The A.I.-Profits Drought and the Lessons of History
AIが利益を生まない状況下で参考になる過去の教訓
Like the steam engine, electricity, and computers, generative artificial intelligence could take longer than expected to transform the economy.
蒸気機関、電気、コンピューターと同様に、生成型人工知能が経済を変革するには予想よりも時間がかかる可能性がある。
By John Cassidy August 25, 2025
1987 年のタイムズ・ブック・レビュー( the Times Book Review )に載った論文で、MIT のノーベル経済学賞受賞者のロバート・ソロー( Robert Solow )は、「どこもかしこもコンピュータ時代( the computer age )の到来と大騒ぎしているが、統計上の数字を見る限り生産性は全く向上していない」と書いている。コンピュータの処理能力が大幅に向上し、パソコンの普及が急速に進んだにもかかわらず、政府統計を見る限りでは、賃金と生活水準の重要な決定要因である労働者一人あたりの総生産量は 10 年以上停滞していた。「生産性のパラドックス( productivity paradox )」は、 1970 〜80 年代のアメリカにおける、同時期の情報技術分野の急速な発展にもかかわらず、生産性の伸びが鈍化した現象のことである。この現象は 1990 年代以降も続いた。これに関して膨大な量の論文が生み出されたが、核心を突くような文献は全くなかった。ほとんどの経営者がコンピュータの能力を活用しきれていないと非難するエコノミストもいた。蒸気機関( steam engine )や電気( electricity )など以前の重大な発明と比べるとコンピュータは経済的な重要性が劣ると主張するエコノミストもいた。また、生産性の計算方法に瑕疵があると非難するエコノミストもいた。それがコンピュータが生産性を向上させないというパラドックスを生み出したという主張である。
ソローの論文から約 40 年経った。オープン AI ( OpenAI )がチャット GPT ( ChatGPT chatbot )をリリースしてから約 3 年経った。人類は、再び生産性のパラドックスに直面しているのかもしれない。以前のそれはコンピュータに関するものであったが、今回は生成 AI ( generative artificial intelligence )に関するものである。スタンフォード大学( Stanford )、クレムソン大学( Clemson )、世界銀行( the World Bank )の多くのエコノミストが共同で今年 6 月と 7 月に実施した最新の調査がある。それによると、全労働者のほぼ半数、正確には 45.6% が AI ツールを利用している。しかし、MIT メディアラボ( M.I.T.’s Media Lab )の研究チームによる新たな研究論文は驚くべき結果を明らかにしている。「アメリカでは民間企業だけで生成 AI に 300 億から 400 億ドルを投資している。にもかかわらず、95% の企業は全くリターンを得られていない」。
この研究論文では、生成 AI 関連企業 300 社以上を調査し、また、50 社以上の企業幹部にインタビューも行っている。この研究チームは、成功した AI 投資とは何かということを定義した。パイロット段階を終えて広く公開され、6 カ月後に測定可能な財務収益または生産性の顕著な向上を生み出した投資と定義した。「パイロット段階まで進んだ生成 AI のうち、数百万ドルの価値を生み出しているのはわずか 5% である。大多数はぬかるみにはまっている。損益計算書に測定可能な影響をまったく生み出せずにいる」との記述が論文にはある。
この研究の企業幹部へのインタビューでは様々な回答が寄せられた。生成 AI に懐疑的な意見も少なくなかった。「リンクドイン( LinkedIn )などでは、生成 AI で業務が大きく改善されたとする宣伝が大々的になされているが、当社の業務で根本的な変化は何もない」と、ある中規模製造企業の最高執行責任者は回答している。「一部の契約の処理速度は向上したが、変わったのはそれだけである」と別の企業幹部は答えている。「今年は数十もの AI のデモを見てきた。本当に役立つものは 1 つか 2 つくらいしかないだろう。残りは既存のテクノロジーを微妙に改善しただけのものである」ともコメントした。
この論文は、AI 投資に成功した企業もあると指摘している。例えば、バックオフィス業務に特化したカスタマイズツールによって効率性が高まった事例をいくつも紹介している。「これらの初期結果は、学習機能を備えた AI に特定のプロセスの改善を委ねることで、大規模な組織再編を行わないと生み出せないような価値を提供できることを示唆している」と指摘する。また、この論文は一部の企業が「自動化された働きかけと洗練されたフォローアップシステムを通じて、顧客維持率と売上を向上させている」と報告しており、AI システムがマーケティングに役立つ可能性を示唆している。
しかし、多くの企業が大きな利益を上げるのに苦労しているという考えは、多国籍コンサルティング会社アコディス( Akkodis )による最近の調査とも一致している。同社は 2,000 人以上の経営幹部に連絡を取った。自社の AI 導入戦略に「非常に自信がある」と回答した CEO の割合が、2024 年の 82% から今年は 49% に低下していることを明らかにした。企業の最高技術責任者( CTO )の間でも自信は低下しているのだが、その低下幅はそれほど大きくはない。これらの動きは「過去のデジタル化や AI 導入の試みの結果が期待外れだったこと、導入の遅れや失敗、そして拡張性への懸念を反映している可能性がある」とアコディスの調査報告書には記されている。
MIT メディアラボの AI が何のリターンももたらさないとする研究報告を多くのメディアが先週取り上げたわけだが、エヌビディア( NVIDIA )、メタ( Meta )、パランティア( Palantir )といった AI 関連の値嵩株の株価が一斉に下落した。報道が株価急落の主因であるか否かは不明である。オープン AI の CEO のサム・アルトマン( Sam Altman )の直近の発言が、今回の株価下落に大きく影響した可能性もある。しかし、直近で株価が過熱気味であったことを考慮すると、一時的な調整は避けられないことであった。CNBC の報道によると、アルトマンは記者との夕食会で、株価のバリュエーションは「正気でない( insane )」と述べ、15 秒間に「バブル( bubble )」という単語を 3 回も使ったという。
MIT メディアラボの研究報告は大きな注目を集めた。しかし、この報告に関するニュースが大量にあふれた後、メディアラボに関するニュースが漏れ伝わってきた。多くのテクノロジー企業と繋がりを持つメディアラボが、ひそかに AI へのアクセスを制限しているという。私はメディアラボの広報譚当部署と報告書に名を連ねた 2 人にメッセージを残したが、回答は得られなかった。
メディアラボの報告書は、ニュアンスに富んだものだった。実際、一部の報道はこの報告書の一面を都合よく切り取ってそれを強調し過ぎている。この報告書の重要な点は、オープン AI が ChatGPT をリリースした 2022 年 11 月以降のテック企業株の高騰を下支えし、株式市場で支配的になっていた楽観的なナラティブに疑問を投げかけたことである。この
ナラティブは簡潔に言うと、アメリカ経済に生成 AI が浸透することは労働者、特に知識労働者にとっては悪影響となるものの、企業とその株主にとっては好影響となるというものである。生産性、ひいては利益の飛躍的な向上がもたらされると考えられている。
これがまだ実現していない理由は何だろうか。思い出していただきたいのは、1980 年代から 90 年代初頭にしばしば指摘されていたことである。当時、経営の失敗がコンピュータの生産性向上を阻害していると指摘されていた。メディアラボの調査によってわかっているのだが、AI 投資において最も成功した企業は、ワークフロープロセスの限られた領域で高度にカスタマイズされたツールを活用しているスタートアップ企業などである。対照的に、メディアラボは「生成 AI 格差( GenAI Divide )」なる語を使っているが、AI 投資が全く利益を生みだしていないスタートアップ企業も無数に存在している。「それらは、汎用ツールを開発しているか、自前で機能開発を試みているかのどちらかである」と指摘している。この報告書は、「一般的に AI 投資の成功と失敗の分岐は AI モデルの制御やクオリティではなく、アプローチ方法によって決定されているようである」と結論付けている。
おそらく、生成 AI の目新しさと複雑さが、一部の企業の足かせになっているのかもしれない。コンサルティング会社ガートナー( Gartner )による直近の調査によれば、最高情報責任者( CIO )が「 AI に精通している」と確信している CEO は半数未満にとどまっている。しかし、メディアラボが報告書で強調しているとおり残念な結果であるわけだが、別の説明も考えられる。多くの既存企業にとって、少なくとも現状の形態の生成 AI は、期待されていたほどの成果をあげていない。「ブレインストーミングや最初の草稿作成には最適であるが、顧客の好みに関する知見を蓄積したり、過去の編集作業を学習しない」と、メディアラボの研究員の 1 人は主張する。「 AI は同じ間違いを繰り返すし、何度も何度もプロンプトに膨大なテキストを打ち込む必要がある。AI が重要な役割をこなすには、たくさん知識を蓄積し、時間の経過とともに改善していくシステムが必要である」。
もちろん、AI を有用だと考える人はたくさんいるし、それを裏付ける学術的な証拠もたくさん存在している。2023 年に MIT の2人のエコノミストが AI に関してランダム化比較試験( randomized trial )を行った。ChatGPT に触れることができる被験者群は「専門的なライティングタスク( professional writing tasks )」をより迅速に完了できるようになった。ライティングの質も向上することが明らかになった。同年、MIT の他の研究チームがギットハブ・コパイロット( GitHub’s Copilot )を使用したコンピュータープログラマーと、大規模 AI ツールへのアクセスを許可されたカスタマーサポート担当者に、顕著な生産性向上が見られることを特定した。メディアラボの研究者たちは、多くの労働者が GPT やクロード( Claude:Anthropic 社が開発した、文章作成、翻訳、要約、プログラミング支援など、さまざまなタスクをこなす対話型生成 AI )などの個人的に準備したツールを仕事で使用していることを発見した。報告書ではこの現象を「シャドー AI エコノミー( shadow AI economy )」と呼び、「雇用主の投資よりも高い ROI をもたらすことが多い」とコメントしている。しかし、疑問は残ったままである。多くの企業の経営幹部が疑問に思っていることがある。それは、なぜ多くの企業で AI によるメリットを得られていないのかということである。なぜ、AI 関連投資が収益増に繋がらないのかということである。
問題の一因は何か。たしかに生成 AI は画期的な技術であるわけだが、経済の多くの分野で適用範囲が限られていることが影響しているのかもしれない。レジャー・看護、小売、建設、不動産、介護セクター(保育や高齢者・病弱者の介護など)を合わせると、アメリカ国内だけで約 5,000 万人が雇用されているが、これらのセクターは AI の恩恵によって即時に生産性が急上昇する可能性が少ないと思われる。
もう 1 つ注目すべき重要な点は、経済全体への AI の導入は長期にわたるプロセスになる可能性があるということである。シリコンバレーにひしめくテック企業は、迅速に行動して変革を起こそうとする。しかし、経済史を学べば明らかなのだが、一般的にエコノミストが汎用技術( general-purpose technologies:略号 GPT )と呼ぶ最も変革的なテクノロジーでさえ、それを補完するインフラ、スキル、製品が開発されるまでは、最大限の効果を発揮することはないのである。それは長期にわたるプロセスになる場合が多い。スコットランドの発明家、ジェームズ・ワット( James Watt )は 1769 年に円筒形の蒸気機関を発明した。しかし、その 30 年後でもイギリスのほとんどの綿工場は依然として水車で動いていた。その一因は、蒸気機関で使用する石炭を輸送するのが困難だったことである。この状況は、19 世紀初頭に蒸気動力鉄道が開発されるまで続いた。同様に電気もゆっくりと普及した。すぐにアメリカ経済全体の生産性の急激な改善には繋がったわけではなかった。ソローが指摘しているのだが、コンピュータの開発も同じパターンを辿った。 1996 から 2003 年にかけて、アメリカ経済全体の生産性の伸びがようやく急加速したが、多くのエコノミストはこれを情報技術( information technology )の遅延効果( delayed effect:ある出来事や行為が発生した直後ではなく、時間が経ってからその影響や結果が現れる現象)によるものと指摘した。しかし、その後、生産性は低下した。
多くのエコノミストが指摘しているのだが、新しい技術が場合によっては生産性の伸びを低下させる可能性さえある。というのは、既存の物事の進め方にそれを取り入れるのが非常に困難で混乱を引き起こすからである。生産性の向上が表れるのは時間が経ってからとなる。これは「 J カーブ( J curve )」と呼ばれるパターンである。今年初め、さまざまな機関のエコノミスト 4 人が共同で論文を発表した。現在、アメリカの製造業は、AI 普及における J カーブの底付近にある可能性が高いという。4 人のエコノミストは国勢調査局( the Census Bureau )と共同で収集した企業の AI 導入に関するデータを分析したのだが、「短期的なパフォーマンスの低下が長期的な利益に先行する」証拠を発見したという。MIT スローン経営大学院( M.I.T.’s Sloan School of Management )が発表したこの分析を伝える論文の中で、4 人のうちの 1 人であるトロント大学のクリスティーナ・マケルヘラン( Kristina McElheran )教授は、「そもそも AI は、PC に接続するだけで使えるようになる周辺機器とは違う。システム全体の変更が必要となる。AI を活用して生産性を上げるプロセスは、特に既存企業では大きな摩擦( friction )を伴うものとなる」と指摘している。
この指摘を額面通りに受け止めて、楽観的な見通しを持つ企業経営者は少なくないだろう。しかし、多くの労働者は必ずしも楽観的ではないだろう。AI が彼らのスキルを容易に再現するようになると恐れているだろう。既に一部のエントリーレベルのプログラマーはそのことを実感しているわけで、労働者が AI 普及を警戒するのは理のあることである。AI による生産性上昇のプロセスは J カーブの底付近を彷徨いているわけだが、摩擦が克服されると生産性は飛躍的に向上する。しかし、この J カーブの道のりは長くなる場合があるため、どの企業が勝者となり、どの企業が敗者となるかを予測することは現時点では困難である。インターネットが普及した時のことを思い出すべきである。最終的な勝者の多くはドットコムバブルが崩壊した 2000 年以降に登場した企業である。グーグルは 1998 年設立で株式公開は 2004 年である。フェイスブックは 2004 年設立、Airbnb は 2008 年設立である。歴史が繰り返されるという保証はないわけだが、AI ブームに思いっきり乗っかっている投資家はここらで少し冷静になるべきなのかもしれない。保有株式を少し売却することを検討するのが賢明かもしれない。♦
以上
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