和訳全文掲載 タイトル
Can Ukraine Still Win?
ウクライナが勝つ可能性?
As Congress continues to delay aid and Volodymyr Zelensky replaces his top commander, military experts debate the possible outcomes.
連邦議会が支援を遅らせ続け、ヴォロディミル・ゼレンスキーが最高司令官を交代させる中、軍事専門家の多くは起こり得る結果について議論している。
By Keith Gessen February 15, 2024
1.ウクライナ戦争に関する様々な議論
1 月末にヴォロディミル・ゼレンスキー( Volodymyr Zelensky )が人気の高いウクライナ軍総司令官ヴァレリー・ザルジニー( Valery Zaluzhny )を解任することを決めたと報じられた。2023 年 6 月からウクライナ軍が仕掛けた反転攻勢が不発に終わり、2 人の間の亀裂が深まっていた。ゼレンスキーは総司令官が敗北主義者だと考え、ザルジニーは大統領が事実を直視することを拒否していると考えている。そして、ウクライナとその同盟国との間にも軋轢が生じつつある。12 月初旬のワシントン・ポスト紙( the Washington Post )の報道によれば、アメリカ政府高官の多くがウクライナ軍幹部が自分たちの助言に従わないことに不快感を示しているという。ウクライナ軍が多方面に戦力を分散させている点や軍事作戦を展開するスピードが遅いことも不満だという。逆に、ウクライナ軍はアメリカ側を非難している。武器の供与が圧倒的に不足しているし、遅いからである。また、ウクライナ軍は、アメリカやドイツがさまざまなアドバイスをしてくるが、地形や相手の戦術を鑑みると不適切なものばかりであることにも怒っている。命を投げ出して戦場を駆け回っているウクライナ軍からすれば、血も流さず武器も寄越さない者に好き勝手言われる筋合いは無い。
お互いに非難し合っていて、いろんな主張があるわけだが、どれが正しいのだろうか。ゼレンスキーの考え方が正しいのか?おそらく彼は、西側諸国の支持が揺らいでいるので、ウクライナ軍は無理を承知で攻勢をかけ続けてモメンタムを維持しなければならないと考えているだろう。それとも、ザルジニーの考え方が正しいのか。彼は、不人気な選択肢ではあるが、戦略の変更と兵力の増強を優先すべきと考えている。アメリカ政府高官とウクライナ軍の間の認識の差も大きいのだが、いずれの認識が正しいのか。アメリカは、反転攻勢の停滞の原因はウクライナ軍の戦術の拙さにあると考えている。一方、ウクライナ軍は装備の不足にあると考えている。
反転攻勢が上手くいかなかった根本の原因は、そうした議論を超越したところにある。それは、ロシア軍の能力が予想以上に高かったということにある。ロシア軍は戦争を始めて 1 年間、大失態を繰り返し、大した戦果も挙げられずにいた。世界中がロシア軍を侮ったが、実際にはまともだったのである。ロシア軍は、士気が低いわけでも、能力が低いわけでも、装備が古く不足しているわけでもなかった。ロシア軍も死力を尽くして戦っている。ロシア軍は攻撃を躊躇しないし、防御も巧みである。膨大な損失を出しながらも、ヘリコプター、ドローン、地雷を駆使した攻撃の手を緩めることはない。「ロシアが侵攻した1カ月後に、誰もがロシア軍の能力は低いと判断した。」と、元海兵隊員で、外交政策研究所( the Foreign Policy Research Institute:フィラデルフィアのシンクタンク )でロシア軍分析を専門とするロブ・リー( Rob Lee )は言う。「その判断は、おろらく間違っていた」。
敵軍の実力を読み違えることは、悲劇である。救いようがない。政治学者スティーブン・ビドル( Stephen Biddle )のベストセラーとなった著書「 Military Power: Explaining Victory and Defeat in Modern Battle(軍事力:現代の戦闘における勝利と敗北の説明)」には、戦時の分析誤り例が列挙されている。第一次世界大戦に関する記述がある。「1914年、欧州各国は戦争は短期間で終わると予想した。塹壕戦が 4 年も続いて膠着状態に陥ると予測した者はいなかった。もし。もしそう予測する者がいれば、大戦は勃発しなかった」。第二次世界大戦に関する記述もある。「 1940 年、連合国の指導者たちはドイツ軍がフランスに対して電光石火の勝利を収めたことに驚愕した。1914 年 〜 18 年の塹壕戦のように膠着した状態が続くと予想していたからである。勝ったドイツでさえ驚いていた」。また、ビドルは戦車戦についても記している。戦車は、1973 年のアラブ・イスラエル戦争後に時代遅れとされた。しかし、1990 〜 91 年の湾岸戦争で驚異的な戦果を挙げて再び重視されるようになった。このビドルの著書は 2004 年に出版された。それ以降でアメリカは 2 つの大きな戦争を経験した。対アフガニスタンと対イラクである。いずれも計画通りには進まなかった。誰も何も予測できなかった。
「戦争が始まる前の時点で、結果を予測することは基本的に不可能である。」と、ノッティンガム大学国際政治関係学部のロシア軍分析が専門のベッティーナ・レンツ( Bettina Renz )教授は言う。「戦争を始める者のほとんどは、すぐに終わると考えている。もちろん、勝てないと思って戦争を始める者はいない」。
戦争が終わると、あるいは終わる前から、多くの戦史家が何が起こったのかを記録し始める。さまざまなことが分析され、誰の主張が正しかったのか、誰の予測が正しかったのかということも分析され、明らかになる。しかし、誰の予測が正しかったのかということは、明らかにならないことも多い。というのは、戦争が起こらないこともあるからである。有名な例が 1 つある。何年も前に「 International Security 」誌上で繰り広げられた論争である。ソ連による西ヨーロッパ侵攻への備えが十分か否かが争点であった。政治学者のジョン・ミアシャイマー( John Mearsheimer )とバリー・ポーゼン( Barry Posen )は、双方の戦力を分析した結果、備えは十分だと主張した。軍事史家のエリオット・コーエン( Eliot Cohen:当時、国防総省で軍事バランスを分析していた)は、十分ではないと主張した。この論争は、同誌上で1988年 〜 1989年の数カ月にわたって繰り広げられた。しかし、その最中にソ連自体が消滅してしまった。
ウクライナ戦争については、始まる前からさまざまな主張や予測があった。ロシアの侵攻の直前でも、アメリカは開戦の可能性を過小評価していた。事前に兆候を把握していたのに、無駄に数カ月を費やしてしまって、同盟国にロシアの侵攻が間近に迫っていると警告するのが遅れた。呑気なもので、すべての同盟国はロシアの脅威を正しく認識できていなかった。そうした考え方がウクライナにも伝染していた。ザルジニーはロシア軍が侵攻してくると確信し、侵攻される数週前には、迎撃体制を整える必要があると主張していた。しかし、ゼレンスキーはロシアの侵攻の可能性は低いと判断した。また、国民をパニックに陥れ、ロシアが侵攻する口実を与えることを懸念して、その主張を受け入れなかった。誰もが予測していたのは、ロシアが侵攻したらあっという間に勝利するだろうということである。統合参謀本部議長マーク・ミリー( Mark Milley )は、 2022 年 2 月上旬に議会指導者たちに、ロシア軍は 72 時間でキエフを占領するという予測を説明していた。
しかし、その予測は外れた。ザルジニーが無許可で軍の一部を再配置したことや軍備を移動させたことや陽動作戦が功を奏したのかもしれない。その後、新たな議論が巻き起こった。それは、ロシアは張子の虎なのか、それとも実力はあるのに愚かな戦い方をしただけなのかというものであった。他にもいろんな議論がある。ロシアと同様に中国も過大評価されているのではないかとか、戦車は役に立たないのか否か、等々である。
ロシアに対してどのように対処すべきかということも議論になった。前段でも登場したエリオット・コーエンは、西側諸国はロシア(と中国)に対してより強硬な態度を取るべきだと主張した。ミアシャイマーとポーゼンは慎重に行動すべきだと主張した(ミアシャイマーは、西側諸国がロシアを挑発していると非難している。しかし、それは大国間の衝突は避けられないという彼の著書の主張と矛盾している)。コーエンもミアシャイマーも、19 世紀のプロイセンの軍事学者のカール・フォン・クラウゼヴィッツ( Carl von Clausewitz )を引き合いに出した。コーエンは、戦争の傾向を規定するのは敵意や憎悪の情念を伴う暴力という要素であり、この要因が強ければ戦争の激しさが増大するというクラウゼヴィッツの見解を引用した。ミアシャイマーは、常に防衛側が有利であり、戦争では不確実性を伴う賭けの要素が大きいというクラウゼヴィッツの主張を引用した。「クラウゼヴィッツの戦争論は聖書のようなものである。」とアメリカン大学の国際関係学者ジョシュア・ロヴナー( Joshua Rovner )は言う。「非常に便利なもので、基本的にどんな主張をする者も自論を強化するために、その一部を抜粋して引用することができる」。
ロシア軍を研究していた者のほとんどは、戦争はすぐに終わると予測していた。実際には違った。どうして予測通りにならなかったかを分析している者もいる。ロシア軍は人員不足であったことが判明している。また、ロシア軍のサイバー攻撃能力もロシア空軍も想定していたほど強力ではなかった。逆にウクライナ軍は想定以上にサイバー攻撃の防御に優れているし、非常に粘り強く戦っている。最も重要なのは、アメリカ諜報機関がウクライナ軍を全面的に支援したことである。アメリカ諜報機関は、ロシア軍がいつ、どこに上陸しようとするかを伝えた。ウクライナ軍は備えることができた。しかし、最大の驚きは、ウラジーミル・プーチンの杜撰な計画だった。彼はウクライナが抵抗しないと想定していた。また、自軍に侵攻することを知らせたのは侵攻前夜だった。まともな準備などできるはずがない。「ウクライナ侵攻の前に、ウクライナの政情やウクライナ軍の能力を分析し、地理や気象条件等を加味して真剣にシミュレーションした者は誰もいなかった。」と、ランド研究所( Rand Corporation )の軍事専門家でロシア情勢に詳しいスコット・ボストン( Scott Boston )は言う。「ロシア軍は、事前の準備不足が目立った」。
さて、ロシア軍の能力が低くなかったか否かということについても議論がある。ロシア軍がちょっと抵抗されただけで混乱したのは何故かということについても議論がある。ロシア軍の基本的な能力は低くなく、与えられた任務がそもそも実行不可能だったという議論もある。ボストンは、1993 年にソマリアの民兵組織とアメリカの特殊作戦部隊の間で発生したモガディシュの戦闘( the Battle of Mogadishu )を思い出すという。アメリカ軍は短時間で作戦を終了できると読んでいた。しかし、2 機のブラックホーク( Black Hawk:中型ヘリコプター)を失い、18 人のアメリカ兵がソマリアの首都の市街地での銃撃戦で死亡した。「地球上で最高の兵員を連れていっても、悪い状況に彼らを放り込めば、作戦が上手くいくはずはない。」とボストンは言う。ロシア軍の兵員は地球上で最高ではなかったが、決して無能ではなかったと言える。彼らは侵攻を始めてからの 1 カ月間、ガソリンが不足して戦車をほとんど走らせることができなかったし、キエフへの道のりを現地でウクライナ人に聞かねばならなかったのだ。
2022 年秋にはウクライナ軍の反転攻勢が功を奏していた。ロシア軍が能力が低いことを示す証拠もあったし、能力が高いことを示す証拠もあった。ハリコフ( Kharkiv )方面では、機動力のあるウクライナ軍と対峙したロシア軍の脆弱な防衛線が崩壊し、ウクライナはかなりの領土を奪い返した。ロシア軍の重要な補給線を断ち切ることもできた。しかし、もう一方の攻撃軸であったケルソン( Kherson )では、ロシア軍は長い間持ちこたえた後、大規模かつ整然と撤退した。多くの人員と物資のロスを防いだ。2023 年の夏から秋にかけてウクライナ軍が対峙したのは、ハリコフで見た兵員不足で士気の低下した軍隊か、それともケルソンで見た組織化され有能で士気の高い軍隊だったのか?
残念ながら、答えは後者だった。「ロシア軍は順応した。」とリーは言う。「ロシア軍は、手痛い敗北を喫し続けたが、その中で多くを学びながら状況に適応していった」。リーが主張しているのだが、ロシア軍の脆弱性が侵攻初期に露呈したので、ロシア軍の能力を低く見積もる者が多かったのは当然のことだという。また、ウクライナ軍の能力に疑問を投げかける者が多いことも当然のことだという。ウクライナ軍が力を発揮できない要素が多かった。政治的な理由があったのだろうが、ウクライナ軍司令部はバフムト( Bakhmut )の防衛にこだわりすぎた。戦略として、そこに兵員を長く張り付かせたことは悪手だった。装備類も不十分だった。西側諸国はもう少し早く行動を起こすべきだった。前線により先進的な兵器が提供されていれば、もっと状況は違っていただろう。しかし、リーは、ウクライナ軍にそうした問題があることは誰もが認識していたわけで、それほど大きな問題ではないと指摘する。「ロシア軍の能力が想定より低くないということを認識することが重要だった。」と彼は言った。アメリカがこのことを理解していないことが原因で、ウクライナ戦争に関する議論は空転することが多かった。カーネギー国際平和基金( the Carnegie Endowment for International Peace )のダラ・マシコ( Dara Massicot )が私に言ったのは、開戦から数カ月間のロシアの無能さが強調されたため、非現実的な期待感が醸成され、安易な楽観論が支配的になったという。「ロシア軍は学習能力のない無能な集団であり、すぐに崩壊するだろうという見立てが広まった。それは、事実では無かったし、害悪をもたらした。」とマシコは言った。「ロシア軍は統制がとれている。全く怯まない。戦場で闘い続けている。2 年にわたって、西側諸国が供与した数十億ドル相当の兵器を駆逐し続けている」。
11 月上旬、ロシアの能力を巡ってゼレンスキーとザルジニーの間で認識に差異があることが明らかになった。ザルジニーの寄稿文とインタビューがエコノミスト誌( The Economist )に掲載されたからである。ザルジニーは、反攻が行き詰まり、戦争が膠着状態に陥っていることを認めた。彼は、技術的なブレークスルー、制空権の獲得、電子戦能力の向上などが重要だと主張した。それら無しでは戦況の改善は無いと主張していた。しかし、ザルジニーは、ロシア軍が壊滅的な犠牲を強いられても決して撤退しないことを認識するようになっていた。「見込み違いがあった。ロシア軍は 15 万人もの犠牲者を出している。兵員をそれだけ失ったら、どこの国でも戦争を継続できない。しかし、ロシアは違うのだ。」と彼は寄稿文に記している。一方、ゼレンスキーは、軍の最高司令官が私見を公にしたことに不満を抱いた。既に緊張状態にある両者の関係がさらに悪化した。
アメリカの F16 戦闘機がウクライナ軍に投入されることで、戦況が変わると期待する専門家も少なくない( F16 は有用だが、決定的なものにはならないだろうというのが大方の予想である)。西側諸国が供与する兵器をロシア国内への攻撃に使用してはならないという制限を撤廃すれば、ウクライナ軍の反攻の助けになると考える専門家も少なくない(効果はあるだろうが、ロシアの深部を攻撃してもウクライナ軍の戦況改善には繋がらないだろう。ウクライナ軍は地上戦を戦い抜いて領土を取り戻さなければならない)。最終的には、ウクライナは地上攻撃で領土を取り戻さなければならない。) ゼレンスキーは、新たな司令官にオレクサンドル・シルスキー( Oleksandr Syrsky )を据えようとしている。これも懸念材料である。シルスキーは、バフムトの防衛が不可能になった後も防衛を主張した。司令官としての能力に疑問符が付いている。ゼレンスキーとシルスキーはアメリカ連邦議会で審議されている軍事支援パッケージ案が承認されるのを願っている。しかし、ザルジニーがエコノミスト誌に語ったように、「戦況を改善する特効薬は存在していない」のである。だとすれば、どうするべきなのかを考えるべきである。