配偶者間レイプ裁判が突きつけた、“同意”の機能不全

配偶者間レイプ裁判「 Oregon v. Rideout 」から、同意概念の限界、性暴力を生む社会構造、フェミニズムの議論、#MeToo後の課題まで。単なる「同意」では救えない現実を多角的に検証する、示唆に富む記事を紹介します。

 本日紹介するのは、 S. C. Cornell による寄稿記事で、タイトルは” How Consent Can—and Cannot—Help Us Have Better Sex “(同意はより良いセックスに役立つのか、それとも役に立たないのか)となっています。スニペットは、” The idea is legally vital, but ultimately unsatisfying. Is there another way forward? “(このアイデアは法的には重要であるが、完全に満足のいくものではない。他に何を解決すべきなのか?)となっていました。

 さて、配偶者間レイプ裁判「Oregon v. Rideout」をご存じですかね?私は知らなかったです。フェミニスト運動等をされている方ならわかるかもしれません。アメリカでは有名な裁判がいくつもあります。ロー対ウェイド裁判(Roe v. Wade)、Marbury v. Madison 裁判、Brown v. Board of Education 裁判、Miranda v. Arizona 裁判、Gideon v. Wainwright 裁判、Obergefell v. Hodges 裁判などです。ロー対ウェイド裁判(Roe v. Wade)は割と有名です。堕胎禁止を違憲とした判決が最終的に確定したと記憶しています。私はかろうじて Obergefell v. Hodges 裁判も知っています。割と最近の裁判で同性婚に関するものですので、知っている方も多いかもしれません。

 日本では、アメリカのように〇〇 VS △△のような裁判名が有名になることはありません。理由は裁判当事者の氏名や企業名をむやみに公表しない、ネット公開の判例では個人名が記号化される、企業名も「X社事件」のように伏せるケースが増えているからだと推測します。アメリカは「訴訟は公的なものだから個人名を出すべき」という文化があるわけで、そこは日本と大きく違う点です。

 話が逸れましたGあ、ちょっと長い記事ですので、記事の要約を以下に記し、その下に和訳全文を掲載します。

要約

  • 1. 歴史的背景と象徴的事件
    • 1978年の配偶者間レイプ裁判「Oregon v. Rideout」が、同意概念を法的基盤へ押し上げる転機となる。
    • しかし被害者は中傷され、加害者は好意的に扱われるなど、司法・社会の偏見が露呈。
  • 2. 同意概念の限界
    • 同意は法的基準として重要だが、「自由かつ知的」な判断が常に可能とは限らない。
    • 若年者、障害者、経済的依存関係、権力格差など、同意が成立しにくい状況が存在。
  • 3. フェミニズムと批判的議論
    • 第二波フェミニストは、同意だけでは力の不均衡を補えないと批判。
    • 過度に「厳格」または「寛容」な同意理解の両方が問題視され、キャンパスの性規範も揺れる。
  • 4. #MeToo以降の現実
    • 性暴力は依然として日常的で、告発者への負担は重い。
    • 刑罰は特定の層に過度に集中し、性暴力の被害も加害も構造的に偏る。
  • 5. 新しい視点:同意を超えた“主体性”
    • ククラらは「良いセックス」には主体性を支える社会的・物的条件(足場)が不可欠と提唱。
    • しかし、根本には経済的・社会的格差が横たわり、同意だけでは女性を救えないと指摘して締めくくられる。

以上、要約でした。以下に和訳全文を掲載します。詳細は和訳全文をご覧ください。