Microsoft Wordって使い難くない?もっと良いライティングソフトが有れば、書き物もはかどる?

6.ライティングツール云々ではなく、物書きの能力こそが重要

 reMarkable社のターゲット広告に、私は非常に心を動かされました。新型コロナ禍のロックダウン期間中、いくつかの出版社は、私が書評をする本を私の自宅に郵送するのを止めました。それで、他の多くの評論家も同様だと思いますが、私は延々とPDFとにらめっこする事態に陥りました。おかげで酷い眼精疲労に悩まされました。最悪だったのは、私は以前は書評をする際には郵送されてくる本の余白などに思ったことなどを書き込んでいたのですが、それができなくなったことです。PDFを読む際にも吹き出しの形で注記を書き込むことは出来るのですが、そのやり方は私にはあまり合わないのでした。私は数か月間そんな状況に耐え、夜通しAdobe Acrobatを使ってPDFを開いていました。それを哀れんだ彼氏と母が2人でお金を出し合って第2世代のreMarkableのタブレットを買ってくれました。

 そのタブレットが届いてから、さまざまなものをそれを使って読むようになりました。また、時には記事の下書きをするのにも使いました。かなり快適に使いこなせていたので、下手な速記者くらいのレベルの速さと正確さで書き物が出来ました。新しいタブレットを使うことによって、昔使っていたタブレットで染み付いた悪い習慣を改善できるのではないかと思いました。以前に”iA Writer”を数年ほど使っていた際には、10行しか表示されないので集中して書き物ができ、速く正確な文章を書けるようになっていました。しかし、その代償として、近視眼的に拡大されて表示される10行の文字のみに集中していたので、文章の全体像を直感的に把握するという能力が低下してしまったように感じていました。しかし、reMarkableのタブレットは、書き進んだ後で、既に書いた部分を自由に拡大縮小して表示することが出来たので、文章の全体像を見直すことも可能でした。私が思ったのは、これを使えば、文章の全体像を認識するために紙とペンを使う旧式のやり方に戻る必要はないだろうということでした。

 書き物をする際に集中して取り組みたいという人の数はかなり多いと推測されます。それでも、高価なデジタルデバイスの気を散らせるという欠点を補うために、別の高価なデジタルデバイスを購入しようとする人の数はあまり多くないようです。私は、Twitterで物書きをしている人を調べてみたのですが、結構な数の人が”AlphaSmart”を使っていることが判明し、驚きました。それは、2000年頃に発売されたスタンドアロン型のワープロです。元々は学校など教育現場向けの製品で、高価なノートパソコンの代替品として開発されたものでした。機能を絞って低価格を実現したものでした。ですので、パソコンと言うよりも、キーボード付き液晶ディスプレイと称した方が良いようなものでした。頑丈さだけが取り柄でした。パソコンと違って、生徒たちはそれでゲームをすることは出来ませんでしたし、壊れることも滅多にありませんでした。最終版の”AlphaSmart Neo 2”のディスプレイには、表示される文字は6行分のみでした。バッテリーのみで駆動する時間は驚きの700時間を誇っていました。”AlphaSmart”シリーズの製品は2013年に製造中止となりましたが、今でもeBayで探すと60ドルほどで売られています。ジャーナリスト、脚本家、学者、ロマンス小説作家などの中には、数は多くはないものの”AlphaSmarties(アルファスマーティーズ)”と呼ばれる”AlphaSmart”シリーズの製品を熱狂的に崇拝している人がいるそうです。そうした人たちによって買い取られて、”AlphaSmart”シリーズの製品は今でも大事に使われているようです。本当にその製品が好きでペイントし直して高価なメカニカルキーボードに換装したりしている人もいるようです。暗いところで執筆するのが好きなホラー小説家志望者は、ヘッドランプを頭に着けて点灯させながら使っていると言っていました。”AlphaSmart”シリーズの製品に興味を持っている人たちによる熱狂的なオンライン・コミュニティがあるのですが、書き物をする際の最適な道具とみなされているだけでなく、愛玩品とみなされたり、時には蒐集対象とみなされているようで、時にはコレクターズアイテムとして扱われています。Netflixで流されている”Strong Black Legends”というプログラムでホストを務めているトレイシー・クレイトンが私に写真を送信してきました。彼女がブルックリンのバーでワイングラスを傾けながら原稿を書いている写真でした。”AlphaSmart”のワープロが彼女の手元に写り込んでいました。数行しか文字が表示されないディスプレイも写っていました。彼女はそれを使って原稿を書いていたのです。写真とともに彼女からメッセージも送信されたのですが、そこには「私はたくさんの友人に聞いてみたのよ。『公共の場でこんな骨董品のような機械を使うなんて、流行の最先端を行っていると思わない?』って。そしたら、20%が『イエス』と答えたわ。」と。

 旧式のワープロがにわかに脚光を浴びている状況はなかなか理解し難いものではあります。変わった人たちが一定数存在していて、単に古い物をビンテージと称して蒐集しているだけなのかもしれません。先程、”AlphaSmart”の製品をこよなく愛している人たち(アルファスマーティーズ)のことを記しましたが、旧式で廃盤となってしまったようなデバイスなのに一部の人から熱狂的にもてはやされているものは他にもあるようです。日本製の折りたたみ式小型ワープロの” Pomera”(ポメラ:文章作成に特化したデジタルツール。デジタルメモ帳)や”USB Typewriter”などのデバイスにも、蒐集して熱狂的に支持している人たちが集うオンライン・コミュニティーが存在しているようです(訳者注:”USB Typewriter”は、タイプライターにセンサーやUSBポートが取り付けられた製品で、普通のタイプライターとして紙に印字することもできるし、USBで接続することで、パソコンやiPadの外付けキーボードとして使うこともできる)。”USB Typewriter”のWebサイトを見ると、「超革新的な製品であったが、驚速で陳腐化した」と言及されていました。古いデバイスに凝っている者たちは他にも存在しています。旧式の電子書籍リーダーとパソコンのキーボードと廃棄された携帯電話機などを材料にして、書き物に集中できるワープロを自作して、出来上がったものをネット上で披露している人もいます。

 集中して書くためのツールにそこまで凝っている人が存在しているということには非常に驚かされるわけですが、そのことは、ワープロ等の書くためのツールに満足していない人が多いということを暗示しています。フランク・オハラ(作家、詩人、芸術評論家で40歳で亡くなった)は、5番街にあったオリベッティ社のショールームで展示してあったレッテラ25という機種のタイプライターで「昼食の詩」という題の詩を作り上げたとされています。おそらく、それは人目を引くための行動だったと推測されます。現在では、ワープロアプリやプログラムは開発した企業が運営管理しています。使えば便利なのですが、使おうとすると利用料金が発生しすることもありますし、データを勝手に収集されますし、書式等は決まったものしかない上に、突然アップデートされて使い勝手がが変わってしまうこともあります。

 私は大学では文学を専攻していましたが、時々、優れた作品は著者の環境や道具に左右されることは無いということを耳にしました。結局のところ、ワープロやツールのせいで良い作品が書けないと言うような人はプロの作家にはなれないのだと思います。ウォーレ・ショインカ(1986年にノーベル文学賞受賞)は、ナイジェリアの刑務所で
服役中にネスカフェをインク代わりに、鶏の骨をペンの代わりにして”The Man Died”(本邦未発売)を書き上げました。どんなものでも書くことができる能力と、あらゆるものを試してみたいという意欲によって、書き上げることができたのでしょう。作品を書き上げるためには、自分自身がどんな状況にあっても適応しなけらばならないということだと思います。書き物をする際の最適なツールが開発されることは重要なことで、誰もがその瞬間を待っています。しかし、ツールも重要なのですが、そもそもの書く能力、つまり、経験を上手く言葉で表す能力を高めることがもっと重要ではないでしょうか 。私の家にアルファスマートが届いて、私は嬉しくて直ぐに開梱しました。アルファスマートから神々しく閃光が出ているように感じられたので、その時の私は凄く嬉しそうな顔をしていたと思います。そのデバイスが人をそれほど嬉しくさせたのは、初めてのことではないでしょう。2005年頃に学校に届けられた時には、もっと沢山の人を嬉しくさせたに違いありません。♦

以上