3.野良猫を減らす必要はないと思う人も多い。曰く、何が問題なの?
近年、野良猫の悪いイメージを中和するために、動物愛護団体等が「地域猫( community cat )」という言葉を使っている。(野猫( feral cat )という語が使われることもあるが、” feral (野生の、凶暴な) ”という語には、ホラー的な響きがあるし、猫が友好的な性格の持ち主であることを考慮すると適切な語ではない気がする。)地域猫( community cat )という新しい語が使われる根底には、屋外で生活する猫がその地域の人間のコミュニティー( human community )の大切な一員であるという概念があるのかもしれない。しかし、実際には、地域(コミュニティ)の野良猫を大切に思っているのは、おそらく餌を与えている者たちだけである。どうやら地域猫という語を使う目的は、そのコミュニティに住む者に猫を愛してほしいというメッセージを発することにあるようである。あるいは、猫を愛するにしても憎むにしても、地域(コミュニティ)から猫はいなくならないということを暗示するものなのかもしれない。ロサンゼルス動物管理センターのゼネラルマネージャーになる前にサンノゼで地域猫プログラムを開発したステイシー・デインズが私に提案したのは、地域住民は野良猫の存在を何も言わずに受け入れるべきということであった。「もし、近所でたくさんの野良猫が健康で安全に暮らしているのなら、猫が嫌いだからという理由だけで野良猫を拒否すべきではない。」と彼女は言った。
野良猫たちがどの程度健康で安全であるかについては議論の余地がある。「地域猫は野外で元気に過ごしている。」というのがベストフレンズ動物協会の立場のようである。他の多くの猫愛護団体の立場も同じである。しかし、それらの団体が繰り広げている独自の資金獲得活動を良く見てみると、全く違った絵が見えてくる。アレイ・キャット・アライアンス( Alley Cat Allies )は次のようなアピールをしていた。
メス猫ミーヴ( Maeve )には歯が 1 本も無く、まともに食べることができなかった。衰弱し、栄養失調で、呼吸器疾患を患っていた。ミーヴはまた、野生的で、まったく人間に馴染めず、人間を非常に怖がっていた。しかし、あなたがたの支援のおかげで、私たちは彼女を罠で捕らえて、彼女が緊急に必要としていた支援をすることができた。
屋外で生活する子猫の死亡率が高いことは、よく知られている。しかし、成猫の寿命に関する広範な定量的調査は行われたことがないと推測される。実際、そのような調査の結果を目にしたことは無い。穏やかな気候で十分な栄養を与えられた猫は、間違いなくそれなりに長生きするであろう。特に不妊去勢手術を施されてワクチン接種も受けている場合は間違いなく長生きする。とはいえ、通常、室内飼いの猫よりも疥癬( mange )や猫免疫不全ウイルス( feline immunodeficiency virus )などの感染病に罹るリスクが高くなる。街中を闊歩する地域猫の多数が、車、捕食動物、毒物が原因で殺されたり負傷している。おそらくは厳しい天候にさらされることによっても死んだり、負傷したりしている。アメリカ獣医師協会( American Veterinary Medical Association )は、屋外で生活することによって猫の平均余命が「大幅に短縮( radically reduced )」されると指摘している。
野良猫が人間に及ぼすリスクも重大である。ロサンゼルスではノミを媒介とする発疹チフス( typhus )が急増しており、2022 年に同市内で報告された数件の発疹チフスの死亡例の内の 1 件では、猫のノミ( cat flea )が媒介した疑いがあることが判明している。より広範な脅威となっているのは、猫がいなければ繁殖できない寄生虫によって引き起こされるトキソプラズマ症( toxoplasmosis )である。これは猫の糞便を介して感染し、妊婦が感染すると流産や先天性欠損症( birth defects )が引き起こされる可能性がある。話はそれるのだが、寄生虫の進化には驚愕させられるところがある。その 1 例をあげると、トキソプラズマ症に感染したげっ歯類は、脳に明らかな変化が起こり、捕食者、特に猫に対する恐怖心を失うのである。いくつかの研究で明らかになっているのは、寄生虫と統合失調症を含む人間の精神疾患との間に相関関係があるということである。 猫が狂犬病( rabies )を発症することは比較的まれであるが、実は、狂犬病に感染している個体数を比較すると犬よりも猫のほうが多いのである。つまり、猫は、人間にとって犬よりも狂犬病に関しては脅威である。また、野良猫が多いせいで、コヨーテの脅威が増すという問題もある。
7 月に飼っているペットに対する脅威が増しているとする市民からの苦情の急増を受け、パサディナ市議会は公開討論会の開催を決定した。多くの市民が参加して、コヨーテの殺処分( lethal control:有害動物の個体数の削減を目的とした殺処分)についての議論が為された。隣接するロサンゼルス市と同様に、パサデナにもコヨーテがたくさんいる。コヨーテを根絶することが不可能であることは既に十分に証明されているわけだが、市議会議員のスティーブ・マディソン( Steve Madison )が熱心に訴えたのは、パサディナ市の猫や犬をコヨーテの攻撃から守る必要性であった。「多くのペットは私たちの生活を豊かにしてくれている。」と彼は言った。「彼らは家族と同じである」。他の市議会議員たちは、公開討論会に参加したほとんどの市民と同様に、コヨーテの殺処分に真っ向から反対した。公聴会で意見を述べた市民の 1 人は、パサデナ市内の溢れかえったゴミ集積所の写真を見せて、「要するに、コヨーテを招き寄せている原因は我々の行動にある。」と主張した。リサ・ラング( Lisa Lange )も意見を述べた 1 人である。彼女が指摘したのは、観察した結果、野良猫用の給餌場がコヨーテを引き寄せていることが分かったということである。コヨーテはキャットフードを食べに来て、ついでにそこに来る猫も食べていたのである。それによって人間と接近することに慣れてしまって、人間を恐れなくなっている。ちなみに、学術雑誌” Human-Wildlife Interactions “に掲載された最新の論文によれば、捕らえたコヨーテの 3 分の 1 以上の個体の胃の中に、識別可能な猫由来の組織が見つかったという。公開討論会では、コヨーテの殺処分よりも抑制的な方法を主張する者もいた。それは、もしコヨーテが家族に危害を加えることを望まないのであれば、幼児からは目を離さず、犬は短いリードにつなぎ、猫は室内から出さないというものだった。30 件以上の意見が出された後、公開討論会は全会一致で殺処分に反対した。
リサ・ラングは、動物の倫理的扱いを求める人々の会( People for the Ethical Treatment of Animals:略号 PETA )の上級副会長である。昨年、私は PETA のために、猫を屋内で飼うよう人々に呼びかける短い動画を撮影した。その時に私が知って驚いたのは、同会がノーキル運動にも、TNR 活動にも反対していることであった。「私たちは外で猫を飼うことに反対している。それだけである。」と、ラングはパサディナの自宅で私に言った。「 TNR 活動は、何もしないよりは良いとは言えない。それどころか、何もしないよりも悪いと断言できる。それは、飼い主のいない猫の数を減らせないのに、猫は屋外にいるべきであるという概念を正当化するものであるし、屋外の野良猫の苦悩を全く無視するものである。街を歩けば、病気になった野良猫や身体が傷ついている野良猫を目にしない日は無い。むしろ死んだ方がマシと思えるほどの辛さに野良猫たちは耐えなければならないのである」。