7.コロナ終息後、車の利用増により都市交通は麻痺する
去年の11月、私は妻の誕生日プレゼントとして電動キックスクーターを購入しました。ハンドル部分が折り畳めるタイプでした。500ドルくらいでした。スクーターのシェアリングサービスをしばしば利用するような人なら、500ドルくらいすぐに使ってしまうのではないかと思います。ですから、シェアリングサービスを使うくらいなら買ってしまった方が安い人もかなり多いでしょう。そのことは、スクーターのシェアリングサービス事業の継続性にとっては大問題です。「最もサービスを利用してくれる最高の顧客が最終的には市場から居なくなってしまう状況と言えます。」と、デービッド・ジッパーは言いました。彼は、ハーバード・ケネディ・スクールの客員教授で公共交通機関の専門家です。
贈り物としてスクーターを贈ったのは失敗でした。妻は、私たちが住んでいるブルックリンの街中の道路の自転車専用レーンを50ヤードほど下ったところで、スピードハンプ(速度を減じさせるためのコブ)を乗り越えたのですが、それ以来怖くなってスクーターには乗らなくなりました。マイクロモビリティの研究者ホーレス・ディデューは、新しい交通手段が普及する際には、女性が好んで使うか否かが鍵になると言います。彼が言うには、女性が好んで使うようになった技術の普及が加速するすることは良くあることです。サイクリングを好む者の多くは昔からほとんどが男性でした。しかし、デンマークではサイクリングをするのは、男性よりも女性の方が多くなりました。ディデューが指摘するに、そうなったのはデンマークが国を挙げてサイクリングのためのインフラ整備に投資してきたことが寄与したようです。
私は電動キックスクーターで街中をあちこち走ってみましたが、十分に安全だと思いました。それで、私は、思い切って電動キックスクーターでいつもの自転車で通っていたルートでマンハッタンまで通勤してみようと思ったのです。
テキサス州オースティン市の公衆衛生局がスクーターの事故で怪我した人を調査したところ、事故の3分の1は初めて乗った時に起こっていました。それで、私はヘルメットをかぶって慎重に運転しました。そして、すぐにコツをつかみました。カールトンアベニューをゆっくりと下りながら、私は電動スクーターの爽快さを感じられるようになりました。以前、電動キックスクーターに乗ると、羽が生えたように速く走っているように感じられるとバイダーマンが言っていました。まさしくそんな感じがしました。スクータに乗っかるだけで、ほとんど何の努力もせずに、トリガーの形をしたスロットルボタンを人差し指で軽く押すだけで、スクーターは爽快に進みます。しかし、問題が1つあって、スクーターで立っている姿は、少し間抜けに見えるような気がするのです。どうしても前述の映画「モール・コップ」に登場する間抜けな主人公ポール・ブラートを彷彿とさせてしまうのです。イーロン・マスクはジャーナリストのカラ・スウィッシャーに、スクーターは「尊厳さを欠いている」と語っていました。
スクーターでマンハッタンに向かう途中、バランスを崩しそうになったことがありました。場所はフラッシングアベニューの自転車専用レーンでした。そこは継続的に工事が行われていて舗装面が少し荒くなっていました。また、マンハッタンの街中では、穴ぼこを回避しながら走りました。雪が凍結したり溶けたりを繰り返すので、マンハッタンにはどうしても穴ぼこが出来てしまいます。スクーターのシェアリングサービスが最初に始まった南カリフォルニアなど、もっと温暖な気候の都市であれば、ニューヨークのように穴ぼこの問題は発生しないでしょう。2020年だけでも、ニューヨーク市運輸局は120,561箇所の穴ぼこを埋めました。大人用の自転車のホイールの標準サイズは直径26インチです。ですので、だいたいの穴ぼこを乗り越えられます。しかし、それに比べてスクーターのホイールの直径ははるかに小さいので、(私の乗ったスクーターでは10インチでした)、ちょっとした穴でもはまり込んでしまう確率が高いのです。
スクーターにとってより安全なインフラが整っている都市でも、スクーターのシェアリングサービスの開始時には、特定の種類の怪我が増えることが報告されています。UCLA付属サンタモニカ病院の救急センターの院長のウォーリー・グラビは、2018年にUCLAが実施した調査に加わって、スクーターの事故で救急処置室に入院した249人を調査しました。その内の10人はヘルメットを着用していました。 100人が頭部に怪我を負っていました。グラビは私に言いました、「たとえば時速15マイル(24キロ)で体重70キロの人がスクーターに乗っていたと仮定します。そのスクーターが転倒し、その人がスクーターから投げ出されて、頭から地面に突っ込みます。そのスピード、重さでアスファルトにぶつかるとどうなるか想像してみてください。アスファルトは人の頭部と比べたら非常に固いのです。私は、40年間緊急医療に携わってきましたが、人間の頭部からアスファルト片を取り除くのに何時間も費やしたことが何度もありました。頭部からアスファルトに突っ込んだ人は、脳内出血を起こします。脳内から血を取り除くために手術も必要になります。」と。
グラビは、電動スクーターのシェアリングサービスが流行ることによって頭部を損傷する人が増えている状況を見ていると、1990年代初頭にインラインスケートが流行った時にも頭部を損傷する者が増えたことを思い出すと言います。彼によれば、その当時も病院の救急処置室は大忙しだったとのことです。
私は無事に家に帰ることができました。すぐにブルックリンの自宅からマンハッタンの職場の往復はスクーターでするようになりました。それは、片道30分の快適な通勤時間でした。しかし、自転車専用レーンに荒っぽい運転をする者がいてヒヤッとさせられることもありました。普通の自転車に乗っている人たち(かつての私と一緒)が、特に私をヒヤッとさせることが多かったようです。おそらく、ボディーランゲージの問題があるようでした。電動キックスクーターに乗っている人の身振りから、どちらに進もうとしているかを他人が認識するのが難しかったようです。あるいは、普通の自転車に乗っている人たち全てが電動キックスクーターを嫌っているのかもしれません。私の友人のロブは、自転車純粋主義者(自転車に人力以外の動力を使うこと拒んでいる)ですが、そもそも自転車専用レーンは、普通の自転車のみが使うべきだと主張しています。電動の乗り物は全て排除されるべきで、eバイクや私が乗っていた電動キックスターターも以ての外だと主張しています。しかし、自動車専用レーンが危険だからと言って、歩道をスクーターで走るわけにはいきません。それをすると、歩行者がビックリしてしまいます。また、そもそもそれは違法です。同じように電動キックスクーターに乗っている人とつるんで走って見ようかと考えたこともありましたが、つるんで走っている人など1人もいないので諦めました。
12月、ポール・ホワイトが同僚のポール・モンデシレとベッドフォードにある公共展示場で電動キックスクーターに関する安全講習会を実施しました。そこから帰ろうとして、展示場の直ぐそこで私のスクーターが穴に引っ掛かりました。フルトン・ストリートを沿いでフォートグリーンから2マイルほどの地点でした。フルトン・ストリートは、多くの街の通りと同じように、自転車専用レーンには白いペンキの線が2本引かれているだけでした。その2本線さえ無いところもありました。ベッドフォードの公共展示場の講習会で地域住民の何人もが、熱心な人もやる気のない人もいましたが、初めてe-スクーターに乗るのを見た後、私は2人のポールに別れを告げて、公共展示場を後にて直ぐのことでした。公共展示場の敷地から出てすぐのところに、コンクリートの舗装面に1箇所だけ欠落がある部分があったのです。穴ぼこというよりは、あばたというか、少し大きな穴でした。スクーターの前端がそれに引っ掛かり、即座に私の身体は舗装面に向かって投げ出されました。
ニュートンの第3法則は、作用・反作用の法則で、2物体が互いに力を及ぼし合う時、それらの力は向きが反対で大きさが等しいとする法則です。普段生活していく上では全く気にしたことが無い法則です。しかし、自分の頭部が第3法則における2物体の内の一方である場合には、非常に重要な法則になります。自分が投げ出されたスピード、重さに対して反対の力がアスファルト舗装面から自分の頭部に向かって加えられることになります。私の被っていた自転車用ヘルメットによって脳出血は避けられるでしょう。しかし、おそらく、私の鼻や歯や頬がコンクリート舗装面と擦れる時には全く役に立たないでしょう。
私は時速8マイル(12.8キロ)で電動キックスクーターを走らせていました。最高速度の約半分でした。アスファルトに頭部が衝突する寸前に私は手を出すことができました。私の手首付近には砂利が刺さり、膝が血まみれになっていました。痛いというよりはビックリした感じでした。もっとスピードを出していたら、もっと酷い怪我を負っていたでしょう。モンデシレは私を助けるために駆け寄ってきました。遅れてホワイトもきました。彼は叫びました、「講習会のテキストを落っことしているよ!」と。