新型コロナの次に発生する人獣共通感染症の予測は可能か?無理無理!動物種は無限で、ウイルスは変異し続けるから

Annals of Medicine

Can We Predict Which Viruses Will Spread from Animals to Humans?
動物から人間に感染するウイルスを予測することは可能か?

COVID, monkeypox, Ebola, and SARS all originated in animals. Some researchers think we can predict what’s next, while others believe it’s an impossible task.
新型コロナ、サル痘、エボラ出血熱、SARS はいずれも動物が媒介して人間に感染が広がりました。次に動物から人間に感染するウイルスを予測できると考える研究者もいれば、それは不可能だと考える研究者もいます。

By Matthew Hutson September 2, 2022

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 自然界は疫病の宝庫です。動物たちの間では、常に数え切れないほどのウイルスが蔓延しています。そして、その内のいくつかは、種の壁を越えて、人間に感染し、疫病を引き起こします。生物学では、このような現象を “zoonotic spillover”(人獣共通感染症)と呼びます。そうした人獣共通感染症がどのくらいの頻度で発生するかは誰にも予測できません。おそらく、自然界に存在している無数のウイルスが常に人間に襲い掛かろうとしているのを、人間に備わっている免疫システムが駆逐しているのだと推測されます。しかし、その免疫システムが上手く機能せず、ウイルスが人間の体内で増殖してしまうことも時にはあります。現在、世界中のさまざまな国でサル痘感染者が発生しています。それは、天然痘がいくぶん軽度になった症状のようです。新型コロナウイルスと同じように、サル痘のウイルスは元々は動物だけが感染していたのですが、人間にも感染するようになったものです。サル痘は、1958年に初めてサルで感染が確認され、1970年に1人の少年が感染しているのが確認されました。近年、動物から人間に感染が広まったウイルスは他にもあります。エボラ出血熱(Ebola)、インフルエンザ(flu)、ラッサ病(Lassa)、マールブルグ病(Marburg)、中東呼吸器症候群(MERS)、ニパウイルス感染症(Nipah)、重症急性呼吸器症候群(SARS)、ジカ熱(Zika)などです。

 スミソニアン・グローバル・ヘルス・プログラム(Smithsonian Global Health Program)でかつて研究を主導していた51歳の獣医で野生動物の研究をしているドーン・ジマーマン(Dawn Zimmerman)は、ケニアのトゥルカナ郡で人獣共通感染症ウイルスに関する研究を長年続けてきました。2017年に、彼女は北西部のノーマンズランド(No Man’s Land)と呼ばれる地域を訪れました。その地名が付いたのは、「誰も所有していない土地だからです。多くの人たちが常にその土地をめぐって争ってきました。」と、彼女は私に教えてくれました。彼女がその地を訪れる時には、いつも彼女の研究チームは早朝に集まってから向かっていました。時には武装した警備員を伴って茂みの中を車で走ることもありました。前日の夜に仕掛けたげっ歯類捕獲用の罠をチェックし、捕まえた動物の口腔や直腸の組織を綿棒で擦って採取します。また、ときにはヒヒの群れを追跡し、その糞を採取して調査したり、標本を作ったりしました。時には、ヒヒを捕らえるために罠を仕掛けることもあります。紐で縛られたトウモロコシの穂が引かれると閉まる檻を使って、標本を充実させていました。また、夕方になると川岸でかすみ網を張って、暗くなると出てくるコウモリを捕獲しました。

 ジマーマンの研究チームは、ラクダからサンプルを採取することもありました。家畜はウイルスの温床になりやすいことが知られているからです。とある町にエスター(Ester)という家畜の飼育を任されている女性がいました。エスターの家でお茶を飲んだ後、ジマーマンの研究チームは、お礼に薬を持って外に出て飼育されている家畜の様子を見てみることにしました。すると家畜の持ち主である男性がAK-47に似た銃をジマーマンらに向けてきました。おそらく、家畜泥棒にでも間違えられたのでしょう。ジマーマンによれば、エスターが「止めて!」と大声で叫んだので、何とか撃たれずに済んだそうです。ジマーマンらは、サンプル採取のために河を渡らなければならない時がありました。それで、河の近くにいた人たちに「この河にはワニはいるか?」と聞いたところ、「いやいや、ここのワニは完全に狩り尽くされたから問題ない。」と言われたそうです。それで、ジマーマンらは胸まで水に浸かった状態で川を渡ったそうです。その日の晩、コウモリを捕らえるためのかすみ網を張っていると、水中に2対のワニの目が光っているのが見えたそうです。

 ジマーマンのような研究者がサンプルの採取を行う際には、N95レスピレーターマスクとゴム長靴とゴム手袋とデュポン社製タイベックスーツ(Tyvek suits)を着用します。かなりの重装備ですので、夏に着るとかなり暑くなります。ジマーマンの研究チームは、冷凍窒素の入ったコンテナを携行し、そこにサンプルを入れて凍結した状態で研究室に送ります。研究室では、ウイルスの検査やふるい分けが行われます。それで、ウイルスの遺伝子の配列を特定して、既知のウイルスであるか新奇のウイルスであるか判断されます。新奇のウイルスであると判明した場合には、さらに別の研究室に送られ詳細な調査が為されて、そのウイルスが、人間に与えるリスクを予測するための分析が行われます。ジマーマンの研究チームのデータは、米国国際開発庁(USAID)が運営する新興感染症の予測・予防・抑制を目的としたプログラムの”PREDICT”に数年にわたって提供されました。2009年から2020年の間に、PREDICTは、約30カ国から送られた16万匹の動物のサンプルや人のサンプルの分析を行いました。その結果、新種のウイルスが1,000個ほど発見されました。そのプログラムは、DEEP-VZN(Discovery & Exploration of Emerging Pathogens—Viral Zoonoses)というUSAIDが5年間で1億2,500万ドルを投じたプログラムに引き継がれました。世界中の動物から新種のウイルスを発見するプログラムです。特にコロナウイルス科、フィロウイルス科、パラミクソウイルス科の3つのウイルス科に焦点を当てています。近年、世間を騒がせたウイルスは、それらの中に含まれています。SARS-CoV-2ウイルスはコロナウイルス科、エボラウイルスはフィロウイルス科、麻しんウイルスはパラミクソウイルス科です。また、USAIDは、ウイルスの分析から得られた知識に基づいて、動物から人間への感染を防ぐことを目的としたSTOP Spilloverという取り組みも開始しています。1億ドルの資金が投じられています。PREDICTプログラムを主導した感染症専門医のデニス・キャロルは私に言いました、「人獣共通感染症の流行は、今世紀を特徴づけるものです。」と。現在、キャロルは、PREDICTのプログラムの一部を継承したGlobal Virome Project(GVP)というプログラムを主導しています。

 このような取り組みには莫大な資金が投入されています。どのようなウイルスがどこに存在していて、それがどのように人間に影響を及ぼすのかを理解することによって、動物のウイルスが人間に広まるのを食い止め、万が一そうした事態が発生してもより効果的に対応することができると考えられているから、大金が投じられているのです。このような取り組みに大金が投じられていることは、スピルオーバー(人獣共通感染症)がいつ発生するか分からないという懸念が反映しているのだと考えられます。スピルオーバー(人獣共通感染症)は、時限爆弾のようなもので、発生しても直ぐに見つけられれば無事に解除できるかもしれません。しかし、感染症研究者の中には、スピルオーバー(人獣共通感染症)の予測に費やされた資金は無駄でしかないと考える者もいるようです。そう考えている研究者たちは、スピルオーバー(人獣共通感染症)はいつ起こるか分からないし、それを予測することは現在の科学では不可能であると主張しています。彼らは、雪崩の発生を正確に予測するのと同様に、スピルオーバー(人獣共通感染症)についてもいつどこで何がということを予測するのは不可能であると考えています。雪崩については、斜面のどこかで小さな亀裂が入り、それが雪だるま式に広がって巨大なものになるというメカニズムが分かっていますし、どの地域で、どういった条件の時に起こりやすいということも分かっています。しかし、いつ、どこで雪崩が起こるかを正確に予測することはできないのです。雪崩が複雑な力学的なプロセスや気象学的なプロセスの積み重ねによって発生するように、スピルオーバー(人獣共通感染症)が起こって感染拡大するのは諸条件が積み重なった時だけです。ウイルスの性質だけでなく、社会の体制、経済状況、交易状況などさまざまな事項が影響するのです。スピルオーバー(人獣共通感染症)が発生するのを予測するのは、これまでも不可能でしたが、今後もできそうにありません。

 そうであるならば、野生動物の調査をする代わりに、実際にスピルオーバー(人獣共通感染症)が発生して感染者が出る場合に備えて、直ぐに検知できる体制を構築することの方が重要ではないでしょうか。ラトガース大学(Rutgers University)の微生物学者で感染症を専門に研究しているチャード・エブライト(Richard Ebright)は、野生動物を研究してスピルオーバー(人獣共通感染症)の発生を予測する手法を批判する者のなかで最も有名です。彼は、野生動物のモニタリングをすることは、かえってスピルオーバー(人獣共通感染症)の発生リスクを高めていると主張しています。彼は私に言いました「SARS-CoV-2が人間に感染するようになったのは、PREDICTのプロジェクトの活動の影響であると推測されます。その可能性が排除できないのです。つまり、野生のコウモリを捕まえたり、その排泄物を採集したり、研究室でコウモリやコウモリの排泄物やウイルスの評価・分析をしたことで、スピルオーバー(人獣共通感染症)が発生したとしか思えないのです。」と。PREDICTプロジェクトの一部がGlobal Virome Project(GVP)というプロジェクトに引き継がれて、より充実した調査が行われるようになるわけですが、彼は、「もともと膨大な費用をかけたのに成果が出ていなかったプロジェクトを拡大するわけですから、はっきり言って狂気の沙汰です。投じられる研究資金が無駄になるだけでしょう。」と、言いました。