新型コロナの次に発生する人獣共通感染症の予測は可能か?無理無理!動物種は無限で、ウイルスは変異し続けるから

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 ジマーマンは、自然界では、「ものごとを総合的に見て判断する必要がある。」と言っていました。多くの研究者が、人間、動物、生態系の3つの健康を、1つのものとみなし、守っていくことを訴える「ワンヘルス」の視点が重要であると口にしています。赤身の肉をあまり食べないとか、プラスチックの使用量を減らすとか、農薬に頼らないなど、自分ができることをすることが重要であると彼女は指摘していました。実際、そうしたことは誰でも直ぐに実行することができます。パンデミックの防止や対処について考える時にも、同じような視点を持つことができるかもしれません。やはり、パンデミックの防止についても、できるところから手を付けていくしかないのです。現在、ジマーマンはイェール大学で疫学について教えているわけですが、新型コロナのパンデミックが発生した頃には、もっぱら自宅でリモートワークをしていました。自宅で、将来の渡航のための助成金申請書を作成し、PREDICTプロジェクトのケニア側の責任者のジョセフ・カマウ(Joseph Kamau)と電話で連絡を取っていました。彼女は、マカウの研究室の研究者や技術者の教育訓練を支援し、その研究室は後に新型コロナの検査センターとなりました。彼女は言いました、「これも何かのめぐり合わせですかね。現在の新型コロナのパンデミック禍において、彼は自らの知見と専門知識を生かして活躍しています。彼は、ケニアでは『ワンヘルス』の権威として知られています。」と。

 野生生物を監視し研究しても、次に流行しそうなウイルスを特定することはできないかもしれませんし、適切な予防策も分からないままかもしれません。ラトガース大学の生物学者であるエルブライトを始めとして多くの研究者が主張しているのは、たくさんのウイルスを研究しても、危険なウイルスが研究室に持ち込まれ、野生生物の持っているウイルスが人間に伝播するリスクを高めるだけであるし、悪意のある者が利用するかも知れないウイルスに関する出版物が増えるだけであるということです。それは、おそらく事実だと思われます。しかし、だからといって、野生生物の研究を続けることは無駄ではないし、誤った行動でもありません。世界中で野生生物に関してサンプル採取されたものが増えることは、多くの研究者にとって有用なことです。広域スペクトル薬(broad-spectrum drug)や単一のウイルスだけでなく性質の似ているウイルス群を標的とするワクチンを開発する際に役立つと思われます。それらは、将来のパンデミック対策の核心となる可能性もあります。UCデイビス校のゴールドスタインによれば、多くの製薬企業が現在ボンバル・エボラウイルス(シエラレオネ北部ボンバリ地域でPREDICTの研究チームが発見した)にエボラウイルスの治療薬が使えないか研究しているそうです。また、米疾病対策センター(Centers for Disease Control and Prevention)で感染症研究の権威であるジョナサン・タウナー(Jonathan Towner)が主張しているのですが、過去に大流行したウイルスが潜在的脅威のデータベースに既に登録されていれば、その発生源をより容易に追跡することができるのです。一方、PREDICTやGVPやエコヘルスアライアンス(EcoHealth Alliance)等がさまざまな取り組みを続けているわけですが、その中には途上国の保健衛生当局を支援する活動も含まれています。そのおかげで途上国でも野生生物や家畜の間で新種のウイルスが広まっても早期に検知できるようになりつつあります。スピルオーバー(人獣共通感染症)を予測したり食い止めたりする試みが失敗してたとしても、少なくとも、最新の科学がいかに無力であり、スピルオーバー(人獣共通感染症)を予測することなど不可能であるということは認識できるようになります。残念ながら、感染は瞬く間に広まってしまうでしょう。しかし、知識の限界を知ることは、非常に大事なことです。

 キャロルは言いました、「ホットスポットマップを作ることによって、スピルオーバー(人獣共通感染症)がどこで発生するかについて、より優れた予測ができるようになりました。そして、そのマップでスピルオーバーが発生しそうであると示されたエリアで、どのように行動すべきで、どういった対策が必要であるかということを提言することもできます。そして、そのような行動や対策を実際に行わせて、必要に応じて行動制限も必要になるかもしれませんが、リスクを下げることができます。」と。とはいえ、いつスピルオーバーが発生するのかは分からないので、彼は楽観主義を封印しています。彼は言いました、「どのウイルスが次のパンデミックの原因になるかを突き止めようとする研究は、そもそも無理なことですし、愚かな行為だと認識しています。候補となるウイルスが無限にあるわけですから。」と。ジマーマンが野生のヒヒを調べて新しいウイルスを見つけ、調べた結果としてその危険性が判明し、人間への感染が広がる前にワクチンが開発される、あるいは、ヒヒを集団隔離するなんてことはできるのでしょうか。そんなことができれば良いのですが、現実的には、そんなことは起こり得ないのです。ジマーマンは、地震になぞらえて次のように提案していました、「私は南カリフォルニアのサンアンドレアス断層のそばで育ちました。私の母は、トランクにいっぱいの水と食料をいれて万が一の時に備えていました。いつ地震が来てもおかしくないと認識していたからです。万が一の時に備えて準備することと訓練するのが大事なのです。地震がいつ発生するかなんてわからないのです。スピルオーバー(人獣共通感染症)だって同じです。そのための準備や訓練は必要です。それが発生するのは時間の問題です。でも、いつ発生するのかはわからないのです。」と。 ♦

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