「原稿が終わらないと帰れないカフェ」というコンセプトが斬新!高円寺の原稿執筆カフェってどんなところ?

Tokyo Postcard January 2 & 9, 2023 Issue

Coffee, with a Side of Deadline Hectoring
締切を守るよう責めるカフェって良くない?

The Manuscript Writing Café, in Tokyo, admits only workers facing a deadline, who can order occasional polite check-ins or an employee looming silently over them.
東京の原稿執筆カフェでは、締め切りに直面している者だけが利用できます。優しいコースを選ぶこともできますが、ハードなコースを選ぶと従業員から無言の圧力をかけられます。

By Ann Tashi Slater December 26, 2022

 先日、雨の降る日に東京近郊のヒップな高円寺の街で川井拓也氏は1人のお客さまを出迎えました。そのお客さまは女子大学生で、調査研究のために1人のカメルーン難民の取材記事を翻訳しているところでした。川井氏は、これまでにない新しいタイプのコワーキングスペースを経営しています。仕事等を後回しにしたくない人に特化したコワーキングスペースです。そこは2022年の4月にオープンしたのですが、その際に川井氏は「私ども、原稿執筆カフェ(Manuscript Writing Café)は、締め切りに追われていない人はご利用jになれません!当カフェの緊張感を保つため、ご理解とご協力をお願いします。」とツイートしていました。料金は30分あたり240円(約1.82ドル)で、利用者はコース(利用時間)を選べます。

 川井氏は50代の愛想のいい男性で、以前は広告業界で働いていました。ビルケンシュトックのサンダルを履き、ジーンズと金魚柄のシャツに青いマスクという出で立ちでした。彼は、先ほどの女子大学生に利用規約が記された受付用紙を渡しました。このカフェには、ルールがいくつかあります。そのルールが記されたポスターがいくつかの窓に貼られていて、全ての席(全部で9席)にはルールを記したカードがラミネートして貼られています。来店時に目標を言わなければならないというルールがあります。そうすると、1時間ごとに店員が進捗をチェックしてくれます。また、目標を達成するまでは店を去ることができないとか、お酒は目標が達成された後でないと提供されない等々のルールがあります。

 川井氏によれば、このカフェは少年時代に読んだ宮沢賢治の短編小説「注文の多い料理店(The Restaurant of Many Orders:1924年刊)」から着想を得たものだそうです。この小説に登場するレストランには、客に様々な行動を要求する注意書きがたくさん掲げられています。彼は、言いました「原稿執筆カフェが定めているルールは、誰もが守らなくてはなりません。ここは真剣に取り組む人のための場所なのです。」と。

 先ほどの女子大学生は、受付用紙に目標を書いていました。「2時間で15ページ 」と書いてありました。その用紙の末尾で、利用者は進捗状況の確認方法を選択しなければなりません。「マイルド(mild)」「ノーマル(normal)」「ハード(hard)」のいずれかを選びます。「マイルド」にチェックを入れると、会計時に川井氏から「今日の目標は達成できましたか?」と尋ねられます。「ノーマル」では、1時間ごとに言葉をかけて励ましてもらえます。「頑張りましたね!」とか「その調子!」といった声を掛けられます。「ハード」では、より頻繁にチェックされます。川井氏が利用者の椅子の後ろに立って監視することもあります。時には川井氏が”まっちゃ”という名のチウィーニー(チワワとダックスフンドのミックス犬)を抱きかかえたままのこともあります。川井氏はそれを「サイレント・プレッシャー」と名付けていました。

「ハードでお願いします。」と先ほどの女子大学生は言いました。

「分かりました。頑張ってね。」と、彼は彼女に言いました。また、たとえ必要でなくても、お手洗いに行くのもお勧めであると伝えていました。そこの装飾もちょっと凝ったものだったからです。

 2019年以降、川井氏はこのカフェを開いた場所でさまざまな事業を試みました。コーヒーとタバコを嗜むカフェ、動画編集カフェ、経費精算カフェなどを試しましたが、新型コロナの影響もあり、なかなか軌道に乗りませんでした。彼はスローモーションでバットを振るふりをしながら言いました、「原稿執筆カフェは私にとって4打席目みたいなものです。」と。原稿執筆カフェは、宮沢賢治の小説だけでなく、山の上ホテルからも着想を得たものです。山の上ホテルは、かつて三島由紀夫やノーベル賞作家の川端康成が編集者に監禁されながら原稿を書き上げたホテルです。川井氏は、このカフェを自宅やオフィスとは別の第三の空間(third space)にしてもらいたいと考えています。そして、このカフェは瞬く間に評判となりました。

 カフェの外は交通量が多くて騒がしく、通りを隔てた中央線の高架の上を電車が通る度にガタゴトと音がするわけですが、カフェに居たお客さまはいずれもそれぞれの課題に真剣に取り組んでいました。ときどき、フリードリンクコーナーでドリップコーヒーを入れて休憩する人もいました。お手洗いでは、J-WAVEの放送が流れていて、鏡の付近の棚には年代物のウォークマンやテープレコーダーやiPodや古いダイヤル式電話やぬいぐるみなどが並べられていました。このお手洗いには、川井氏の利用者にリフレッシュしてもらいたいという思いが込められています。

 フリードリンクコーナーの付近を掃除した後、川井氏はキャンディーやスナック菓子の載ったトレーからお菓子を出してお客さまに配りました。それは、飛行機の客室乗務員のサービスを参考にしたものだそうです。彼は言いました、「私はお客さまのパソコン等のスクリーンを見て、進捗状況を確認するふりをします。でも、機密事項を扱っている人もいますので、実際には見ていません。」と。

 先ほどの女子大学生は、最後のチェックをする時間をむかえました。彼女は13ページも書き進んでいました。「よく頑張りました!」と、川井氏は言いました。彼女は、チェックされるまでに目標を達成していました。川井氏は、彼女に完了シールを手渡しました。

 川井氏は、このカフェが利用する人にとって魅力的なのは、日本の受験生が通う塾や予備校に似ているからだと言っていました。川井氏は言いました、「自分の弱さを克服するためには、このような雰囲気が必要なのです。」と。彼が教えてくれたのですが、このカフェが非常に注目された理由の1つに、彼が禅僧のような人物だと思われたことがあるそうです。彼の風貌を見ると、空想にふけっていると棒で叩きそうな雰囲気を少しだけ醸し出しています。彼は言いました、「でも、私は決して叩いたりしませんよ。さすがに、それは無いですね。」と。♦

以上