バイデン撤退!今ごろっ!いや、冷静に見積もったら、どう見ても無理だったでしょ?

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 大統領の健康問題は非常に及ぼす影響が大きいため、秘匿されることもあったし、悪用されることもあった。グローバー・クリーブランド( Grover Cleveland )はかつて、表向きは知人と釣りを楽しむためヨットに乗ると偽りながら、口腔内の腫瘍を切除した。その手術で、外科医は顎の一部を切除したが、セイウチのような口ひげを残すことを最優先した。ウッドロウ・ウィルソン( Woodrow Wilson )は脳卒中で能力が低下したのだが、彼の妻のエディス( Edith )が隠れて彼の仕事の多くをこなしていた。退任後にアルツハイマー病の診断を下されたロナルド・レーガン( Ronald Reagan )は、2 期目に著しい機能障害の兆候を示し、側近たちは憲法修正第 25 条の発動を検討したと伝えられている。ちなみに第 25 条は、大統領がその職務上の権限と義務を遂行することができない場合の対処法を規定するものである。

 かつては、医師が公人の健康状態についてコメントすることをそれほどためらうことはなかった。1964 年、ファクト( Fact )誌は、共和党の大統領候補だったバリー・ゴールドウォーター( Barry Goldwater )の精神的適性について、1 万 2 千人以上の精神科医を対象に調査を行った。およそ 2 千 5 百人が回答し、半数近くが彼は不適格であると答えた。41 ページの特集記事で、同誌はセンセーショナルな引用文とともに調査結果を公表した。ある精神科医は、「ゴールドウォーターは、ヒトラー、カストロ、スターリン、その他の有名な精神分裂病の指導者と同じ病的資質を有している。」と指摘した。 ゴールドウォーターは同誌を名誉毀損で訴えて勝訴したが、選挙では大敗した。それから数年後に、アメリカ精神医学会( the American Psychiatric Association:略号は、APA )はゴールドウォーター・ルールを制定した。これは、精神科医が診察もせず、発言の許可も得ていない公人について、専門家として意見を述べるのは非倫理的であるとするものである。科学的専門知識を装った推測的で検証不可能な論評を防ぐことが目的であった。

 医師の中には、医師には社会的に重要な問題について国民を啓蒙するために自身の知識を活用する義務があると考える者がいる。彼らは、ゴールドウォーター・ルールはその義務と矛盾すると感じている。2017 年、ドナルド・トランプの精神的な適性についての憶測が飛び交った際には、APA はそのルールを再確認する声明を出した。また、アメリカ医師会( the American Medical Association )はすべての専門医は 「個人的に診察する機会のない個人について臨床診断を下すことを控えるべきである 」とするガイドラインを採択した。しかし、その年、イェール大学で精神医学の臨床助教授を務めるバンディ・X・リー( Bandy X. Lee )が、「警告義務( Duty to Warn )」と題した会議で数十人のメンタルヘルス専門家を招集し、トランプの精神状況について発言することの倫理について討議した。その後、彼女は「ドナルド・トランプの危険なケース:27人の精神科医とメンタルヘルス専門家が大統領を評価する」と題するエッセイを編集し出版した。その中で筆者たちはソシオパス、悪性ナルシシズム、反社会性パーソナリティ障害などの症状が見られると指摘した。この本は、タイムズ紙のベストセラーリストの第 1 位になった。伝えられているところによれば、トランプ前大統領の側近であったジョン・ケリー( John Kelly )は、前大統領の常軌を逸した行動を抑制しようとする際にこの本を参考にしていたらしい。

 リーはイェール大学医学部で 20 年近く教鞭を執ったが、契約は更新されなかった。彼女が主張するのは、第二次世界大戦後に世界医師会( the World Medical Association )が採択したジュネーブ宣言は、迫りくる脅威に直面した医師に声を上げるよう義務付けているということである。「正確に診断するだけではいけない。」と彼女は言う。「公衆衛生を守ることが重要である。大統領は世界を何度も破壊する力を持っている。不安定な指導者は、世界に明白かつ差し迫った危機をもたらす。医師は黙っているべきではないのである」。 リーは、バイデンの現在の健康状態よりもトランプの行動に関する懸念の方が大きいと主張するが、それはあながち間違いではないかもしれない。しかし、警告する義務についての彼女の主張は、バイデンにも同様に当てはまるようである。

 私が話を聞いたほとんどの医師は、特定の診断を確定または却下するには、画像診断に加え、包括的な神経心理学的および運動学的検査が必要だと述べた。これらには、人の注意力、記憶、気分、言語流暢性を調べる一連の検査が含まれ、数時間、場合によっては数日かけて実施される。(このような検査は、トランプがしばしば「優秀な成績を収めた」と自慢するモントリオール認知評価を超えるものである。そもそもモントリオール認知評価は、診断検査ではなく、単なるスクリーニング検査である。その結果は被験者の教育的背景によって大きく左右される。「認知症になったノーベル賞受賞者は、その検査で満点を取ることができる」と、北東部のある老年病専門医は私に語った。)私は、検査を受けなければならないというプレッシャーが高齢者差別を助長するのではないかと別の医師に尋ねてみた。返ってきた答えは、精神科医の仕事には加齢に関連した偏見と闘うことも含まれているというものであった。しかし、「ここ数カ月間で、バイデンの高齢懸念は、年齢だけでなく機能が問題視されるようになった。」と彼女は言う。彼女は、同じような症状で最終的にさらに悪化した多くの患者を診てきたと付け加えた。

 バイデン大統領を実際に診察した医療チームは一貫して、大統領に神経変性疾患の兆候は見られないと述べてきた。2 月にバイデンの主治医ケビン・オコナー( Kevin O’Connor )は、大統領の硬直した歩行は脊椎関節炎によるものだとした。彼は、大統領は 「極めて詳細な 」神経学的検査を受けたが、パーキンソン病などの中枢神経疾患と 「一致するような所見はなかった 」と主張していた。しかし、彼は認知機能評価が行われたかどうかについては言及しなかった。バイデンが「放射線画像診断」を受けたことは指摘したが、どのような種類の画像診断か、体のどの部分をスキャンしたかは明らかにしなかった(脳の MRI 検査では、神経学的異常が見つかることがある)。今月初め、タイムズ紙は、運動障害の専門家が過去 1 年間に何度もホワイトハウスを訪れていたと報じた。しかし、ホワイトハウスは、その往診のほとんどはバイデンではなく、他の職員の治療が目的であり、大統領は年に 1 度の健康診断の一環として、専門家と 3 回しか会っていないと反論した。バイデンの主治医はまた、その専門家が選ばれたのは 「彼が運動障害の専門家だからではなく、高度な訓練を受け、高く評価されている神経科医だからである 。」と主張した。その後、水曜日( 7 月 17 日)に行われた会見で、バイデンは初めて、もし「何らかの病状が現れ、……医師が私のところに来て、『あなたには疾患がある』と言えば、選挙からの撤退を考えるだろう」と語った。そのような診断は下されていなかった(その日、バイデンは新型コロナに罹患したことが明らかになり、ラスベガスでの選挙イベントをキャンセルした。オコナーは、大統領の症状は軽いと述べていた)。

 私は、バイデンの側近の 1 人に連絡を取り、私が多くの医師と交わした会話についてコメントを求めた。ホワイトハウスの報道官から返答があった。一部を抜粋する。「ジョー・バイデンの大統領就任後の成果が非常に力強いものであることから分かるように、彼は鋭敏な判断力と決意をもってアメリカ国民のために戦い、揺るぎない能力を発揮し続けている。ホワイトハウスの地下の分析室で急激な進展を見せる国家安全保障上の出来事を管理したり、史上最大の気候変動投資を可決するために深夜に多くの議員に電話をかけたりするなど、多忙なスケジュールをこなしている」。報道官は、バイデンが最近ワシントン DC で開催された NATO の指導者たちとの 慌ただしい会合や、アメリカ全土を精力的に巡っていることにも言及した。

 バイデンの病状についての詳細が不明なため、多くの医師は憶測するしかない。私は西海岸の神経科医と話をした。彼女は大統領討論会の際には、車を運転していたのでラジオをつけたという。ラジオでバイデンの話を聞いて、彼女はすぐに自分の患者の中に同じ話し方をする者がいることに気づいた。「専門家ゆえの直感で、非常に危険な兆候が見られると判断した。」と彼女は言った。その後の数日間で彼女の懸念はより深まった。彼女は、知り合いの精神科医数名とともに、バイデン大統領に認知障害があるのではないかという懸念を表明する公開書簡を作成した。

 結局、彼らはその書簡を公開しなかった。というのは、彼らは誰も大統領を直接的に診察していなかったからである。また、バイデンについての懸念がどうであれ、トランプの行動の方がより大きな脅威であると判断したこともある。また、その公開書簡がどのような影響を及ぼすかということが見通せなかったこともある。CNN のいくつかの番組でホストを務めることもあるサンジェイ・グプタ( Sanjay Gupta )は、おそらくアメリカで最も有名な医師の 1 人でもある。彼は、バイデンに認知機能検査を受けるよう呼びかけたばかりであった。「サンジャイ・グプタが呼びかけても効果が無いのに、私たちの公開書簡が役に立つだろうか?」と彼らは考えたのである。