3.”iA Writer”をさまざまな物書き専用ライティングアプリが追随
「哲学者プラトンは、哲学は疑って考えることから始まると述べていました。そこで、私は、マイクロソフト社の”Word”が改善されないのは何でなのだろうかとか、どうしてこんなに使い勝手が悪いのかということを考えてみました。」と、”iA Writer”を開発したスイス人開発者オリバー・ライヘンシュタインは、先日、私にZoomで言いました。ライヘンシュタインは、1990年頃に、集中できるワープロソフトを開発すべきだというアイデアを思いついたそうです。その頃、彼はスイスのバーゼル大学の大学院生で、小遣い稼ぎの為に高校で作文を教えていました。彼が教えている時に気付いたのは、多くの生徒が”Word”を使っている際にフォントなどを気にしたり、”Word”の余分な機能のせいで気を散らせているということでした。また、同時に、哲学の教科書に印字されている文字やレイアウトが非常に読み言いづらく息苦しいと感じられるほどであることにも気付きました。それで、タイポグラフィー(印刷物における文字の体裁、文字の書体、大きさ、行間、配列などを整える活版印刷術)の勉強を始め、スイスを出て東京へ向かいました。そこで、2005年に”Information Architects”社を設立し、WikipediaやCondé Nastなどのメディア企業に対してWebサイトに関するアドバイスを行うようになりました。そして、2010年に”iA Writer”アプリをリリースしたのです。
ライヒェンシュタインは私に言いました、「私が開発したかったのは、書くことに集中できるライティング・アプリでした。特別に複雑な機能など必要なく、書くことさえ出来れば問題ないと考えていました。誰が買うかというようなことは一切考えず、ただ自分が使いたいと思うようなものを作ろうとしただけです。」と。彼は、機械式のタイプライターの利点は何であるかを認識して参考にし、開発したアプリでは気が散らないようにする工夫が為されています。「フォーカス・モード」という余分な機能を排除して書くことだけに集中できるモードを実装しました。また、そのアプリではフォントは機械式タイプライター同様に全て等幅で表示されます。多くの書籍で、文字はプロポーショナル・タイポグラフィで組まれています(各文字は同じ幅で配置される。全ての文字は等幅で、ピリオドなどの記号や大文字も小文字も同じ幅で配置される)。ライヒェンシュタインは言いました、「等幅フォントで書き進むと、前に進んでいるのが感じられます。ですので、あまりストレスを感じることもありません。」と。しかし、彼がそのアプリの開発時に最も重視したのは、選択するという行為をできる限り減らし、書式設定等で余計な手間を発生させないようにして、ストレスを出来るだけ減らすということでした。そのアプリが市場に投入された頃のプロモーションビデオでは、宇宙空間に無数の”Word”のアイコンやツールバーが漂っているのですが、それが機銃掃射を受けて次々と消え去り、最後には1つの白い四角形(”iA Writer”のシンプルな入力画面を示している?)だけが残ります。
開発したアプリは、Apple Storeで予想外なほどに好評を博しました。一部のユーザーからはもっと機能を強化してほしいという要望がありましたが、ライヒェンシュタインは、そういった要望は全て無視しました。現在、”iA Writer”のアクティブユーザーは50万人以上で、デザイナーやプログラマーやジャーナリストなどが主たるユーザーです。これまでに、数多くの模倣アプリや競合アプリが生み出されました。”iWriter”のようなあからさまな模倣アプリもありますし、より高機能な”Ulysses”や”Bear”といったアプリもあります。2011年には、マイクロソフト社が”Word”に「フォーカス・モード」を実装しましたが、それは明らかに”iA Writer”の模倣でした。模倣されたことはライヒェンシュタインからすると、とても名誉なことでした。しかし、ライヘンシュタインはマイクロソフト社の模倣行為は滑稽だと断じました。”Word”の唯一の改善点はツールバーを取り除いたことだけであると指摘しました。しかも、その機能は、エスケープキーを押すと失われてしまうのでした。
現在では、さまざまな競合アプリが存在しています。そうしたアプリの中には、”iA Writer”とは全く毛色の違うものもあって、機能が満載のものや手書き感覚が強いものなどがあります。”OmmWriter”というアプリは、使うととても心が安らぎます。リラックスできるBGMが流れ、背景画像は幻想的で、これを使えばインスピレーションに満ちた文章が書けるかもしれません。トム・ハンクスがCMキャラクターを務めていた”Hanx Writer”というアプリもそれなりに人気を獲得しているようです。そのアプリを使うと、スマートフォン上に表示されるキーボードを高級なタイプライターとして使うことが出来るようになります。非常に使用感が良いので書くことに集中できるとして人気を博しているようです。本物のタイプライターを使っている時と同様に、改行の際などには「チン」というベルの音が出るようなっています。いずれのアプリも大して機能に差はないようです。少し雰囲気が違うという程度の差しかないのですが、雰囲気が非常に重要なのです。それらのアプリはあくまで物書きが使うためのものです。