How Consent Can—and Cannot—Help Us Have Better Sex
同意はより良いセックスに役立つのか、それとも役に立たないのか
The idea is legally vital, but ultimately unsatisfying. Is there another way forward?
このアイデアは法的には重要であるが、完全に満足のいくものではない。他に何を解決すべきなのか?
By y S. C. Cornell
1.
1978 年、当時 22 歳のグレタ・ヒバード( Greta Hibbard )は、オレゴン州の田舎に住んでいた。最低賃金の仕事をしつつ、2 歳の娘と夫と暮らしていた。夫は失業中だった。後に彼女が語ったのだが、いつもピーナッツバターサンドイッチを食べていたという。夫のジョン・ライドアウト( John Rideout )とは喧嘩が絶えなかった。時には夫に殴られることもあった。無理やりセックスされることもあった。10 月 10 日の午後、夫に無理やり犯されそうになってヒバードは近所の知人の家に逃げようとした。夫は彼女を追いかけた。近くの公園で追いつき、家まで連れ戻した。家に入ると、夫は顔を何度も殴りつけた。彼女の証言によれば、無理やり彼女はズボンを引きずり下ろされた。この逃走劇の一部始終を見ていた娘は寝室の中に入り父親が母親を犯すのを見て泣き叫んだ。
これが法的にレイプに該当するかもしれないと考えることは、当時はほぼ不可能だった。常識が今とは全く異なるからである。1970 年代半ばまでアメリカ合衆国における性行為の多くは、同意理論( theory of consent )ではなく財産理論( theory of property )によって規制されていた。夫が妻をレイプしても、自分の家に侵入しても逮捕されることはなかったのである。1977 年に初めてオレゴン州などが配偶者間レイプを違法とした。とはいえ、当時は、別居中または離婚手続き中の夫婦にのみ適用されるべきだと考える政治家も少なくなかった。カリフォルニア州のある上院議員は、「妻をレイプできないなら、誰をレイプできるというのか?」と発言していた。まさしくこれが当時の一般的な考え方だったのだろう。
ヒバード自身も、夫とのセックスを拒否する権利があることを知ったばかりだった。ウーマン・クライシス・センター( woman’s crisis center )で、「彼女がノーと言ったら、それはレイプだ」と書かれた壁のポスターを見て認識したばかりであった。前述の出来事があった前夜のことだが、彼女とライドアウトが隣家に住む女性と雑談していたところ、その女性がオレゴン州の新法に言及した。「とても信じられない」とライドアウトは言った。数日後に逮捕された時も、彼は依然として信じていなかった。その後、彼は告発され訴訟となった。これが俗に言う「オレゴン対ライドアウト( Oregon v. Rideout )」訴訟である。それまで、同居する妻をレイプした罪で男性が裁判にかけられたことはアメリカでは一度も無かった。セックスの合法性は合意の有無によって決定されるべきだという考え方が形成される試金石となった。
サラ・ワインマン( Sarah Weinman )は著書「 Without Consent: A Landmark Trial and the Decades-Long Struggle to Make Spousal Rape a Crime 」でこの物語を詳説している。ワインマンは、思想史にトゥルー・クライム・アプローチ( true-crime approach:実際に起きた犯罪や事件を題材に、ドキュメンタリーやジャーナリズムの手法を用いて、事実に基づいて物語として深く掘り下げていく表現・分析方法)をとることで知られている。彼女の以前の著作には、ナショナル・レビュー( National Review )誌の創設者であるウィリアム・F・バックリー・ジュニア( William F. Buckley, Jr. )と親しかった殺人犯や、ウラジーミル・ナボコフ( Vladimir Nabokov )に「ロリータ( Lolita )」を書くインスピレーションを与えたとされる誘拐事件に焦点を当てたものなどがある。彼女の文章は、主題が必ずしも軽いものではないときでも、軽快である。その点は、憤慨すべき出来事で満ちているライドアウトの裁判でもブレていない。弁護人はヒバードの性的な経歴を詳らかにして中傷した。2 度の中絶歴、レズビアン同士での性交経験、そしてライドアウトの異母兄に対する以前の暴行容疑などである。ワインマンによると、ヒバードは被告側からの攻撃を受けて苦境に陥ったという。一方、ライドアウトは好人物に見えた。検察官でさえ好印象を持っていたようである。「彼は刑務所や拘置所に入るべきではないと思う」と検察官は報道陣に語った。ライドアウトが無罪判決を受けた時、法廷は拍手喝采に包まれた。
裁判後すぐにライドアウトと和解したヒバードは、数カ月後に離婚した。しかし、ワインマンはライドアウトを取材し続けた。再び強姦罪で裁判にかけられた 2017 年までずっとである。被害者は、深酒して家具の修理を手伝いに来たライドアウトを渋々ソファで寝かせた知人のシーラ・モクスリー( Sheila Moxley )と、長年付き合ったり別れたりを繰り返していた恋人のテレサ・ハーン( Teresa Hern )だった。2 人とも真夜中にライドアウトに押さえつけられ、挿入された。今回も、弁護側は女性たちを嘘つきで腹黒い淫乱女に仕立て上げようとした。しかし、今回はライドアウトはすべての罪で有罪とされ、最終的に懲役 25 年の刑を宣告された。「最低の男だ」とモクスリーは声明で読み上げた。「邪悪な、化け物だ」。
ワインマンは、著書の冒頭をライドアウトの裁判で始め、最後もそれで締めるという選択をした。ライドアウトのような男の因果応報の物語と捉えることもできる。1 人の男が 2 度裁判で裁かれる間に、徐々に社会はレイプを深刻に受け止めるようになった。世間はレイプをするような悪党は罰しなければならないと決めた。これは喜ばしいことである。とはいえ、これは十分と言えるほど大きな変化ではない。今後も良い方向への変化が続くと約束されているわけでもない。今日、アメリカ人女性の約 10 人に 1 人が親密なパートナーからレイプ被害を受けており、これは 1980 年代に報告されたのとほぼ同じ割合である。今年、トランプ政権は疾病対策センター( Center for Disease Control )に親密なパートナーによる暴力と性暴力に関するオンライン統計を削除させた。この統計資料は裁判所命令によって復元され、現在は免責事項( disclaimer )が掲載されている。「このページは現実を反映したものではありません」との注記がある。ドナルド・トランプ自身も少なくとも 24 人の女性から性的違法行為で告発されている。彼はこれらの告発を否認している。その中には、最初の妻イヴァナ( Ivana )からの告発も含まれている。彼女は宣誓供述書の中で、ベッドに投げ倒され、髪の毛を一掴み引き抜かれてから、無理やり犯されたと証言している。彼女は後に、「レイプ( rape )」という言葉を「文字通りの意味、あるいは犯罪的な意味( literal or criminal sense )」で言ったのではないと釈明した。
ワインマンは著書のエピローグで、配偶者間であろうとなかろうと、レイプを根絶するという未完の課題について簡潔に指摘している。しかし、彼女の著書は、社会が少なくともセックスをどのように規制するかという哲学的な基盤を整理し終えていると想定して書かれている。「若い世代はこの問題についてはるかに明確に理解できている」とワインマンは書いている。「理解しているのは、同意は『自由かつ知的に( freely and intelligently )』能力のある者によって与えられなければならないこと、そして、消極的な同意や完全に同意していない場合はすべてレイプとみなされるということである」。しかし、私にはそのような明確さは存在しないように思える。同意について文句を言っているのは、トランプ、ジェフリー・エプスタイン( Jeffrey Epstein )、ピート・ヘグセス( Pete Hegseth )、ブロック・ターナー( Brock Turner )、ビル・コスビー( Bill Cosby )、ショーン・コムズ( Sean Combs )、ドミニク・ペリコ( Dominique Pelicot )や彼らを庇う友人たちだけではない。多くのフェミニストも別の観点から同意に不満をもっていて、「自由かつ知的に」とはどういう意味なのか、そして「完全な同意」とはどういうことなのか、と問うている。社会全体で決めなければならないことは、同意とはどういうことなのか、そしてレイプ犯をどう扱うべきなのかということである。