渓流沿いの小道のドライブを終えた私とジィムキーウィッチは、彼のシボレー・ブレイザーで南西方向に向かいました。途中、車中で作業着に着替えて、2時間ほどでペンシルベニア州境近くの小都市モーガンタウンに着きました。地下鉱山の上を走る植生の生えていない峠をいくつか越えて行きました。そして、車はバックボーン・マウンテン(Backbone Mountain)を登り、東部大陸分水嶺(eastern Continental Divide:メキシコ湾に流れるか、東の大西洋に流れるかの分かれ目)を越えました。私たちは標識も無い砂利道に車を停め、建設現場のようなところに飛び出しました。そこは、ジィムキーウィッチの研究チームとウェストバージニア州環境保護局と米国エネルギー省と共同の研究施設の建設現場でした。その施設では、炭鉱の酸性廃水から貴重な鉱物等や希土類を回収する研究が行われる予定です。
ジィムキーウィッチの研究室の部屋には、彼の研究への支持を表明していたジョー・マンチン上院議員と撮ったツーショット写真が飾られています。マンチン上院議員は、春に開かれた上院の公聴会で述べていました、「リサイクルによって、アメリカが必要とする貴重な鉱物の原材料を海外から輸入することを避けることができます。また、アメリカ国内で新たなビジネスチャンスが生み出されます。」と。ジィムキーウィッチは、政治的なことは一切話しません。過去には、彼は自らをトロツキスト(Trotskyite)と呼んだこともあります。しかし、彼は、過去30年の研究で成果を出せた理由は、アパラチアの何千マイルも渓流や小川を再生させたわけですが、いろいろなところのいろいろな人や団体と知識を共有したことにあると信じています。彼は人生の大半を費やして、炭鉱運営企業が撤退した後の汚れた土壌の浄化を支援するツールを開発しました。また、炭鉱運営企業の無責任なオペレーションについて法廷で証言したこともありました。しかし、彼は炭鉱運営企業を悪く言うことは好きではないのです。彼は、かつて見たことを私に話してくれました。昔、炭鉱掘削時に恐竜の足跡の化石らしきものが発見されたのを見たのだそうです。しかし、誰もそのことに言及しなかったそうです。というのは、恐竜の化石が見つかったことが明らかになると、掘削工事を中止しなければならなくなるからです。その時、彼は気づかないふりをしたそうです。そこでどうすべきかという判断を下すことができるのは神だけだと考えたからです。
研究施設の建設現場に着く前に、雨が降り出しました。ジィムキーウィッチはトランクからレインコートを1つ取り出して、私に渡しました。トランクの中には彼用の使い込んだ白いヘルメットもありました。ステッカーがびっしりと貼られていて、いかにも鉱山労働者が被るような感じのものでした。私がそれが格好悪いと批判すると、彼はきょとんとした顔をしました。彼が言うには、彼の研究プロジェクトで最も優秀なエンジニアは、石炭産業の出身者だそうです。石炭産業出身者と協力しなければ、ここで成果を出すことは難しいでしょう。彼が言ったのですが、ワシントンDCの官僚連中の中では政治的二極化が進んでいるのですが、アパラチアのくそ田舎に住む多くの人たちの間には分断は無いのです。そこでは、皆、立場等の違いを越えて共通の問題を解決することに慣れているのです。彼の研究プログラムは、研究室の研究者の貢献だけでは成り立たないのです。炭鉱運営企業と採掘事業者の貢献も不可欠なのです。それらは、広大な土地を所有していましたし、排出された酸性廃水を浄化するために州と協力することを惜しみませんでした。
工事現場にある未完成の大きな小屋の中で、トタン屋根を打つ雨粒の音を聞きながら、私たちは立ち話をしました。ジィムキーウィッチの説明によれば、この研究施設は、尾根の頂上にある巨大な廃炭鉱から毎年5千ガロン(1万9千リットル)もの酸性廃水を受け入れるそうです。その酸性廃水はいくつものタンクや貯留池を通されます。その後、乾燥させて固めたものがトラックで研究室に運びこまれます。そこで、貴重な鉱物や希土類が分離されます。彼は私に言いました、「岩石からレアアースを取り出す際には、まず岩石を粉砕して、それから非常に難儀で複雑な作業が必要になります。」と。しかし、炭鉱の酸性廃水から貴重な鉱物等を抽出する際には、酸性廃水に含まれる酸がすでに鉱物等を溶解しているので、かなり手間が省けるのです。自然の力のおかげで、岩石を砕くという力仕事をする必要が無くなるのです。
ロチェスター工科大学の環境負荷低減を研究している研究室が指摘しているのは、炭鉱の酸性廃水に含まれる貴重な鉱物やレアアースは、炭鉱毎に差がかなりあって、量も種類も異なるということです。つまり、炭鉱の鉱くずや酸性廃水から貴重な鉱物等を抽出するといっても、どこの炭鉱でも事業化が可能で利益が出せるわけではないのです。ロチェスター工科大の研究チームが指摘しているのですが、1トンの石炭灰に含まれるレアアースの価値は炭鉱によって違いがあり、オハイオ州の石炭火力発電所の99ドルから、ウェストバージニア州の石炭火力発電発電所の534ドルまで、様々です。一方で、抽出コストの方にも幅があり、1トンあたり380ドルから1,200ドルと予想されています。ですので、すべての石炭火力発電所で石炭灰からレアアースを抽出して採算が合うわけではないのです。また、貴重な鉱物を抽出するために使用される化学物質が、環境を破壊する可能性も懸念されています。ブリティッシュ・コロンビア大学の炭鉱や鉱山に詳しいでマリア・ホルスコ准教授は語っていました、「一般的にレアアース等を抽出するプロセスは、エネルギー集約型で、環境に優しくない溶媒が使用されています。」と。しかし、ジィムキーウィッチは、炭鉱の酸性廃水を処理する際に、そうした溶媒が使われているものの極めて少量しか使われていないと指摘しています。また、別のことを懸念する者も少なくありません。それは、炭鉱の廃棄物等から貴重な鉱物等を採取することは、炭鉱運営企業に炭鉱を続けるための口実を与えるだけだというものです。ジィムキーウィッチが注意深く指摘したのですが、酸性廃水等の浄化は、アメリカのエネルギー関連のインフラによって破壊された自然環境を回復させるのに必要な、より大きなプログラムのほんの一部に過ぎないということを認識すべきです。
もし、炭鉱の鉱くず等から貴重な鉱物等を採取する事業が採算に合うとしたら、誰がその利益を受け取るべきなのでしょうか。これまでのところ、まだはっきりとは決まっていないようです。炭鉱運営企業は長い間、炭鉱から出る廃棄物等に対する責任を放棄し、閉山したら放置したままですし、土壌の浄化の義務は果たしてきませんでした。炭鉱の鉱くず等に値が付いて売れるようになれば、炭鉱運営企業は汚染物質から利益を得ることができるようになるかもしれません。ジィムキーウィッチは、法整備の為に奮闘しています。彼が目指しているのは、重要な鉱物等から得られる利益が、デッカーズ・クリーク友の会(Friends of Deckers Creek)のように廃棄物や有害物質の除去を行っている団体にも渡るようにすることです。先日、そのための法案であるウェストバージニア州下院法案4003が成立しましたが、彼の貢献も少なくなかったようです。その法案の初期のバージョンには、「これまで炭鉱の酸性廃水は価値のないものと見なされてきた。そのため、それを処理して得られる副産物の所有権が誰にあるかは明確ではなかった。本法案は、その所有権を明確にするとともに、貴重な鉱物やレアアースを回収しながら酸性廃水の処理を促進するものである。」という記述があります。この法律は今年の夏の初めに施行され、炭鉱関連の廃棄物等から得られる経済的利益をその地域内に留めるためのモデルとなっています。経済的利益をエネルギー省が試算していたのですが、炭鉱や火力発電所等の石炭関連の廃棄物等に含まれる貴重な鉱物等の含有量はかなり膨大だということです。アメリカのすべてのスマホのバッテリーを製造する際に使う黒鉛をまかなうことができる可能性があるようです。その法が施行されてジジィムキーウィッチが一番喜んでいるのは、この地域の小川や渓流がきれいになることです。彼は言いました、「私は長年研究を続けてきたわけですが、何とかして酸性廃水による環境汚染を無くしたい一心だったのです。それが達成されただけでも十分です。」と。♦
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