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11月中旬、私はミシガン州ディアボーンにあるルージュ電気自動車センターを訪ねました。それは、新設された50万平方フィートの最先端の電気自動車組立施設です。F-150ライトニングもそこで組み立てられています。私は、F-150ライトニングを予約した20万人の内の1人です。ルージュ電気自動車センターのF-150 ライトニングの生産能力は、旺盛な需要に対応して年間15万台まで引き上げられました。それでも、私は納車を1年以上待たなければならないようです。
ルージュ電気自動車センター内に入ると、センター長のコリー・ウィリアムズが出迎えてくれました。ウィリアムズは、この組立工場は、”EVの聖地”だと言っていました。敷地はルージュ川沿いで、面積は600エーカーほどです。そこにはさまざまな施設があります。ここで自動車の生産が始まったのは、1927年のことです。大きな建物が11棟あります。ここでは、さまざまな歴史が延々と紡がれてきたのです。フォード社や自動車産業や米国繁栄の歴史が紡がれてきました。それだけではありません。フォード一族の歴史、そしてリンダ・チャンのようなフォード社の従業員の歴史も紡がれてきたのです。フォード社はテスラ社やリビアン社など、ガスエンジン車を作った経験のない自動車メーカーと対抗しなければなりませんが、フォード社が長年積み上げてきた伝統や信頼が強みとなるのでしょうか?あるいは、歴史が大きく動いてフォード社は限定的な存在となってしまうのでしょうか?答えは、今後10年ほどで出るでしょう。10年後にこの施設を見れば、その答えを知るヒントがいくつも有るはずです。
ルージュ電気自動車センターの敷地に自動車組立工場が作られた際には、当時としてはとても画期的なことだったのですが、敷地内で原材料から製品の組立までをしていました。いわゆる垂直統合です。フォード社所有の鉱山で採掘した鉄鉱石やミシガン州アッパー半島にあったフォード社所有の森林から伐採した木材などの原材料を元に、わずか数日で自動車が製造されていました。フォード社の59歳のCEOであるジム・ファーレイが私に言ったのですが、この地でEVを組み立てることは非常に意義があるのだそうです。というのは、この地で、かつてフォード社をヘンリー・フォードが率いていた時には、鉄鉱石等の原材料から自動車を組み立てていたのですが、EVを組み立てる時には再び同じことに挑戦するからです。フォード社はEVの組立に当たって、海外のバッテリー製造業者には依存しない予定ですし、マイクロプロセッサー等も海外からの輸入に頼らない予定です。フォード社は、数十億ドルを投じて、テネシー州とケンタッキー州に電気自動車とバッテリー製造工場を建設中です。バッテリー製造工場は、バッテリーセルの世界最大手メーカーである韓国SKイノベーション社との協業によるものです。しかしながら、中国がEVのバッテリーに必須のいくつかの原料を支配していることが懸念材料ではあります。例えば、コバルトのほとんどはコンゴで産出されるのですが、コンゴのコバルト鉱山には全て中国資本が入っています。また、中国は、世界中で採掘されるバッテリーの原料の加工をほぼ独占的に行っています。
ファーレイは言いました、「EVのバッテリーの原材料を開かれた市場で他社と競争して買い集めて確保できれば良いのですが、常に確保できるとは限りません。それを続けている内は、フォード社は安泰ではないのです。そうした原材料はアジアで調達することが多いわけですが、アジアには政情が不安定な国も多く、供給に影響が出ることも多いのです。」と。先日、フォード社は、バッテリーリサイクル企業のレッドウッド・マテリアルズ社と提携しました。その企業を立ち上げたのは、テスラ社をイーロン・マスクと共同で設立したJB・ストローベルです。その提携によって、フォード社は古いバッテリーから貴重な物資が入手できるようになり、中国への依存度を下げることもできるでしょう。レッドウッド・マテリアルズ社によると、使用済みバッテリーに含まれる貴重な原材料の95%以上を回収することができるそうです。
私はウィリアムズの後について組立工場内を見学しました。「動く組立ライン」を見せてもらいました。それは、20世紀初頭にフォード社がデトロイトのピケットアベニュー工場で導入した生産方式です。EV組立施設から数百メートル離れた施設ではガソリンエンジンのF-150を組み立てていましたが、製造ラインの床下にはベルトコンベアがあって、組み立て中の車がゆっくりと移動していました。EV用の新しい組立施設では、F-150ライトニングのシャシーが載ったバッテリー駆動のスキレットが、音もなくピカピカのコンクリート床を滑るように走っていました。そのスキレットは自律的に走行していました。部品等を組み付けするエリアでは、工員が部品を取り付けており、F-150ライトニングが徐々に見慣れた箱型の形状になっていきました。床に固定したベルトコンベアがないため、製造工程の変更を容易にすることができるそうです。
EV組立施設がガソリンエンジン車の施設と違う点が他にもあります。それは、紙のチェックリストがないということです。ウィリアムズによると、旧来の組立施設ではチェックリストが沢山あって、積み上げると膝の高さになったそうです。しかし、EV組立工場ではチェックリストはすべてモニター上にあるのです。しかし、実はもっと大きな違いがあります。それは、人手が非常に少ないということです。EVは部品点数が少ないので、組み立ての手間も少なく、工員も少なくて済むのです。全米自動車労働組合は、既存の従業員の雇用を維持するよう申し入れています。バイデン大統領は、こうした懸念に応え、フォード社のようにユニオンショップ制を敷いている企業からEVを購入すると最大1万2,500ドル税控除するようにしました。バイデン大統領は、ビルド・バック・ベター法案の成立では身内からの反対もあり苦戦していますが、この件では頑張りました。おかげで、F-150ライトニングが発売された時の値段は2万7,500ドルで、信じられないほど安くなりました。しかし、その施策の効果は一過性のものでしょう。自動車産業ではますます仕事の自動化が進み、どんどん人手が余ってくると思われます。しかし、バイデン大統領は、そうしたことに対する抜本的な対策は何も検討していないようです。
ルージュ電気自動車センターで働くのは、フォードの全米従業員約8万6千人の内のほんの一部に過ぎません。かつて、その敷地内で働く従業員の数は10万人を超えていました。電気自動車センターから、舗装した路面を隔てて建っているガソリンエンジンのF-150の組立施設では、53秒に1台の割合で完成車が生み出されていて、4,000人の従業員が働いていました。なお、フォード社はF-150ライトニングとハイブリッドエンジン搭載のF-150の旺盛な需要に対応するため、950人を新規雇用する計画であると発表しています。昨年5月、フォード社が大々的にF-150ライトニングを市場投入した頃でしたが、バイデン大統領が訪れたので、施設内をウィリアムズが案内しました。その際に、コンピューターとカメラを活用した自動検査補助装置の説明もしていました。それを使うと、人間が車両の目視検査をする際に、より早く正確にできるということでした。その装置は、一種のコボット(協働ロボット)でしたが、キャブと荷台をシャーシに載せる前に、すべての配線の接続と油圧系のチェックをしています。
ルージュ電気自動車センターには、巨大なロボットがあります。ファナックM-2000iAです。それは、車のフレームを13フィート(約4メートル)も持ち上げることができます。そのロボットは、F-150ライトニング用の1,800ポンド(816キロ)の韓国製リチウムイオンバッテリーを持ち上げていました。バッテリーは、車のルーフの上に置くルーフキャリアのような形状をしていました。高強度プラスチックで補強された外殻の中には、化学物質が詰められた単3電池サイズのバッテリーセルが何百個も入っています。ファナックM-2000iAがバッテリーをシャシーの所定の位置に載せると、空になったスキレットは自律的に遠ざかっていきました。