新型コロナの次に発生する人獣共通感染症の予測は可能か?無理無理!動物種は無限で、ウイルスは変異し続けるから

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 確実に言えることは、いずれ次のウイルスによるパンデミックが起こるということです。常に新奇のウイルスによるパンデミックの可能性が無くなることはありません。キャロルは言いました、「基本的に人口密度が高くなった結果、スピルオーバーが発生するようになったのです。現在、地球上には80億人が暮らしています。こんなに人が住んでいたことは無かったのです。20世紀に人間はあらゆる場所に足を踏み入れるようになったことが原因なのです。」と。MERSの研究をしているエプスタインは言いました、「スピルオーバーの原因は人間にあるのです。ですので、人間の活動に注目すべきなのです。スピルオーバー(人獣共通感染症)が引き起こされたのは、ウイルスを運ぶのは野生動物のせいではなく、むしろ、野生動物と接触する機会を増やしている人間のせいなのです。」と。雪崩に巻き込まれる人がいるのは、自然の奥深くにまで人間が行くようになったことが原因なのと同じです。

 2018年にPREDICTは “Living Safely with Bats “という絵本を多言語で発行しました。その絵本は、読者を啓蒙する内容で、動物やその排泄物との接触を避けること、食べ物や水に蓋をすること、家の壁や屋根の穴を塞ぐことなどを推奨していました。アジア版では洞窟での身の処し方やコウモリのグアノ(guano:ふんが多年にわたって堆積硬化したもの)を肥料として使用する際の注意点を記した章が追加されていました。ジマーマンは、ケニアで講演等を実施し、地域のリーダーたちや医療関係者等に野生動物等と接する際の危険性について啓蒙活動を行いました。彼女は診療所等で医療物資や薬瓶等にコウモリの糞が付着しているのをしばしば目にしたようです。しかし、多くの専門家がコウモリを殺さないように呼びかけています。というのは、生態系の中で重要な役割を担っているということがあるからです。コウモリは植物を受粉させ、種子を運搬しますし、病気を媒介する昆虫を捕食したりしています。ですので、コウモリを殺すことはある種のリスクを高めてしまうと考えられています。2007年、ウガンダ南部のキタカ鉱山で4人の鉱夫がマールブルグ病にかかり、1人が死亡しました。この鉱山には約10万匹のコウモリが生息していたのですが、鉱山運営会社はコウモリをほぼすべて殺して、入り口を木の棒やプラスチック等で塞ぎました。しかし、鉱山が再び開かれた後にコウモリの数は急回復し、マールブルグ病の感染率は以前の2倍以上になってしまいました。それからしばらくして、鉱山から12マイル(19.2キロ)離れたイバンダ(Ibanda)という町でウガンダ史上最悪のマールブルク病の感染が確認されました。15人の感染者が確認されました。15人から検出されたウイルスは、いずれもキタカ鉱山で検出されたマールブルクウイルスと遺伝的に同一のものでした。鉱山運営会社の努力が裏目に出た形でした。

 スピルオーバー(人獣共通感染症)の発生を防ぐために動物との接触を避けるべきだということは理解できるのですが、そうしたくてもできない人たちが世界にはたくさんいるというのも事実です。例えば、ケニアは長期にわたって干ばつが続いています。数年前にジマーマンはケニアを旅したのですが、道端で子牛が餓死しているのを散見しました。また牛を失った1人の農夫がいて、その農夫が悲観のあまり家族を殺して自らも命を絶ったという話も耳にしていました。彼女は言いました、「悲惨な光景でした。絶望感しかありませんでした。干ばつで農夫たちは食べるものが何もないんです。ですから、野生のヒヒを殺して食べていました。」と。そうした問題を解決する手段は、彼女の提案によれば、家畜保険かもしれません。バングラは、シエラレオネの人々にブッシュミート(bushmeat:狩猟された野生動物の肉)を食べないように呼び掛けていますが、「他に選択肢が無い」人が多いそうです。そこで、彼はシエラレオネ政府に養鶏や家畜の飼育を促進するためアドバイスをするようになりました。また、彼は、洞窟にしか水源がない村人には、新しい水源を探すように勧めたりしています。ホットスポットを知ることは、このような取り組みをする上でとても重要です。というのは、ホットスポットマップは、どういった支援がどういった場所で必要かということも示しているからです。

 野生動物が取引されているマーケットが存在しているわけですが、それはスピルオーバー(人獣共通感染症)を発生させる元凶であると指摘されています。PREDICTの研究チームを率いているトレーシー・ゴールドスタイン(Tracey Goldstein,)は言いました、「私は世界中の様々な場所で、そうしたマーケットがあるのを見てきました。どこも衛生的な場所ではありませんでした。生きている動物も死んだ動物も、野生動物も家畜も、あらゆる動物が本当に狭い空間で扱われていました。扱われている動物は、決して良い環境ではありませんので、強いストレスを感じていたでしょう。おそらくウイルスもばら撒いていたでしょう… … そして、異なる動物の檻が幾重にも積まれていましたので、糞尿が上の檻から下に流れ落ちていました。それを出入りしている人たちが触っていました… … 手洗いや清潔をすべきなのですが、水道等も無く手をつかれれない状況でした。」と。2020年2月、中国は野生生物の取引を禁止しました。しかし、「野生生物の取引自体を無くすことはできない。」とゴールドスタインは言います。彼女は、いきなり取引を禁止するのではなく、段階的に事態を改善していくことを目指す政策を実施すべきであると主張しています。「まずは、生きている動物と死んでいる動物を同じ空間で扱わない方法を考えるべきです。野生動物と家畜も分けて管理すべきです。手を洗ったり、檻を洗ったりする場所や手段も確保すべきです。完璧でなくても、動物を扱う場所でウイルス等の感染が広がるリスクを低減させるために、できることから実施すべきです。そうでなければ、このような動物を扱う場所からスピルオーバー(人獣共通感染症)が発生するようなことが起こり続けるでしょう。」と。スピルオーバー(人獣共通感染症)を予防する取り組みでは、そうした対策を地道に進めることも重要です。感染症研究者が、特定の動物種がスピルオーバーを引き起こす可能性が高いとか、特定の時期や場所でリスクが高いと予測することがあります。そうした予測が必ずしも正しいわけではないのですが、そうした取り組みを積み上げていることは実効性があります。

 エプスタインが言っていたのですが、スピルオーバー(人獣共通感染症)が発生しやすくなった最大の要因は、土地の利用形態の変化だそうです。特に森林破壊、農地化、都市化が進んでいることが問題だそうです。スミソニアン・グローバル・ヘルス・プログラム(Smithsonian’s Global Health Program)の疫学者で獣医師のジェームズ・ハッセル(James Hassell)は、それ以外の要因として、採掘、人々の移動、ブッシュミート売買を挙げています。彼の指摘によれば、東アフリカでは、急速に都市化が進行し、人間と家畜とペットと野生動物がお互いに接触する機会が増大しており、坩堝(るつぼ)のようになっているそうです。私がハッセルから聞いたところによれば、彼はロンドン郊外で育ち、疫学者として研究を始めた頃に、「熱帯地方の都市近郊に生息している野生動物のあまりの多様さに驚かされた」そうです。彼は、ある大都市を流れる川沿いの洞窟を訪れた時のことを明確に覚えているそうです。スラム街からの下水が洞窟に流れ込み、洞窟内にはコウモリがひしめき合っていたそうです。彼は感慨深げに言いました、「あれは、私が見てきた中で最悪の環境でした。さまざまなウイルス、さまざまな動物がひしめき合っていて、感染症を伝播させるのには最適な環境でした。」と。ハッセルは、私にその洞窟の場所を明記しないで欲しいと言いました。というのは、そんなことをすると、その場所を知った保健衛生当局が、その洞窟を封鎖してしまい、そこに棲息していたコウモリが近隣の人家をねぐらにせざるを得なくなってしまうからです。