バイデン撤退!今ごろっ!いや、冷静に見積もったら、どう見ても無理だったでしょ?

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 2016年にイェール大学の高齢者医療に詳しいテリー・フリード( Terri Fried )教授は”ニューイングランド医療ジャーナル( The New England Journal of Medicine )”誌に、医師が患者の決断を助けるべき方法に関する論文を寄稿した。従来の常識では、確実性が高い場合(例えば、親に子供へのワクチン接種を勧める場合)には医師は強く勧めるべきだが、エビデンスが玉石混交の場合(ある種のがんスクリーニング検査など)には患者が自分で選択するよう勧めるべきとされてきた。フリードは、このモデルはまったく正しくないと主張する。患者が専門医の説得力のある指導から最も恩恵を受けるのは、まさに治療効果が曖昧な時である。専門医は、正解が明らかでない時に専門知識を提供するために存在するのである。

 私が話を聞いた医師の中では、ニューヨークの神経科医が自分の診断に最も自信を持っていた。彼が私に言ったのは、過去 10 年間のバイデンの映像を見直した結果、神経変性疾患を患っている「確率が非常に高い 」ということである。「大学の医学部で症候群について学んだ。」と彼は言った。「症候群とは、複数の症状が連鎖して生じるもので、それ自体はそれほど心配する必要はないのだが、複数がまとまると懸念材料になる」。彼が私に言ったのは、神経科医が、足を引きずりながら歩き、腕の振りが減り、はっきりと話す能力と言葉を思い出す能力が徐々に低下している 81 歳の男性について尋ねる質問のある国家試験を受けているところを想像して欲しいということである。「もし、『脊柱管狭窄症のある健康な老紳士である』と回答したら、間違いなく不合格になる。」と彼は言う。

 多くの医師は、18 世紀のイギリスの統計学者トーマス・ベイズ( Thomas Bayes )にちなんで名づけられたベイズ推定( Bayesian inference )という推論方法を用いて、複雑な診断を考える。ベイズの重要な洞察は、観測事象(観測された事実)から、推定したい事柄(それの起因である原因事象)を、確率的な意味で推論するという点にある。たとえば、医師がニューヨークで高熱の患者に出会った時、通常はその患者がマラリアにかかっているとは推定しない。というのは、マラリアを媒介する蚊はアメリカ国内には生息していないからである。しかし、たとえばその患者がつい先日タンザニアのサファリから帰国したとか、地球温暖化の影響でマラリア蚊が新しい生息地を開拓しているとかであれば、推定を変えるべきである。ベイズの論理が重宝されるのは、評価が乱高下したり、異常なデータに過剰に注目したりするのを防いでくれるからであり、また自分の見解を徐々に更新していくことができるからでもある。

 バイデンの健康状態に関して、共和党も民主党もベイズ推定をしていたのだが、長い間それぞれ別の観測事象を元に推論してきた。共和党が直感的に重視した事象は、バイデンは老いて衰え、職責を果たすことができないということであった。一方、民主党は、バイデンを長老政治家と見なしていた。動きは鈍いかもしれないが、基本的には有能で、時には並外れた存在であるとみなしていたのである。どちらの認識も真実の要素を含んでいる可能性はある。しかし、良い日と悪い日の割合の変化、実年齢、鈍重な振る舞いなど考慮するると、共和党の推定が他方よりも真実味が濃いという結論を避けるのは難しい。

 バイデンは自分の年齢を心配する有権者に対して、「私を見て 」と言ってきた。彼は、自分の適性を示す最もわかりやすい指標は認知機能検査ではなく、在職中および選挙活動でのパフォーマンスであると主張してきた。これは正しい。具体的な診断があったとしても、それよりも彼が職務にふさわしいか否かの総合的な評価の方が重要である。しかし、バイデン政権幹部は彼が台本無しで会見や討議をすることを制限してきた。実際、彼が記者会見やインタビューをする回数はレーガン以降のどの大統領よりも少ない。そのことで、有権者は熟慮して判断する機会を奪われていた。バイデンが撤退しなければならなくなった理由は、直近の討論会でパフォーマンスが低調だったことにある。彼は「私を見て」と言っていたわけだが、討論会を待ち望んでいた多くの聴衆が政治的能力が壊滅的に足りていないと診断したのである。アメリカ人の 85% 、民主党支持者のほとんどが、彼は大統領職をもう 1 期務めるには歳をとりすぎていると考えている。有権者の圧倒的多数が、ほとんどすべての人口統計学的グループにおいて、彼が身を引くべき時だと考えている。「彼は我々の前から消えるであろう。」とニューヨークの神経科医は言う。「神経科医でなくてもわかることである」。♦

以上