炭鉱運営企業が長年敬遠してきた廃棄物が、突然注目を浴びるようになったわけです。珍しい逆転現象だと言えます。ジィムキーウィッチからすると、嫌われものの廃棄物が注目を集めるようになったことは、ちょっと不思議なことに思えます。彼は炭鉱労働者の孫で、ペンシルバニア州南西部のアレゲニー川沿いで生まれ育ちました。環境問題を提起した古典的な名著「沈黙の春(Silent Spring)」を著したレイチェル・カーソンの故郷、スプリングデールから数キロのところで育ちました。彼が通った高校の理科の教師がカーソンの友人だったそうです。ジィムキーウィッチが最初にした仕事は、その教師に任されて地元の子供たちに野外活動を指導することでした。毎年、夏になるとジィムキーウィッチは、製鋼所に勤めていた叔父たちと釣りをしました。大体いつも何も釣れませんでした。炭鉱からの酸性の廃水や汚染物質によって、川の中の生き物はほとんど死んでしまっていたからです。
彼は早くから、炭鉱によって破壊された風景や生態系を再生することをライフワークにしようと決めていました。研究のためにブリティッシュ・コロンビア州に移り住んだ彼は、植物学者として、不毛の炭鉱跡の土地にアルファルファやクローバーなど、生命力の強い草やマメ科植物を大量に植えました。1990年代には、炭鉱の酸性廃水の研究にも取り組んでいました。露天採鉱管理および復元法(Surface Mining Control and Reclamation Act)が制定されたので、アメリカ政府は廃炭鉱の跡をきれいにするための補助金を出すようになりました。ジィムキーウィッチは何十年にもわたりウェストバージニアの廃炭鉱付近を走り回り、地域の水系の健全性を回復することを目的とした市民主導の環境保護団体の設立を支援してきました。これらのグループは熱心な環境保護主義者だけで構成されているわけではなく、地域の水質浄化に熱心な教授や教師も加わっています。狩猟を好み天然資源の慎重な利用を望んでいる元炭鉱労働者なども加わっていて、幅広い協力体制がとられています。ジィムキーウィッチが炭鉱運営企業や環境保護団体や州政府や連邦政府との間を取り持ったので、廃炭鉱の跡地をきれいにするための連携がとれるようになったのです。非常に珍しいことです。ある朝、私はジィムキーウィッチの車に乗せられて、彼の働きかけで植生が再生したモモンガヘラ川沿いの16マイル(25.6キロ)の小道をドライブしました。付近の小道には、ちょっと高価なスポーツウェアに身を包んだアウトドア愛好家でにぎわっていました。「私が初めてここに来た時、この川は枯れていたんですよ。」と彼は言いました。
炭鉱の廃棄物や廃水を研究している科学者にとって、その中に貴重な鉱物が含まれていることは驚くべきことではありませんでした。ジィムキーウィッチは言いました、「元々、何が含まれているかは分かっていました。」と。重要なことは、ウエストバージニア大学のジィムキーウィッチの研究チームが、炭鉱の酸性廃水からこれらの鉱物や物質を回収できることを証明したことでした。2019年のドナルド・トランプ政権下で、エネルギー省は、炭鉱の廃水や廃棄物から希土類の抽出の研究プログラムへの資金援助を拡大しました。トランプ政権は、炭鉱の廃水や廃棄物が有害ではなく貴重なものと見なされるようになれば、石炭産業にとっての逆風もいくぶん収まるだろうと判断していたようです。トランプ政権は、米国の工業生産を増やして、中国からの輸入を減らすことに執心していましたが、そうしたことも背景にあったようです。
ジョー・バイデンが大統領に就任した時、温室効果ガス排出量削減の目標が再設定されました。それは、2030年までに排出量を約50%削減し、2035年までに完全にクリーンな電力網を構築し、2050年までに温室効果ガスの排出量を完全にゼロにするというものでした。ウイルコックスの研究チームは、既存の取り組みを調査し評価しました。炭鉱の廃水活用プログラムも調査されました。彼女は私に言いました、「炭鉱の廃水活用プログラムは、単に石炭産業のためになるだけではないことを確認したかったのです。」と。彼女の研究チームは、石炭の採掘を促進するためではなく、炭鉱の廃水による環境が破壊された地域の環境を浄化し、持続可能なエネルギーの生産に必要な重要物質の供給を増やすために、このプログラムを存続させるべきだという結論を下しました。ウイルコックスは私に言いました、「化石燃料を使う発電所や産業部門から排出された廃棄物が既に大量に存在しています。その大量の廃棄物を上手く活用できるようになれば、レアアースや重要な鉱物を生産できる可能性があります。とても有望だと思われます。廃棄物等から、クリーンエネルギーの目標を達成するために必要な物質をアメリカで使う分くらいは容易に確保できるかもしれません。そうなれば、コンゴで採掘されるコバルトに依存する必要もなくなります。同時に、炭鉱が閉山したコミュニティに雇用が創出されますし、採掘時に荒廃した自然環境をきれいにすることもできるのです。」と。
ジィムキーウィッチの研究プロジェクトは、現在、エネルギー省が支援する4つの小規模パイロットプログラムの1つとなっています。エネルギー省の鉱物資源の有効利用を推進する部署の責任者であるグラント・ブロムハル(Grant Bromhal)は言いました、「4つのプロジェクトが行われています。石炭、炭鉱や発電所のの廃棄物、石炭灰、炭鉱の酸性廃水から高純度のレアアースを製造できることが実証されています。」と。ブロムハルが言うには、クリーンエネルギーに必要な重要物質は12種類あるそうで、ダイナミック・ダズン(dynamic dozen)と呼ばれています。コバルト、ディスプロシウム、ガリウム、ゲルマニウム、黒鉛(graphite)、イリジウム、リチウム、マンガン、ネオジム、ニッケル、プラチナ、プラセオジムです。また、必要な物質のリストは増えつつあるそうです。これらの物質は、アメリカ国内での潜在的な供給量は少なくないのです。「アメリカは、石炭廃棄物が非常に豊富です。サウジアラビアの原油と同じくらい豊富です。」と彼は言いました。例えば、石炭灰は何百エーカーもある巨大な貯留池の中に貯められています。また、炭鉱の鉱くずは、瓦礫と硬い岩石がほとんどですが、山のように積まれています。バーモント州ローウェルには、かつてアメリカ最大であったアスベスト鉱山から出た鉱くずが数百フィートの高さで山積みにされています。