フォード社の復活は近い!アメリカで一番売れているピックアップトラックF-150のEV版に予約殺到中!

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 チャーリーは2016年に亡くなりました。最近、チャーリーと彼の愛車ジャージー・ジミー号のことを思い出しました。10月中旬のことでしたが、テキサス州オースティンのダウンタウンで、フォードモーター社が展示会を開催していて、そこで2022年発売のSUVやピックアップトラックやバン等を目にした時にふと思い出したのです。2020年をもって、フォード社は米国でセダンを販売しなくなりました。車好きであった私のいとこが生きていたら、セダンが販売されなくなるなんて聞いたら、さぞやビックリしただろうと思います。

 私がオースティンの展示会で一番驚いたのは、フォード・マスタング・マッハEの静寂性でした。フォード社の電気自動車(EV)の急加速性能をアピールするために作られたショートコースをマスタング・マッハEが周回していたのですが、本当に静かでした。かつてイングリッシュタウンのピットでニトロ燃料の轟音に驚かされた時をしのぐほどの驚きでした。マッハEは、フォードが1964年のニューヨーク万博で発表したスポーツカーをEV化したものです。フォード社は、筋骨隆々のスポーツカーを荷室のあるファミリーカーに変貌させ、2019年に電動SUVとして市場に投入していました。

 オースティンの展示会の主役は次期電動ピックアップトラックのF-150ライトニングでした。1980年代以降で米国で最も売れている車種は、ピックアップトラックなのですが、ついにそれもEV化されたのです。フォード社のガソリンエンジン搭載のFシリーズのピックアップトラックは、かつて同社の稼ぎ頭的存在でした。毎年のように90万台も販売し、約400億ドルの収入をもたらしていました。

 F-150ライトニングとマッハEと同社のEV版カーゴバンのフォード・Eトランジットからなる強力なラインアップは、118年の歴史を誇る自動車メーカーにとって、EVの販売で圧倒的なシェアを誇るイーロン・マスク率いるテスラ社に追いつくための最高傑作です。これで追いつけなかったら、おそらく永遠に追いつけないでしょう。(テスラ社の2021年のEVの全世界での販売台数は、100万台弱でした。同年のフォード社のEVの全世界での販売台数はたったの4万3,000台ほどでした。)この春、フォード社がEV版ピックアップトラックを発売することは、米国の自動車産業がEV化に大きく舵を切ったことを象徴するものです。これはフォード社にとって重大な決定てあるだけではありません。二酸化炭素の排出が減るわけですから、自動車で移動する人だけでなく、自転車や徒歩で移動する人にとっても良いニュースです。地球に暮らす我々人類の未来は、自動車産業がどれだけ早く排気ガスを減らせるかにかかっているのです。

 これまで一般消費者向けのEVのほとんどは、テスラ社のモデル3のようなセダンタイプでした。しかし、セダンは米国の自動車市場では、瀕死の状態にあるセグメントです。1990年代、ピックアップトラックやSUVは、3万ドル以上の車に課される贅沢税が免除されていました。ピックアップトラックやSUVは、かつては乗り心地や車内温度調整などドライバーの快適さを追求した装備が削ぎ落され、速さや機能性のみに特化したものでした。しかし、今では華麗な変貌を遂げ、勤労者にとってのロールスロイス的なものになりました。また、自動車メーカーに、セダンを売るよりはるかに大きな利益をもたらしています。

 私は、2015年に、家族で休暇を過ごす為に取得した(パンデミック時に籠ったりした)バーモント州の元酪農場で使うために、低金利融資を受けて72ヶ月ローンを組んでF-150を購入しました。しかし、バーモント州には夏しか行かないので、寒い時期には私はそれをブルックリンの路上に駐車していることがあります。ブルックリンに行けば、F-150の広い後部座席で孤独を求めるように見える私の姿を見かけることができるかもしれません。私は、F-150がとても気に入っています。フォード社の調査によると、ピックアップトラックの所有者の4人に1人は愛着のあるあだ名をつけているそうです(私は今のところあだ名を付けていません)。また、その調査によれば、F-150のオーナーの15%は愛車のタトゥーを入れているそうです(私はタトゥーも入れていません)。私は、このピックアップトラックと全く同じ外観のEVが出来たと聞いて、とても興奮しています。

 F-150ライトニングのお披露目は、オースティンのリパブリック広場のど真ん中にマルチメディア機能を備えた大型テントを設営して行われました。その大型テントは、ライトニング・シアターと名付けられました。大々的に発表されたのですが、その前に、聴衆は炎天下の屋外に留まって、フォード社の重役たちからすべての車種のEV化計画についての説明を聞かなければなりませんでした。また、ブロンコ・マウンテンコースと名付けられたコースが設営されて、そびえ立っていました。それは、フォード社が新型SUVのオフロード走行能力を示すために設営した鉄骨製の急傾斜な路面のコースでした。

 フォード社は、2030年までに世界販売台数の40%をEVにすると公表しています。ゼネラルモーターズやフォルクスワーゲンやトヨタも同様に野心的な目標を掲げています。そうした目標を掲げると、投資家からの人気を集めることができます。しかし、そのような高い目標は本当に達成できるのでしょうか?そんなに多くの自動車購入者が、ガソリン車からEVに乗り換えるのでしょうか?国際エネルギー機関(IEA)によると、2020年に米国で販売された自動車の内、EVはわずか2%でした。中国や欧州と比べると、EV普及率ははるかに劣っています。ちなみに、ノルウェーでは、2020年の新車販売台数の75%がEVでした。

 F-150ライトニングのお披露目では、44歳のチーフエンジニア、リンダ・チャンが壇上に立って、このF-150ライトニングの「メガパワー・フランク(訳者注:ボンネット下のトランク)」について説明をしました。すべてのEVに共通することですが、F-150ライトニングにはエンジンがありません。ギスギスとうるさい油まみれの金属の塊の代わりに、ゴルフクラブが2セット入るほどの大きさの鍵付きの収納スペースがあるのです。そこに氷や飲み物を入れておくことができるので、テールゲート・パーティー(トラックやバンの荷台を使ってBBQをしながらアルコール飲料を飲んで、スポーツ観戦をより楽しいものにするパーティー)の際には重宝します。リンダ・チャンは、フロントゲート・パーティーをすることができると説明していました。

 チャンの説明によれば、F-150ライトニングは、運搬や牽引をするといった従来からの機能を保持したまま、バッテリーをフル充電しておけば停電時に発電機として数日間電力を供給することができるそうです。また、チャンは、「荒天や停電で苦労した経験のある方なら分かると思いますが、これがあれば安心していただけます。」と言いました。それは、テキサス州を昨冬襲った大寒波を意識しての発言でした。

 別のフォードの幹部であるダレン・パーマーは、英国出身のEV開発責任者ですが、フォード社のピックアップトラックがいかに優れているかを強調しました。特に、長年に渡ってピックアップトラックの製造を続けていること、ピックアップトラック市場での確固たる地位、自治体等への納入実績などを強調し、F-150は類まれなブランドであると誇らしげに語りかけました。パーマーは、後日私に会った時に、「EVに特化する」と言って、フォード社の核となる戦略を説明してくれました。長年、パーマーは、ガソリン車に携わってきました。彼は、1960年代にはフォード製大型エンジンを積んだスポーツカーのシェルビー・コブラを駆ってレースに参戦していました。彼は、マッハEに乗ると、当時と同じようなフィーリングを感じることができると言いました。パーマーは壇上で、「ガソリンスタンドに行くと、腹が立ちませんか!」と言いました。ガソリン価格が高騰していることを受けての発言だと思われますが、そのニュアンスが上手く聴衆には伝わらなかったようで、化石燃料産業に反対するNGOの集会のような雰囲気になってしまいました。

 パーマーの隣に座っていたのは、アマゾンの元幹部でフォード社の充電スポット網の構築に貢献してきたマフィ・ガディアリでした。ガディアリが聴衆に語りかけたのは、フォード社のEVに乗る際には航続距離を気にしなくても良いということでした。EVというと、少なくとも以前はバッテリー残量や最寄りの充電ステーションまでの距離を気にしなくてはなりませんでしたが、そうした心配は不要であると断言していました。フォード社には、テスラ社が過去10年間で全米に張り巡らせたような独自の充電ステーションはありません。しかし、その代わりに、Electrify America(以下、エレクトリファイ・アメリカ社)やChargePoint(以下、チャージ・ポイント社)のような独立系充電ステーション設置企業と協力して全米で19,500カ所の充電ステーションが使えるようにしました。ガディアリは、「どこにでもある」と言いました。

 その後、聴衆はライトニング・シアター内に招かれました。F-150ライトニングが壇上でくるくると回転し、その背後に車体を囲むように張られたスクリーンには映像が映し出され、広報担当者がその性能をアピールしました。マスタング・マッハEがガソリン車のマスタングと全く外観が異なるのとは全く対照的なのですが、F-150ライトニングのスタイリングは、内外装ともに2022年型のガソリン車のF-150とほぼ同じです。明らかな違いは、1つだけです。それは、ヘッドライトの形状です。F-150 ライトニングのそれは、ボンネットに組み込まれていて、車幅と同じ長さの水平の1つの光の線のようになっています。

 パーマーは言いました、「私はガソリン車のF-150に乗っていて、荷台に被せるカバーを持っているのですが、それは、F-150ライトニングでも使えるのです。ですので、現在F-150に乗っている人は、新しい装備やパーツを買う必要はないんです。」と。また、パーマーは、多くの顧客から、F-150の荷台の形状を変更しないで欲しいという要望があったことを明かし、それに応じたことにも言及しました。ガソリン車のF-150のボディを変更しないことで、フォード社は仕様変更に伴う数億ドルの費用を節約することができました。しかし、その代償として、新たに発売されるEVピックアップトラックの外観には、目新しさがあまりありません。

 チョウは、私をF-150ライトニングの中に招き入れて、話をしてくれました。彼女は運転席に座りましたが、キー・フォブ(EVのキーのこと)を持っていないことに気づき、探しに行きました。その間、私は、助手席に座ったままダッシュボードなどを見て、私の乗っていたガソリン車のF-150と変わっているところがないか探してみました。コンソールのカップホルダーとかも見てみましたが、ほとんど同じでした。

 チョウが戻って来た時、私は、「あなたは長年自動車産業に携わっているんですか?」 と、聞いてみました。すると彼女は、「私は8歳の時に中国から米国に引っ越してきたんです。」と言いました。シカゴのオヘア空港から、父親が博士課程に在籍していたパデュー大学のあるインディアナ州ウエストラファイエットまで車で移動したのですが、彼女が車に乗ったのはそれが初めてだったそうです。彼女はその時のことを振り返って言いました、「真夜中だったことを覚えています。とても衝撃的な移動でした。」と。

 チョウの父は、博士号を取得した後、フォード社に就職しました。会社に娘を連れていくこともありました。「会社に行った時、とても面白そうだなと思いました。また、父は夕食時に会社で取り組んでいることをよく話してくれました。」と、彼女は言いました。彼女は、ミシガン大学で電気工学、コンピューターエンジニアリング、MBAの3つの学位を取得しました。そして、1996年にフォード社に入社し、マスタングのエンジンの製造に携わった後、開発や財務の業務を経験しました。3年ほど前にガソリン車のF-150のチーフエンジニアとなりました。それからしばらくして、F-150ライトニングの開発に着手しました。

 私は、チョウが率いる開発チームが直面した最大の技術的な課題は何であるかを聞いてみました。チョウは、いろいろと説明してくれました。EVのパワートレインは、ガソリン車と比べると可動部品の数はそれほど多くありません。機械的には、それほど複雑ではありません。バッテリーで電気モーターを駆動するという基本的な技術は、内燃機関が発明される30年前の1830年代には既に存在していました。電気モーターは、内燃機関よりはるかに小さく、効率的です。電気モーターはバッテリーから受け取ったエネルギーの85%以上を動力に変換することができます。それに比べると、エンジンは非効率です。ガソリンのエネルギーで動力に変換されるのは半分以下です。

 モーターは小さいのですが、バッテリーが曲者で、決して小さくありません。航続距離230マイル(約368キロ)を目標としたので、バッテリーはかなりの大きさになりました。通常のEVの開発であれば、車内の形状を変えたりスペアタイヤを積むスペースを割愛したりして何とかバッテリーを搭載する場所を確保します。しかし、F-150ライトニングの開発では、旧車の外観等を踏襲したため、それができず困難を極めたようです。彼女は言いました、「何とかしてモーターとバッテリーを組み込んだのですが、スペアタイヤを置くスペースが無くなってしまいました。そこで、シャシー下の設計を見直して、なんとかそのスペースを確保しました。」と。

 また、私は、チョウにその車の一番気に入っているところはどこかを聞いてみました。彼女は、「メガパワー・フランク(訳者注:ボンネット下のトランク)」だと言いました。私は彼女と一緒に車を降りて、フランク(訳者注:前部のトランクのこと)の中を覗き込みました。彼女は言いました、「400リットルもあるんですよ。ビールがたくさん入れられますよ!」と。