中国の治安維持費は国防費より多い!奇妙な反体制派監視プログラム

3.中国の指導者にとって喫緊の課題は不正腐敗

中国の公安当局には、さまざまな面が見られます。厳しい面もあれば、寛容な面、陰湿な面、間抜けな面もあります。2008年にはそうした特質を確認することが出来ました。それは、兄が約10年の懲役刑を終えた後のことでした。何人かの警察官が割り当てられ、3か月間毎日兄を監視しました。彼らは揃いも揃って礼儀正しく、親切でした。兄のために買物時の値引き交渉をしたり、重い荷物を運んでくれました。ある暑い日の午後には、兄のマンションにエアコンを設置するのを手伝ってくれました。彼らはどこでも兄を追いかけるので、私は冗談めかして、兄をパトカーに乗せたら良いのではないかと提案しました。そうすれば、費用が削減できますし、二酸化炭素の発生も少なく出来るからです。彼らは喜んで私の提案を受け入れました。一度なんか、私も兄に同行した際でしたが、私はパトカーの助手席に座って膝の上に娘を抱えていました。また、兄が友達と食事に出かけた時には、警官(通常通り2人1組でした)は同じレストランの隅の席に座って、一応兄を観察しながら、普通に食事をしていました。警官たちは、兄のことを親しみを込めて「大兄(ビッグ・ブラザー)」と呼び始めていました。ビッグ・ブラザーといえばジョージ・オーウェルの小説が有名ですが、兄は笑いながら教えてくれましたが、彼らは決してそれを読んだことなど無いでしょう。彼らは、言われた通りに仕事をしているだけです。いつでも指示があれば、兄を刑務所に連れていくことが出来ます。
 「bei lüyou(旅行させられる)」で、Zha Jianguo(查建国)が旅行に連れていかれる際には、もっと奇妙な状態になりました。旅行中は、兄の監視には3人の警官が割り当てられましたが、まるで兄の秘書のように見えました。彼らは、飛行機や鉄道の手配をし、観光施設で入場券を購入したり、ホテルではチェックイン、チェックアウトをし、荷物を運び、各地で兄の写真を撮りました。彼らは食事の際には、せっせと世話をし、兄の皿に肉や野菜を積み上げたりスープのおかわりをついだりしました。時々、彼らは旅行代理店を通して旅行を予約することがありましたが、その時には全く普通の観光客の一団と同じように行動しました。男性ばかりの4人組でしたから、好奇の目で見られたり、どんな関係なのか疑問に思われることもありました。ですので、「ええと、こちらの方がお父さまで他の方は息子さんですね?」とか、「皆さん、同じ会社の方ですか?」とか、兄を指さして「こちらの方が上司ですか?」とか聞かれたりしました。
 もちろん、彼らの本当の上司はZha Jianguo(查建国)ではありません。最高位の上司は国家安全保障委員会議長も務める習近平でした。習近平が中国の最高指導者になってから、特に習近平が国家主席の任期撤廃をするために憲法を改正した以降で顕著になっていますが、国政の場における毛沢東主義が復活し、習近平主席への個人崇拝は前例のないレベルになりました。しかし、その2人のリーダーは、著しく政治スタイルが異なっています。コロンビア大学の中国研究の大家アンドリュー・J・ネイサンが分かりやすく例えて次のように言っていました、「毛沢東は混乱時のリーダーで、習近平は平穏時のリーダーである。」と。確かに、毛沢東は時々、中国の古典的小説(西遊記)の主人公孫悟空を想起させるようなことを言っていました。彼の有名な詩があります。それは、「金猿将が巨大な棍棒を激しく振った。そして、大気の塵は全て取り除かれ翡翠のように青い空が広がった。」というものでした。現実の世界の毛沢東も、金猿将のように邪魔なものは徹底的に取り除けるだけの力を有していました。特に、政治犯には容赦ない態度を示していました。毛沢東時代には、反体制派に対する嫌悪は広くて深いものでした。反体制派は「人民の敵」と見なされていました。
 習近平は明らかに毛沢東の政治的手法をさまざまな面でそのまま取り入れています。しかし、今の中国は毛沢東時代とは大きく異なっています。反体制派に対する態度は、毛沢東時代から大きく変化し、かなり寛大になっています。習近平が崇拝を集め誰からも好かれるようにと、国営メディアは彼のことを親しみやすく感じさせる敬称「習大大(習おじさん)」を流行らせようとしました。「大大」というのは地方で方言で父親や叔父を親しみを込めて呼ぶ際の語です。しかし、一方で「包子(豚まん)」や「熊のプーさん」など、腹の出張った指導者を揶揄するようなあだ名も流布しています。そうした語は公式に禁止されているにもかかわらず、ネット上に間抜けで太った皇帝を辱めるような風刺が完全に無くなることはありません。対照的ですが、毛沢東時代には、そのようなことをするのは死を意味しました。
 共産党の党員数は膨れ上がり、現在では8900万人を超えています。それに連れて、不正腐敗に手を染める党幹部の数も増え続けています。それに対して、「小粉紅(リトル・ピンク)」と呼ばれる自発的なネット上の愛国集団は、ヒステリックに批判をしています。しかし、多くの若者が職に就く機会や物質的な利益を得るため共産党員になっています。習近平はすべてのレベルにおいて綱紀粛正するよう指示をしました。しかし、そうした指示の効果はおそらくあまり大きくないでしょう。普通の人は、テレビで繰り返し流され、街中で看板に記されている共産党の宣伝文を目にしても全く何も感じないでしょう。習近平の掲げる腐敗防止運動と強国化路線は人々の支持を得られる可能性が無いわけではありません。しかし、それらを支持する者たちは、誰もが実質的な利益を優先する現在の世の中では、絶滅危惧種と言えます。
 清華大学社会学部教授のSun Liping(孙立平)はかつて、非常に多くの人が目にしているブログで、中国が直面している最大の危険は、人民の反乱や社会情勢の不安定化ではなく、共産党内部に巣食っている腐敗であると主張していました。彼は共産党一党独裁下の現在の中国の問題点を列挙しました。誰も検証することなく続けられている共産党による独りよがりな改革、既得権益集団による現状維持のための改革妨害、社会的信頼の欠如などです。もし彼の言説が正しいのであれば、現在の中国の指導者にとって最も喫緊の課題は、治安維持ではなく、不正腐敗と、国民の無関心です。彼は、そうした課題が解決されるのは非常に難しいと見ています。なぜならば、不正腐敗という病気が国全体に広がっていると思っているからです。