ニューヨーク市スタテンアイランドでライム病を媒介する鹿の個体数が急増!駆除推進派と保護推進派が対立!

4.シカをどのような方法で駆除すべきか?

 1995年にホワイトバッファローを設立した野生生物に詳しい生物学者のアンソニー・デニコラは、スタテン島は他の場所とは全く異なり、シカが非常に住みやすいと感じる場所であると指摘しています。その理由は大きな公園が沢山ある上に人工構築物も沢山あるということにあります。ホワイトバッファローの研究チームが最初にスタテン島に来た時、彼らは衛星写真をつぶさに見て、シカが住んだり通り抜けたりするのに十分な大きさがある草地を探しました。それから、いろいろと歩き回り、シカがどこを通るかとか、どこで鳴いているとか、どこで草を食べているのかを調べました。研究チームは、何頭かのシカに追跡用の首輪を付け、あちこちに何台もカメラを設置しました。それにより、月に数十万枚の写真を撮ることが可能となりました。スタテン島に生息しているシカを探偵のように追跡して分析しました。デニコラに研究チームが実施しているスタテン島での調査の結果を教えて欲しいと言った時、彼が私に示唆したのは、スタテン島を通る高速道路の脇にある丘陵の頂上まで行って、西方を見てはるか遠くまで木々や人工構築物が混ざり合っている風景を見てみるべきだということでした。彼は言いました、「そこから見える景色の中に沢山の雄シカがいます。何頭くらいいると思いますか?信じられないほどの頭数がいるはずです。」と。

 デニコラは55歳です。少しえらが張り気味です。早口で大きな張りのある声で喋ります。時々口調が厳しくなることもあります。彼は猟師たちや動物愛護活動家たちからから訴えられたことがありました。それで、州の野生生物保護局員にいろいろと弁明しなければなりませんでした。弁明した時のやり取りは録音して保存してあります。というのは、野生動物保護局の経費の大部分は猟師の登録料によって支えられていることを認識しているので、弁明したことが後でねじ曲げられてしまう可能性を排除するためです。デニコラは言いました、「シカの管理は非常に複雑です。衆愚政治と同じですが、関与する者が好き勝手なことを言うだけで、全く上手く機能していません。」と。デニコラはかつて語っていたのですが、推定で過去7年間に1万頭のシカをさまざまなプロジェクトを通じて駆除したそうです。何せ相手が愛らしい動物ですので、関与する者たち全員が感情的になりやすいのですが、デニコラは自分は非常に職務遂行能力が高く、問題を解決する力も高かったと認識しています。彼は言いました、「私は何でもとことん突き詰めて考える性分なんです。いつも何としてでも問題を解決したいと思っています。」と。

 1990年代にデニコラは博士号を取得しました。その際に研究していたのは、シカの不妊化と生殖不能化による個体数管理でした。当時はシカの個体数管理に関する研究はまだ始まったばかりでした。州の野生生物保護局は、シカの個体数過剰問題の解決策として狩猟家による駆除数の増を検討しているようでした。しかし、住宅地の近くで狩猟家が銃を使うことが歓迎されないことは容易に想像できました。また、多くの研究によって、狩猟でシカの個体数を人間社会が望ましいと感じるレベルまで減らすことは不可能であることが明らかになっていました。そのレベルは社会的環境収容力(人間社会が許容できるシカの数で表される)と呼ばれています。他方、全く対照的な概念で、生物学的環境収容力(人為的に手が加えられた自然環境の中で維持できるシカの数)というものもあります。

 ニューヨーク市当局は、州の野生生物保護局、USDA(米国農務省)の野生生物局と協力して、シカの個体数を管理する新たな方法をいくつか研究開発しています。それで、その方法の効果を確認すべく、協力しながら現場で実地での検証を重ねています。(USDA(米国農務省)の野生生物局は、オオカミが牧場で飼われている羊を捕食したり、ビーバーが迷惑なダムを作ったり、鳥が空港の滑走路に近づきすぎたりした時など問題の解決のために乗り出してきて、さまざまな裁定を下します。野生生物局は問題がある時に、いつでも駆除という方法を採用するわけではありません。ムクドリが集まって糞を落とすことが問題となることがありますが、野生生物局はレーザーで嫌がらせをするという方法を採用します。それでムクドリを追い払うのです。とはいえ、野生生物局は毎年のように数百万匹の野生生物を駆除しています。私が野生保護局の者に聞いたのですが、誰一人として監視カメラを使って不妊(生殖不能化)処置をしてシカの個体数を減らす手法のことは知らないようでした。また、そうしたことを米国全土で実施した場合の事業規模や費用感についても誰も把握していませんでした。カーティス(コーネル大学の野生生物研究の権威)は言いました、「私は思うのですが、莫大な費用がかかるということは分かるのですが、どれ位かは分かりません。予想以上にかかるのではないでしょうか。」と。

 デニコラは、ホワイトバッファローが野生動物の個体数管理に関して生態学的な研究をしており、さまざまなデータを蓄積していることを認識しています。ホワイトバッファローは、野生のブタやハゲタカを含む他の野生動物の研究もしていますが、最も注力しているのは野生のシカの研究です。2000年にニュージャージー州プリンストン市は、ホワイトバッファローに野生のシカの個体数を減らすことを委託する契約を結びました。それは、プリンストン市でシカと自動車の衝突事故が連続したり、住宅のポーチでシカが出産をしたり等さまざまなトラブルがあったことがきっかけでした。ホワイトバッファローは、シカを餌でおびき寄せて撃ち殺す方法で駆除することに決めました。射撃は安全なエリアを設定し事前に許可を取りました。腕利きのプロの射撃手を何人も雇い、赤外線熱画像解析装置、暗視カメラ、スポットライトなどの装備を整えました。通常の狩猟家が行う狩猟とは異なります。娯楽的な狩猟ではありませんし、かといって “fair chase”(公平な追跡狩猟: 動物を利用せずに狩りをし、獲物に防御のために逃げる機会を与える公正な狩猟)でもありません。出来るだけ早く、出来るだけ苦しませずにシカを殺すことが優先されます。しかし、郊外で銃を使うことについては根強い反対意見があったので、ホワイトバッファローは銃を使わない方法をとることにしました。それは、ネット・アンド・ボルト方式というものでした。ネットで捕まえて、ボルトガンで殺す方式です。(ボルトガンは屠殺場で動物を即死させるために開発されたものです。しかしながら、それが実際に使われているのを見るとかなり気が動転するものです。)シカの駆除に抗議する者たちは過激な行動をとりました。プリンストン市長の車の上にシカの内臓をぶちまけました。また、探偵を何人も雇ってホワイトバッファローお抱えの射撃手の何人かを追跡して特定しました。その後、その射撃手たちは安全を確保するため常時防弾チョッキを着用するようになりました。また、プリンストン市野生動物管理局の局長にいたっては、ペットで犬と猫を飼っていたのですが、2匹とも殺されてしまいました。犬は毒殺され、猫は引き殺されていました。あるプリンストン市の市長側近の者は、ホワイトバッファローの駆除が始まってから2年ほど経った時点でタイム誌に次のように語っていました。「プリンストン市の歴史の中で、かつてこれほど論争の的となった出来事はありません。」

 プリンストン市のシカ論争は非常に激しくなりました。市のシカの駆除計画に対して、狩猟家や環境活動家や動物愛護活動家や郊外に住む住民の多くが猛烈な抗議活動を展開しました。ペンシルベニア州狩猟管理委員会の責任者のゲイリー・アルトが狩猟規則を変更して雌シカへの射撃を優先するようにしたのですが、彼は殺害の脅迫を受けました。アルトはその職を辞した時に言いました、「シカ以外の野生動物の管理では、これほど物議を醸しことはありませんし、論争を呼んだこともありませんでした。」と。ヘイスティングスオンハドソン村(ニューヨーク州グリーンバーグの町の南西部に位置するウェストチェスター郡の村)では、2平方マイルのエリアのシカの個体数が200頭まで増えてしまったので、ホワイトバッファローと契約してネット・アンド・ボルト作戦を実施してシカを駆除することを検討し始めました。すると、村にはオンラインで山ほどの請願書が届きました。ホワイトバッファローを「プロの殺戮集団」だと非難したり、村の幹部を「虐殺に与する悪魔」と非難する意見などがありました。生命倫理学者のブルース・ジェニングスはその村の評議員を務めていましたが、この件について私に教えてくれたことがあります。それは、住民はシカの駆除については非常に敏感になっているということでした。蚊やスカンクの駆除をすると言ったら、住民の中で抗議する人がいるでしょうか?いません。しかし、それがシカの話となると、多くの住民が全く別の反応を示し、感情的にも道徳的にも受け入れられないと言い出すのです。ジェニングスは、シカの駆除に関して激しい論争が引き起こされたが、それによってこの村のコミュニティがバラバラになってしまうかもしれないと考えています。彼は言いました、「手詰まりの状況ですが、免疫避妊法(免疫反応を促して受精を妨げる避妊法)が解決策となるかもしれない。」と。

 免疫避妊法ではワクチンを接種します。接種することにより生殖能力を無力化します。しかし、そのワクチンは定期的に何度も接種する必要があります。免疫避妊法で使うワクチンは主に2つあります。1つはPZPです。精子が着床する卵の周りのタンパク質を無力化します。もう1つはGonaCon(ゴナコン)で、脳内で作用して、生殖ホルモンの生成を阻害します。しかし、野生のシカに免疫避妊法でワクチンを接種するという技術は、まだ実験的な段階と考えられており、許可を得た上で引き続き実験が行われている状況です。ワクチン接種は駆除とい手段より抗議されにくいかもしれません。多くの自治体は個体数を1平方マイル当たり10頭以下にしたいと希望しているのですが、ワクチン接種ではそこまで個体数を減らすことは出来ないでしょう。また、繰り返し雌シカを捕まえてワクチンを接種するとなると、費用が馬鹿にならないほどかかることになるでしょう。喜んでそれを負担するような自治体は1つも無いと思われます。

 カーティスは、シカの個体数減のための免疫避妊法について調べましたが、コーネル大学の考案した方法の方が良い方法であると思うに至りました。コーネル大学の方法は、餌でおびき寄せてダート銃を使って麻酔薬を雌シカに打ち込み、麻酔が効いている間に不妊化手術をするというものです。これの良い点は、手術は1回で終わるということです。しかし、実験したのですが、雌シカは群れで行動する傾向があるので、餌が危険であることを認識してしまい、雌シカが捕まらなくなってしまうという欠点があることが分かりました。また、シカは素早く結構な距離を移動するし、辺りの雌シカを一斉に不妊化することは不可能なので、雄シカが不妊化されていない雌シカを探し出して妊娠させてしまう可能性が高いという欠点もありました。(このコーネル大学が考案した雌シカを不妊化して個体数を減らすという方法は、どのくらい個体数を減らす効果があるかという点について、現在も引き続き研究が行われています。)コーネル大学は現在は新たな方法を研究中です。それは、餌でおびき寄せて、ダート銃で麻酔薬を打ち込んで、薬を投与して安楽死させるという方法です。シカは、静脈に致死薬物を注入されて、苦しんだり暴れたり痛みを感じたりすること無く、安らかに眠りに就くことが出来ます。この方法は基本的には獣医がペットを安楽死させる際に行っているものと同じです。現在、シカの個体数減の方法については様々な方法があって、どの方法が好ましいかとか、どの方法が効果的かとかが議論されています。そこの議論を十分することは重要です。しかし、シカの個体数管理で一番議論がまとまらず、対応が難しいのは、住民の反応です。一番厄介なのはシカではなく、人間なのです。カーティスは言いました、「スタテン島での顛末を見れば明らかだと思うのですが、一番難易度が高いのは、どうやって住民の抗議が起こらないようにするかということです。個体数を減らして欲しいという要望があるのに、多くの住民がシカが殺されるのは見たくないと思っているのですから、厄介な問題であることは間違いありません」と。

 ニューヨーク市公園緑地部野生生物保護課の課長リチャード・サイモンは、スタテン島ででのシカの個体数減の取組みは、どんな方法を採用したとしても、そもそも実行するのは非常に困難だったと私に言いました。というのは、スタテン島区のからの支援があまりにも少なかったし、住民の反対も根強く、訴訟を起こされるリスクが高く、近隣には狭いエリアに沢山の住民が住んでいたからです。ホワイトバッファローは以前は、ニューヨークからカリフォルニアの間の数カ所の郊外および国立衛生研究所の広大なキャンパスで雌シカに卵巣摘出手術を施して個体数削減に取り組んだことがありました。スタテン島では雄シカの生殖不能化(精管切除)をする形で取組みました。卵巣摘出よりも精管切除の方が優れている点がいくつかあります。手術が簡単ということがありますし、雄シカは群れで行動しないのでトウモロコシの餌でおびき寄せやすいのです。しかし、結局、スタテン島は別の新たな方法を選択することとなったのです。スタテン島には島であるが故の利点がありました。それは四方を川や海で囲まれているということです。その地形を上手く生かして、新たなシカの流入を防ぐということに希望の光を見出したのです。