フォード社の復活は近い!アメリカで一番売れているピックアップトラックF-150のEV版に予約殺到中!

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 フォード社で販売分析担当をしているエーリッヒ・メルクルが私に言ったのですが、過去50年間、自動車産業はベビーブーマーの成長に伴って拡大し変化してきたそうです。1970年代には、ベビーブーマーは学校を卒業したばかりで、あまりお金も持っていませんでしたので、経済的で手頃な価格の車が好まれました。それで、日本の小型車がアメリカ市場に定着したのです。1980年代に入ると、ベビーブーマーは結婚して子供が生まれたので、ミニバンが飛ぶように売れるようになりました。それを受けて、クライスラー社は1993年にミニバンを作るようになりました。一方、フォード社は1991年にフォード・エクスプローラーSUVを発売しました。それは、ミニバンにはないクールな外観でしたので、きちんと仕事をするが遊び心も忘れていない多くのベビーブーマー世代のビジネスマンを魅了しました。SUVは徐々に大型化していき、高価になっていきましたが、ベビーブーマー世代の収入も着実に増えていましたので、販売台数は減りませんでした。そうしたことを受けて、フォード社は、エクスペディションを発売したのです。その後、フォード社は、大きなSUVが売れに売れているのだから、ピックアップトラックにSUVの良さを移植したら人気が出るのではないかと考えるようになりました。それで、1990年代後半に高級クルーキャブ・ピックアップトラック(訳者注:2列シートのピックアップトラック)を世に送り出したのです。それ以来ずっと、フォード社はピックアップトラック市場において強固な地位を維持し続けています。

 私はF-150ライトニングには乗れませんでしたが、そのライバルであるリビアン社のR1Tピックアップトラックに乗りました。それで、ブッシュウィックのリビアン社のサービスセンターとファー・ロッカウェイ(ニューヨーク市クイーンズ区のロックアウェイ半島の東部にある地区)の間を往復してみました。このピックアップトラックの一番安いモデルは67,500ドルです。私が乗ったのは、アドベンチャーパッケージというグレードで、航続距離は314マイル(502キロ)、ダッシュボードには天然のアッシュ材が使われていて、価格はF-150ライトニングのほぼ2倍の73,000ドルからとなっていました。さらに5,000ドルを追加すると、2口のIHクッキングヒーターとシンクが装備され、愛犬と遠出することも可能になります。

 実は、私は初めてR1Tピックアップトラックのフロントエンドを見た時に、非常に気に入りました。普通の自動車を前方から見ると、クロムメッキのグリルが無愛想に大口を開けていて品が無く見えるのですが、R1Tのフロントエンドは、少しレトロフューチャーな感じで、いくぶん微笑んでいるように見えるのです。まるで「お願いだから、この車を野暮な仕事では使わないで欲しいな!少なくとも農作業や野良仕事などには使わないでくれよ!」と、語りかけてくるように見えました。実際に、R1Tを農作業等で使っている人はほとんどいないようです。ある調査によると、2019年にリリースされたカントリー・ソングでは、10曲に1曲以上の割合でピックアップトラックが歌詞に登場しているそうです。しかし、どの曲においても、ピックアップトラックに乗って仕事している人物は登場しないのです。かつて、1970年代には、ピックアップトラックは農場や牧場で大活躍していました。実際、その頃人気のあったカントリー・ミュージック歌手のグレン・キャンベルのヒット曲に「ラインストーン・カウボーイ」という曲があるのですが、カウボーイがピックアップトラックに乗って作業している姿が歌われていました。しかし、ピックアップトラックは今はそんな用途では使われていないのです。

 R1Tの全長は、19フィート(5.8メートル)のF-150より15インチ(38センチ)短いので、ほとんどの車庫に入庫可能です。その分、荷台は小さくなっていますが、リアシートの後ろに「ギアトンネル」という1.7メートルの収納スペースがあり、R1Tの特徴の1つとなっています。

 リビアン社の創業者であるフロリダ州ロックリッジ出身のRJ・スカリンジ(39歳)は、べっこう眼鏡をかけて穏やかな性格をしています。よくクラーク・ケントに似ていると評されることもあるようです。RJ・スカリンジとジム・ファーレイは共に経営の才を持っていて、ライバル関係にあると言えます。私には、2人はモーツアルトとサリエリのような関係にあるように思えます。リビアン社はスタートアップ企業で、R1Tが市場に出した最初の車です。ですので、既存顧客はいません。それで、スカリンジは過去の概念にとらわれず、自由に荷台をいじくり回してデザインすることができたのです。

 スカリンジは、インディアンリバー(フロリダ州のフロリダ半島南部トレジャー海岸に位置する郡)の近くで育ちました。リビアン(Rivian)という社名は、インディアンリバーという地名をもじったものです。彼の父親は機械工学の会社を設立しました。隣に住んでいた人が趣味で年代物のポルシェのレストアをしていたのですが、幼かったスカリンジも手伝っていました。それがきっかけで、彼は、自分の部屋にスペアパーツを隠しておくほど、車に興味をもつようになったのです。「私は車が大好きだったんです。しかし、車について詳しくなっていくに連れて、車が多くの問題を引き起こしていることに気づいたのです。」と、彼は私に言いました。彼が気づいたのは、世界中のほとんどの大都市で排気ガスが問題になっていて、想像を絶するレベルで大気汚染が進んでいるということでした。彼は、大好きな車が世界に非常に悪い影響を及ぼしていることを知っても、車を嫌いにはなりませんでした。彼は、自分の感情が矛盾しているように感じていました。

 スカリンジは、MITで機械工学の修士号をとった後、MITのスローン自動車研究所で博士号をとりました。2009年にMITを離れると同時に、ハイブリッドのスポーツカーとクーペを製造する会社を設立しました。その2年後に社名をリビアン社と改めました。セダン車の販売台数は減少していくと予測していたことと、既にテスラ車がEVのセダン車を発売していたので、EVピックアップトラックとEVのSUVの開発に着手しました。2017年には製造拠点をイリノイ州ノーマルの三菱自動車の工場跡地に移しました(リビアン社には労働組合はありません。だから、容易に工場を移転できたのです)。アマゾン社は、リビアン社に20億ドル以上出資し、配送用の小型トラックを10万台注文しました。フォード社も12億ドル出資しています。

 スカリンジはしばしば垂直統合という言葉を使うのですが、それは原料から最終製品までの全工程を一体的に統合することを指しているのではなくではなく、ソフトウェアとエレクトロニクスとハードウェアを一体的に統合することを指しているのです。彼は言いました、「会社を設立した当初から、ソフトウェアとエレクトロニクスを一体的に研究開発してきました。それが当社の強みです。車に搭載する多くのコンピュータも、それらのコンピュータを動かす”ソフトウェア・スタック”(結果を生成するか、共通の目標を達成するために連携して動作するプログラムのグループ)も自社で開発して作っています。それを一体的に行っているのです。当社の車作りの方法は、自動車産業が長年かけて築いてきた生産方法とは全く異なるのです。」と。私は自動車産業に携わる人にたくさん会いましたが、”ソフトウェア・スタック”という語を使ったのは、スカリンジだけでした。その語は、IT業界でのみ稀に使われるものですが、スカリンジは嬉々として、チャーリー・シーブルックがエンジン部品について話す時のようなテンションの高さで使っていました。

 R1Tを返却するためにブッシュウィックに戻るまでに、私は少しこの車が気に入りました。私は、リビアン社のウェブサイトで、R1Tの設定を変えました。自分の好みに設定を変えることができたのです。それから、F-150ライトニングよりも納車まで時間がかかるかもしれないR1Tの予約をしました。手付金(1,000ドル以上)も納めました(キャンセル時には返金されます)。私は、いずれ選択しなければなりません。F-150を選択するかもしれません。それは、乗りやすく、信頼性も高く、価格も少しだけ手頃です(フォードのディーラーが大幅な値上げをしないことが前提です。非常に人気が高いので値上げされる可能性が無いわけではありません)。また、ちゃんと労働組合のある工場で作られています。あるいは、R1Tを選択するかもしれません。それは、スタートアップ企業がゼロから設計して作ったものです。フォード社等自動車産業が長年かけて培ってきた生産方法とは全く別の方法で作られています。あるいは、先日ローンの支払いが終わったばかりのガソリンエンジンのF-150にそのまま乗り続けるという選択をするかもしれません。そうすれば、私より後に車の予約をした人たちを少しだけ喜ばせることができるかもしれません。ちょっとだけ、納期が早まるからです。