3.戦況は目まぐるしく変わる
互いに疲弊して膠着状態に陥る可能性もある。長年ロシア軍を分析し、現在はカーネギー国際平和財団( the Carnegie Endowment for International Peace )にいるマイケル・コフマン( Michael Kofman )が私に強調したのだが、ウクライナは負け始める可能性がある。それは、ロシア軍がウクライナ軍の前線を突破することを意味するのだが、今のところそれを達成できていない。あるいは、ウクライナと西側諸国が疲弊し戦争を継続する意志が弱まってしまい、ウクライナが追い込まれて不利な状況でロシアとの交渉のテーブルに着かざるを得なくなるかもしれない。その場合、ロシアの勝利にはどんな意味があるのだろうか。ウクライナは完膚なきまでに叩きのめされ、膨大な犠牲者を出し、肥沃な大地を焦土にされてしまうわけだが、ロシアとウクライナ両国以外の国にとってロシアの勝利はそれほど大きな意味はない。プーチンがこの戦争に勝利した場合、あるいは勝利したと感じた場合、彼は次に何をするのだろうか。
ロシアは何もしないと予測する軍事専門家も少なくない。彼らは、ウクライナはあくまで特殊なケースであると考えている。ロシアが帝国を復活させようと考えると、歴史的にも地理的にもウクライナは欠かせないピースであるからである。この推測が正しいか否かは誰にもわからない。「クレムリンは、NATO の軍事力をあらゆる側面から分析している。」とマシコは言った。「プーチンは、直接対決では勝ち目はないと認識しているはずである。というのは、ロシア陸軍の一部が壊滅状態であり、また、ロシア空軍もこの戦争では十分な優位性を示せていないからである。しかし、クレムリンは NATO が民主主義国家の集まりで、様々な制約があることや、決して一枚岩ではないことを認識していて、そこにつけ込む隙があると分析しているだろう。プーチンは、ウクライナに勝利することは NATO との代理戦争に勝利することを意味すると考えているだろう。勝利したら、より荒々しくなり、ウクライナを支援した国々を懲らしめようとするだろう。そして、西側諸国の戦争遂行能力を過小評価するだろう。これは非常に危険な状況である。 現在、アメリカはヨーロッパに約 10 万人規模で軍隊を駐留させている。1989 年の 3 倍である。ウクライナ戦争でウクライナが敗北した場合、ロシアはさらなる攻撃行動をとる可能性がある。そうなれば、かつての冷戦時代に逆戻りである。ミアシャイマー、ポーゼン、コーエンは、NATO のソ連に対する防御に関する論文を読み返すこととなるだろう。
実際、冷戦時代の古い理論は現在でも意外と役に立つ。当時も今も、ロシアの指導者は残忍で拡張主義的侵略を行う能力を有している。現在のロシアの指導者はどこまで行動をエスカレートさせるつもりなのだろうか?次は何をするつもりなのだろうか?「思うに、ロシアの一番の問題点は、ロシア経済が構造転換を成し遂げたが、基幹産業が軍需産業になったことにある。」とコフマンは言った。「したがって、ロシア政府はおそらくしばらく軍事力の再構築に注力することになるだろう。戦争でかなりの装備が破壊されたので、戦略的に軍需産業の生産拡大を図るだろう。また、現実的な問題として、軍需産業中心となった産業構造を元の形に戻すのは容易ではないということもある。このことは、ロシアがヨーロッパの安全保障と安寧を脅かす存在に戻るのが、人々が考えているよりも早いかもしれないということを意味する」。
先日、コフマン、リー、マシコの 3 人は、国家安全保障に関するウェブサイト「 War on the Rocks 」に、ウクライナが勝利するための戦略を概説する記事を投稿した。彼らは 3 つが重要だと説いた。維持( Hold:ホールド)、構築( Build:ビルド)、攻撃( Strike:ストライク)である。彼らはウクライナに対し、今後数カ月は前線を維持することに注力し、2024 年に戦力を構築し直し、2025 年に優位な状況になったところで攻撃を仕掛けるよう促している。そうした考え方は、ザルジニーが過去数カ月にわたって提唱してきたものと大きく違わない。「攻撃を仕掛けても撃退されそうならば、攻勢に出るべきではない。」とコフマンは言った。「これは旧来の戦争とは全く違うのである。もしそうなら、戦争はあっという間に終わっていたはずである」。彼は第二次世界大戦の例を挙げて続けた。「有名なスターリンの 10 の打撃( Stalin’s ten blows )を参考にすべきである。1944 年にソビエト軍が成功させた 10 回のドイツに対する戦略的攻撃である。その内のいくつかはウクライナ領内で行われたものである」。しかし、実際にソビエト軍が攻撃した回数は 10 回どころではなかったとコフマンは指摘する。「失敗した攻撃がカウントされていないだけである。」と彼は指摘する。昨年の夏は、ウクライナ軍がロシア軍から領土を奪い返す絶好の機会であった。コフマンは、そうした機会が再び訪れるはずだと主張する。
オリカ−は、この戦争を終わらせる方法を模索し続けている。今すぐに終わらせる方法は存在しないと認識している。彼女は、反転攻勢に失敗し、寒く長い冬を迎え、欧米の支援を十分に受けられていないウクライナが非常に困難な局面に直面していると認識している。「現在と違い、2022 年の春から夏に苦境に陥っていたのはロシア軍だった。」とオリカーは言った。「実際の戦争ではこうしたことがしばしば発生する。この戦争は長引く可能性がある。であるならば、まだ何回も戦況が変化することを認識しなければならない」。 ♦
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