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現在、ACESのキャンパスには、いっぱい藤色の花が咲いているジャカランダの木を中心とした芝生の周りに、レンガ造りの平屋建ての建物が数棟建っています。そこで、将来の冷却機器の技術者を養成する教育が行われています。有資格の技術者は非常に不足しています。ですので、私がルシジで見たフレークアイス製造機が故障した際には、その修理のためにウガンダから整備士を呼び寄せなければなりませんでした。12 エーカーある敷地の北端には、いくつかのコテージがあります。その一部を、地元の新興企業と国際的な大企業の両方が冷凍関連の事業所として使っています。また、一部は、女子学生を技術者や起業家として育成するために、学生寮や託児所として使われています。西側には、ACESが今後拡大していくことを見据えて土地が確保されています。農業関連の研究所も作られる予定です。収穫前の処理が収穫後の品質にどのように影響するかという研究や、新しい移動可能な冷却装置のテストが行われる予定です。
ルワンダには、食品、アグリビジネス、IT分野等で起業を志す人たちがたくさんいます。アフリカでは、「ユース・バルジ(youth bulge:青年層の人口が相対的に多く、人口ピラミッド上で膨らんで見える現象)」と呼ばれる現象が起こっていて、ルワンダの若者たちは、学校を出ても仕事が無い可能性があること、自分たちで仕事を作り出す覚悟を持つように絶えず警告されています。キガリの街角で、ドナティエン・イランシュビジェ(Donatien Iranshubije)のような人物に出会うことがあります。彼は、パリッとしたボタンダウンシャツを着て、細い金のチェーンを着けていて自信満々の21歳です。イランシュビジェは、近隣の農村の農業協同組合から新鮮な野菜や果物を買い取って、キガリの20数世帯に翌日に配送する会社を共同設立しました。彼が私に言ったのですが、これまでは、バイク便を利用して食料品を素早く運ぶことで、冷蔵設備等を使わなくても品質を維持できているそうです。しかし、事業が拡大すれば、いずれ冷蔵設備への投資も必要になるでしょう。ACESが取り組んでいるのは、ルワンダのようなインフラが不十分な国でのコールドチェーンに対する喫緊のニーズを、持続可能な方法で満たすことです。
コールドチェーンは、二重の意味で厄介な存在です。コールドチェーンが無いと生態系に負担がかかってしまうことがあります。また、コールドチェーンが有っても生態系に大きな負担がかかることがあります。国連食糧農業機関の見積もりによれば、世界の食品廃棄物を1つの国に見立てた場合、その温室効果ガス排出量は中国とアメリカに次いで世界第3位に相当するそうです。一方、冷蔵設備で使われる冷媒と化石燃料によるエネルギーだけで、全世界のCO2排出量の7%以上を占めており、食品ロスよりもわずか1%少ないだけです。ルワンダのような発展途上国が冷却装置を導入しだすことで、その排出量は急速に増加していくでしょう。ACESの共同設立者であるトビー・ピーターズ(Toby Peters)は、先進国が採用しているようなコールドチェーンをすべてに国が導入した場合について予測してみましたのですが、CO2排出量は5倍になるという恐ろしい結論に達しました。このような観点から見ると、ルワンダがエネルギー効率の高いコールドチェーンを開発するのを支援することは、ルワンダにとっても理のあることですし、環境の側面から見ても賢明なことです。
発展途上国について語る時に、アフリカは豊かな国々を一気に「飛び越える(leapfrog)」能力を持っていると言われることがあります。ルワンダでは、電話線が整備されていませんでしたが、携帯電話が一気に普及しました。携帯電話は、アメリカよりも早く日常生活の中心に据えられました。モバイルバンキングや電子決済も同様でした。ルワンダとその近隣諸国で、冷蔵技術についても同様のことが起こる可能性が無いわけではありません。低温設備の普及によって非効率で不衛生な状態が一掃され、それがより持続可能な形で実現されるかもしれません。一気に、先進国よりも先に、持続可能な形のコールドチェーンを構築することが期待されています。
先進国での食品の低温貯蔵方法は持続可能(sustainable)ではありません。その上、ここ数年、スーパーマーケットの棚が空になっている光景が示すように、サプライチェーンはかなり脆弱です。また、発展途上国で問題となっている食品ロスは、先進国でもほぼ同じ割合で発生しています。アメリカでは、コールドチェーンの維持が民間企業によって為されているわけですが、アメリカ国内で流通している食料品の30〜40%がスーパーマーケットやレストランや家庭で廃棄されているのです。今後、発展途上国の多くで、一気に冷蔵冷凍技術が導入されるでしょうが、その際には、単に新しい技術を導入するだけでなく、コールドチェーンを根本から作り直す必要があります。
私は、ACESの研究チームの多くの人と接しました。私が彼らから感じたのは、ルワンダのまだ構築されていないコールドチェーンに対する期待と不安の両面でした。上手くいけば、食糧安全保障と繁栄と持続可能性がもたらされます。しかし、失敗してしまえば、持続可能ではなくなりますし、不平等と飢餓が加速することになるのです。ACESの研究チームのメンバーであるフィリップ・グリーニング(Philip Greening)は私に言いました、「そうした問題は、以前は問題や課題として認識されていないものでした。現状が酷いものであるという認識が為されるのみでした。」と。グリーニングは、最近、ルワンダに関するコンピューターモデルを構築しました。このモデルでは、ルワンダの食糧保存インフラ、輸送インフラなどの整備の規模とスピードや投じる資金等が変数となっています。変数を変えることで、さまざまな予測が可能です。コストも計算され、さまざまな分析や評価も可能です。このモデルを使って、さまざまな緊急かつ重要な問題について予測することができます。超大型低温設備を建築すべき場所はどこなのかとか、どこに作ると稼働率が最も上がるのかといったことです。現在の計画通り、地方にいくつもの食肉処理場が建設されればどうなるでしょうか?私が目にした、生きた鶏が自転車で運ばれて自宅で絞められるような光景は見られなくなるでしょう。鶏は、低温下で運ばれ、保管され、販売されるようになるでしょう。新鮮な農産物を10%多く輸出できるようになったら、どうなるでしょうか?農家の栄養状態が改善し、家計は少しは楽になるのでしょうか?道路網の整備をすることが重要ではないか?それよりも優先的に産地近くの予冷施設に投資した方が良いのだろうか?・・・
このような意思決定を行うためにコンピュータモデリングを活用することは新しいことです。しかし、限界もあります。単純化しているわけですから、何かの影響を見落としている変数もあるでしょう。また、どうしても人間の行動には予測不可能な部分があります。新型コロナのパンデミックの際に、グリーニンとピータースは、ワクチン配送におけるコールドチェーンの重要性を認識しました。バングラデシュ政府と協力して、同国の既存の低温施設を最も有効に活用する方法を模索しました。しかし、バングラデシュの実際の予防接種推進計画は、当初計画とは大きく乖離しました。グリーニングが残念そうに言っていたのですが、結局、課題はワクチンをどのように配送するかということだけではなかったのです。人々に予防接種を受けたいと思わせることができるか否かということも、大きな課題だったのです。
一方、ルワンダでは、同国農業省のアナリストであるアリス・ムカムゲマ(Alice Mukamugema)が指摘したのですが、ルワンダの消費者は冷蔵された食品は採れたてではないので新鮮でないと考えています。20世紀初頭のアメリカ人も全く同じように考えていました。彼女は言いました、「国立農業輸出開発局の低温倉庫で規格外品となって弾かれた食品を小さな市場で売る商人は、しばらく、冷たさを感じさせないようにするためにそれを外に出して太陽の光を当てていました。」と。