natalia Falagan)は言いました。私は、ファラガンとイギリスのクランフィールド大学の彼女の研究室で会いました。その研究室内には、腐敗した果物や野菜の乗った棚がたくさん置かれていました。棚にはまるでICUの重篤な患者のベッドのようにセンサーやカメラなどたくさんが付けられていました。モニターもたくさんありました。ファラガンは嘆くようにつぶやきました、「農家の人たちは、低温管理された倉庫はそれほど役に立たないと言うんですよ。でも違うんです!そこに入れた果物が腐っているのは、入れる前に問題があったんですよ!」と。
そのような腐敗によって、生鮮物の見た目は悪くなり、栄養面も損なわれます。それは、せっかく農家が収穫した農産物の販売価格を下げます。その経済的影響は甚大です。農産物は一般的には重量で取引されるため、水分が減少すると収入減に直結します。また、品質が一定レベル以下になると、野菜は輸出用ではなく、産地付近で販売しなければならなくなり、1ポンドあたり約10セントも価格が下がってしまいます。低温管理されていないミルクやフレークアイスを使っていない魚は、特に価格の下落が顕著です。ピエール・ビジマナなどが自転車で苦労して集めたミルクの35%は、集荷センターに届くまでに腐敗が進み、品質検査で不合格となり、そのまま廃棄されてしまいます。フレークアイスを使っていない魚が売れずに残ると、その日の内にコンゴ人の商人にただ同然の価格で買いたたかれます。発展途上国で生産される食料の30〜50%は、コールドチェーンが不十分であるか存在しないために、廃棄されています。売れることも無く、食べられることもありません。1日数ドル以下で生活する農民にとって、こうしたロスの影響は甚大です。サブサハラアフリカ全体のロス額は、毎年数千億ドルに上ると推定されています。