ロー対ウェイド判決が覆された!アメリカで中絶薬は禁止に?その薬を発明したエミール・ボリューは何を思う?

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 開発から40年が経ちましたが、今では中絶薬はかつてないほど重要なものとなっています。「中絶薬が使えるようになったことによって、堕胎する必要のある人が、自分の意志でそれをすることができるようになりました。臨床医の手も看護士の手を借りる必要も無くなったのです。誰の許可を得る必要も無く、自分の意志のみで自分の生殖をコントロールできるようになったのです。」と、中絶薬の使用に関する情報を提供する団体であるPlan Cの共同設立者のエリサ・ウェルズは私に言いました。

 中絶薬を使って中絶するという手段を、その手段を必要とする者が容易に採用しやすくなりつつあります。それによって、中絶禁止令は実質的に無効化されつつあります。カイザー・ファミリー財団(サンフランシスコに本部を置くアメリカの非営利団体。医療問題に焦点を当てている)によれば、アメリカの大人の80%(18歳〜49歳の女性の3分の2が含まれる)は、中絶薬の存在を知らないそうです。その存在を知っている者の中には、それを入手する経済的余裕の無い者もいますし、入手方法を知らない者もいます。現在でも、アフリカ系やヒスパニック系の人たち、10代の若者たち、地方に住む人たちの中には、中絶薬を容易に入手できない者が少なくないようです。ワットルトンは言いました、「中絶薬を郵送で送れば多くの人が入手し易くなると主張する人が沢山います。私が彼らに言いたいのは、『コムストック法(Comstock laws)の存在を知らないのか?』ということです。」と。コムストック法は、避妊や中絶に関する資料、猥褻なものに関する情報が記載された手紙、文章、書籍等の郵送を禁じています。本来、女性はリプロダクティブ・ヘルス・ライツを有しています。中絶薬を使う権利もあるはずですが、実際には、その権利を侵害するものが世の中には沢山存在しています。中絶薬の使用に強硬に反対している者たちは、それが女性の為になると考えているのかもしれません。しかし、実際は、そうではないでしょう。

 ロー対ウェイド判決が覆された今、中絶薬の使用が合法であるか否かという点について激しい議論がなされています。先週、メリック・ガーランド司法長官は、各州がミフェプリストンを禁止することはできないと述べました。しかし、本当にそうなのかは意見が分かれるところです。中絶薬を使用する権利を擁護する者たちは、憲法に記載のある連邦法優越条項を持ち出して、食品医薬品局(FDA)の裁定が州当局の裁定に優先すると主張しています。しかし、食品医薬品局はRU-786の使用を承認しましたが、妊娠10週間以内での使用に限定しています。中絶は一刻を争うものであるので、例外的に使用を認めただけなのです。中絶薬をオンライン薬局や海外の業者から購入した場合、届くまでに数週間を要する可能性があります。また、中絶薬を使用したために訴追された女性も少なくないようですし、中絶薬を販売した女性も訴追されているようです。ブルッキングス研究所は、「中絶薬論争」が激しくなるだろうと予測しています。以前、睡眠薬の認可について論争が激しくなったことがありました。その時と同様に、この論争は、人種差別的、階級差別的なものになりそうです。リプロダクティブ・ヘルス・ライツに詳しい研究者であるドンリーは、中絶薬に関連して訴追される件数が増えるだろうと予測しています。例えば、10代の娘のために中絶薬を調達する母親など、中絶薬を提供した者やそれを手助けした者が訴追されるでしょう、ロー対ウェイド判決が覆ったことで、訴追件数が増えるでしょう。その結果、中絶薬を入手するハードルが上がるでしょう。「残念ながら、中絶が禁じられている州に住んでいて中絶をしたいと望む人のリスクは非常に高くなってしまったのです。」と彼女は言いました。

 近年、中絶薬の提供業者や中絶薬の合法化を訴えている活動団体は、中絶薬を利用者に届けるための新しい方法を模索しています。過去に公海上にある船舶での中絶手術を支援してきた経験のあるオランダ人医師レベッカ・ゴンペルツが設立したエイド・アクセス(AID Access:郵送によって中絶薬を提供する非営利団体)は、ミフェプリストンとミソプロストールを届ける手段としてロボットやドローンを使った実験を行っています。ゴンぺルツがオンライン診察を行ってから、インドの薬局に処方箋を送信します。その薬局は、中絶を希望する者あてに中絶薬を発送します。ゴンペルツは医師免許を持っていますが、海外に拠点を置いているため、アメリカの法律の適用外となります。「女性のリプロダクティブ・ヘルス・ライツを侵害している不当な法律は、尊重する必要などないのです。」とゴンペルツは言っていました。

 中絶薬が合法である州においては、ヘイ・ジェーン(Hey Jane)やチョイクス(Choix)といったスタートアップ企業が、中絶薬を容易に、お手頃価格で、素早く提供できるよう研鑽を続けています。ワービー・パーカー(Warby Parker:ニューヨーク発のアイウェア店)が眼鏡の販売で成功した事例を参考にしているようです。例えば、ヘイ・ジェーンは、「最新の中絶方法」を謳い文句にしています。テキストメッセージやスマホやオンライン面談形式で診断医に中絶希望者を診断させます。その後、中絶薬は内容物を秘匿する形で発送されます。18歳以上の中絶希望者がこのサービスを受けられます。ニューヨーク州、カリフォルニア州、ワシントン州、イリノイ州、コロラド州、ニューメキシコ州がサービスの対象です。診断の結果、中絶薬の投与が認められない中絶希望者もいます。子宮外妊娠、慢性副腎不全、遺伝性ポルフィリン症などが理由となります。価格は249ドルです。産婦人科での平均的な堕胎手術費用の半分以下です。同様のサービスを提供している事業者は他にもありますが、中には中絶薬を妊娠する前に提供しているところもあります。予防措置的なサービスで、そうすることによって、意図せず妊娠してしまった場合でも手元に中絶薬があるので安心です。中絶薬の有効期限は2年ほどあるそうです。カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームが最近発表した論文には、「そのサービスは、実質的に、中絶を決意すると同時に治療を開始することを可能にする。」と記されていて、その事業を推奨していました。

 中絶が禁止されている州に住んでいる人にとっては、中絶薬を利用することは簡単ではありませんし、リスクも低くありません。しかしながら、決して不可能ではないのです。現時点では、他の州まで行って、そこで中絶薬を受け取ることが可能です。費用と時間がかかってしまいますが、違法ではありません(一部の州では、中絶希望者が他州で中絶薬を受け取ることを防ぐための法整備を急いでいるようです)。ジャスト・ザ・ピル(Just the Pill)というオンライン医療サービス事業者は、「駆け付け中絶(Abortion Delivered)」という謳い文句を掲げて中絶希望者の獲得に躍起です。巡回検診車のような車両を出動させるそうです。その車両内には、中絶薬や堕胎手術で使う真空吸引装置が装備されています。中絶希望者が中絶が禁じられている州に住んでいる場合には、例えば、テキサス州に住んでいる場合には、その車両をテキサス州の州境まで移動させるそうです(テキサス州が接している各州では中絶は禁じられていない)。「さまざまな事業者が競い合うようにさまざまなサービスを提供しているので、中絶が禁じられている州に住んでいる人でも、食品医薬品局(FDA)によって承認された中絶薬を入手することが容易になった。」と、アビゲイル・R・A・エイケンとウシュマ・ウパディヤイが医学誌British Medical Journalに記していました。その記事には、他にも革新的なサービスが列挙されていました。中絶が禁止されている州では、当局が違法な中絶が行われないよう監視していますし、中絶しようとしているとバレれば中絶反対活動団体による嫌がらせを受ける危険性があります。中絶が禁止されていない州でもそうした危険性は皆無ではありません(中絶反対活動団体の中には、偽物の医療機関のウェブサイトを作って中絶希望者を暴こうとしているところもあります)。そうした状況を受けて、中絶希望者は、口コミ情報も重視するようになっているようです。口コミ情報によって、安全に中絶できる方法を収集できることもあるようです。

 1989年には、ボリューは将来を楽観視していました。彼は言いました、「科学の進歩は止められないのです。新たに発見された素晴らしいものが、引き出しに戻されて活用されないなんてことは発生し得ないのです。」と。政治家連中が中絶薬を引き出しにしまいこもうと試みていたわけですが、彼のその信念が揺らぐことはありませんでした。彼は言いました、「科学者や医療従事者が常に新しい方法を発明しようと試み、進歩を追求し続けることが重要なのです。」と。ボリューがRU-486を開発した時、ある政治家はそれを「死の薬」と呼んで非難しました。しかし、実際には、その薬は沢山の人の生命を守るための重要な手段となっています。ロウ対ウェイド判決以降、その薬の重要さは全く変わっていません。♦

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