深刻化する宇宙ごみ問題!スペースデブリ対策はどこまで進んでる?現状と今後の課題

4.低地球周回軌道(LEO)は多様なゴミだらけ!

宇宙の大きさは無限かもしれません。NASAの運営する公式サイトは「ビッグ・スカイ」ですが、確かに宇宙は巨大です。しかし、デブリが周回している地球周回軌道というのは、宇宙のほんの一部分でしかありません。ケスラーは調査によって、デブリで最も危険なのは低地球周回軌道(略してLEO:low Earth orbit)だと気づきました。LEOは海抜2000キロの高さまでです。LEOの下方では大気の抵抗がありますし重力の影響も受けます。そこを周回する物質は地球の重力に引き寄せられ、地表に向けて落下していきます。ですから、そのゾーンでは、勝手に脱落していくのでデブリはそんなに多くありません。ISSがそのゾーンを周回しているのは非常に安全で理にかなっていて、デブリが衝突する可能性がほぼありません。LEOの中でもそのあたりは、人工衛星を飛ばすのに好ましい場所です。地球からの距離が十分遠いので地球の引力が少なく軌道を維持するのに使うエネルギーも少なくて済みます。逆に、地球から遠すぎることもないので、通信にかかるコストも少なくて済みます。
 わずか7万ドルの予算で、ケスラーはデブリの調査をするチームを率いました。彼以外の人員は5人いましたが、専属では無く、必要に応じてLEOのデブリの状況の調査を手伝いました。彼らは宇宙をくまなく調べ、デブリの動きを分析し危機を察知しようとしていました。NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)のカタログに記載されていないデブリがどれくらいあるかを調べるために、ニューメキシコ州ホワイトサンズのミサイル実験場にあるMITの望遠鏡を使いました。それを使うと1センチの大きさのデブリまで捉えることが出来ました。あるスぺースシャトルが地球に帰還する際に、その望遠鏡の解像度の高さが生かされたことがありました。シャトルの窓は衝突などの衝撃によって傷つくことがよくありましたが、その際に剥がれた部分が追跡されることはありませんでした。しかし、彼らがスペースシャトルを望遠鏡で追跡していた時、接近してきたデブリが窓を傷つけ、小さな物質が弾き飛ばされました。彼らは、その小さな物質を確認出来ました。そして、小さな物質でも非常に危険であることを再認識しました。窓に衝突したのは、ほんの小さな物質で、他の人工衛星の塗料片でした。
 ケスラーは地球周回軌道の状況を理解しようと努力しました。また、地球周回軌道の環境保護を訴える活動家のような役目も果たしていました。NASAの多くの研究者が彼の主張に懐疑的でした。アポロ計画の一環としてデブリの位置を調べた科学者たちの中の何人かは、特に耳を貸しませんでした。ケスラーは、その人たちに、デブリの衝突の連鎖の危険性をなぜ認めないのか聞いたことがありました。すると彼らは当時はコンピューターが無かったから計算できなかったと答えたそうです。しかし、それはおかしな話です。当時彼らは月に行くためにコンピューターを使っていたのですから。ケスラーは予測をする際には関数電卓を使っていたのですから、実際はコンピューターを使わなくても計算は可能でした。ケスラーは、そんな人たちに対して再び質問して困らせるようなことはしませんでした。
 ケスラーは同僚を説得することが非常に上手でした。彼は気さくなテキサス人で、数学的な洞察力があって、図や表を書いて図示したり、説明するのも得意でした。窓が破壊されたスペースシャトルの状況を調べた後、窓に残った小さな塗料片を持ち帰り保管しました。時々、プレゼンの途中でそれをポケットから取り出して、話をより盛り上げることに役立てました。彼はNASAの外部の人とも研究では交流していました。デルタロケットの製造メーカーに対しては、再設計することを促して、その際には彼や同僚の知見も生かされました。その後、彼は、デブリに関する研究をするための国際的な組織の設立に携わりました。人工衛星を既に打ち上げている国を参加させました。
 しかし、冷戦時代の宇宙に関する外交交渉は容易なものではありませんでした。1968年、ソビエトは一連の衛星攻撃兵器(ASAT)実験を開始しました。この実験では、爆薬を積んだロケットを目標となる人工衛星に接近させた後に自爆させ、その破片が目標を破壊する兵器として機能します。ケスラーは何ヶ月も奇妙な小さな完全な球形の物質の群れを見たことがありました。彼は、ソビエトが核戦争に備えてASAT実験をしていて、それに由来するものではないかとの疑念を抱きました。しかし、後にそれは別のところから来たものだと判明しました。ソ連海軍の人工衛星が地表に落下する前に、崩壊して原子炉の炉心が周回軌道上に残ったのですが、球形の物質の群れはその時に飛び散った液状金属冷却剤でした。ケスラーは調べたことが事実かどうか確認しようと、ソ連海軍と接触しました。ソ連海軍は、最初は事実であると認めました。次には、そういった事実はないと言いました。そして、最後には、液状金属冷却剤は気化してしまうから全く問題ないとの主張をしました。
 アメリカにも秘密がありました。1985年、ケスラーはロナルド・レーガンが構想したスター・ウォーズ計画に参加させられました。当時、米空軍もASAT実験を進めるとの決定が為されました。米空軍のASATは、F-15戦闘機から発射するミサイルを人工衛星に体当たりさせて撃墜する方式でした。ケスラーは国防総省に実験をやめるように頼みました。実験によってデブリが大量に飛散するのを避けたかったからです。しかし、国防総省を説得することは出来ませんでした。国防総省は、ケスラーたちの研究結果は信憑性が低いと判断していました。ケスラーたちは、強行されたASATの実験を、研究の機会だと捉え、詳細に観察しようと決めました。ケスラーたちはアラスカに飛んで、宇宙の暗闇の中で衛星が吹き飛ばされるのを観察しました。地上の望遠鏡を使いましたが、悪天候のために視界はよくありませんでした。 NASAの同僚の1人が、空軍の高高度偵察機を使ってその実験を雲の上から観察しました。米空軍のレーダー解析によるとデブリは数百個でしたが、高高度偵察機から確認できたのは2個のみでした。そのパイロットは、デブリは真っ黒だったからほとんど視認できなかったと無線で言いました。ケスラーは直感的にデブリが黒いというのは信じられないと思いました。というのは、デブリはこれまで見てきた限りではほとんどが光沢のあるアルミニウムだったからです。しかし、ケスラーは、黒かったのは実験で爆発した人工衛星の電子機器等が焼け焦げて表面が炭化したからだということを突きとめました。さらに調査を進めて分かったのは、地球周回軌道を周回しているデブリのほとんどは黒いということでした。ということは、ニューメキシコ州のホワイトサンズの望遠鏡は多くのデブリを見落としているということを意味します。ケスラーの研究チームが把握しているデブリよりも遥かに多くのデブリがあるのです。もっと大きく、もっと破壊力の大きいデブリもあるでしょう。