野良猫が増えすぎたロサンゼルス! ノーキル( No Kill )運動が勢いづいたため、野良猫は増え続ける?

5.ベストフレンズ動物協会とは何ぞや?

 ベストフレンズ動物協会は 1980 年代にザイオン国立公園( Zion National Park )近くの風光明媚なレッドロックキャニオン( red-rock canyon )にある独立した動物保護施設として設立された。この動物保護施設の創設者の何人かは、悪魔とキリストのエネルギーを統合しようとするヒッピー時代の狂信団体である「最後の審判プロセス教会( the Process Church of the Final Judgment )」と関係があった。その団体は、優しさ、特に動物への優しさを重視することを指針として掲げていた。その後、最後の審判プロセス教会は解散し、ベストフレンズ動物協会から宗教色は排除されたが、トレードマークとして掲げている「 Save Them All 」というモットーを見る限り、キリスト教的な香りが少しだけ残存している。現在、その動物保護施設は 300 人以上の従業員を抱え、6,000 エーカー( 2.4 平米)の広大な敷地に、電気自動車の充電ステーション、2 つのSUV 車専用キャンプ場、広々としたビーガンカフェなどを併設するまでに成長した。年間 3 万人が訪れるが、その多くはベストフレンズ動物協会の会員で、いささか聖地巡礼の旅のようでもある。また、ペットを埋葬するための墓地もある(もちろんペットの埋葬は有料である)。また、過去に寄付をした人は表彰される。壁やベンチ等にそうした人たちの名前がある。しかし、この動物保護施設の最大の魅力は、動物救済のベストプラクティスのモデルとなっていることである。

 この動物保護施設は、動物たちを放し飼いにする場所ではない。動物を保護することと、里親探しが主目的の施設なのである。8 月のある晴れた朝、私は創設者の 1 人であるフランシス・バティスタ( Francis Battista )に施設を案内してもらった。バティスタは、会ってすぐに、自分も野鳥愛好家だと教えてくれた。彼の埃だらけの SUV に乗ってジュニパーやピニョン(いずれも低木の松)の林の中を進んでいくと、彼はラミネートされた地元の野鳥ガイド員証を私に見せてくれた。特にフンコ( junco:アメリカに棲息する小型フィンチ )が好きだと言っていた。巨大な屋根のある囲いの中で馬のリハビリテーションが行われる施設のホース・ヘイヴン( Horse Haven )や、ドッグタウン・ハイツ( Dogtown Heights )にも立ち寄った。その中には最先端の犬用フィットネスジムがあった。建物自体は、ジェレミー・ベンサム( Jeremy Bentham:18 世紀のイギリスの哲学者・法学者)が考案した円形の監獄を彷彿とさせるデザインであった。その建物を取り囲むように犬が宿泊するためのロッジがいくつも配置されていた。その 1 つは、ベストフレンズ動物協会が NFL のクオーターバックであったマイケル・ヴィック( Michael Vick:ピッツバーグ・スティーラーズ等に所属。闘犬賭博開催による逮捕歴有 )から引き取ったトラウマを抱えた数匹の犬をリハビリさせるために特別に建てたものであった。「私たちは、ヴィックのたくさんの犬を引き取ったことで、かなり有名になった。」とバティスタは言った。

 この動物保護施設の動物にはすべてに名前が付けられている。特別な措置が必要な猫が収容されているキャットワールド( Cat World )の 1 部屋で会った猫は、目の見えないオーロラ( Aurora )、猫伝染性腹膜炎( feline infectious peritonitis:略号 FIP )の治療を受けているハワード( Howard )、前足の 1 つがない小さなサークルビル( Circleville )などであった。小脳形成不全( cerebellar hypoplasia )という治療不能な症状を患っている数匹の猫の横を通り過ぎると、来訪者が里子候補の動物と触れ合えるエリアに出た。床には平らなプラスチックの板が置いてあり、その板の上部に前足の先が通るほどの大きさの穴が開いていて、ハンサムなグレーの猫がその穴からおやつを取り出そうとしていた。別の猫と一緒に座っていた若い女性は、この動物保護施設は彼女の猫の調達先検討リスト 1 つに入っていて、空の猫キャリアを持ってワシントン州から来たと話してくれた。彼女の姿を見て感動したことがある。それは、人に懐きそうにない手のかかる猫の多くの里親が 1 年以内に見つかることが分かったからである。他にも分かったことがあった。それは、この動物保護施設はコンパニオンアニマル( companion animal:人間の連れ合いとなる動物)のための国内最大のノーキル施設であり、2,000 万ドルの運営予算があるのであるが、それでも収容される猫の数はロサンゼルス近隣で屋外で生活している猫の数よりも少ないということである。

 その動物保護施設の近くの崖の下の木陰で、私はバティスタとその息子のユダ( Judah )と昼食を共にした。私が野良猫の問題について尋ねると、バティスタは人々が思っているよりも野良猫による被害は少ないという統計を引用しながらも、猫と鳥の両方が危険にさらされていることを認めた。息子のユダは、わずか 14 歳にしてベストフレンズ動物協会の共同設立者でもあるわけだが、この施設の公式の見解に沿ったことしか言わなかった。「私たちは、放し飼いにされている猫の数を管理し、減らしていきたいと考えている。」とユダは言った。「私たちは、より広範な地域社会との、より総合的な関わりを通して、それができると信じている」。同時に彼が主張したのは、猫は在来種の生態系を乱す脅威ではないということであった。彼は言った。「野良猫は、手つかずの大自然の中にはいるわけではない。殺虫剤、車の往来、ガラスの窓など、野生動物に悪影響を与えるものが劇的に多い都市化された環境にいるのである。野良猫たちは、人間のいるところに住んでいるのである」。

 私たちが昼食を摂っていたテーブルの近くの草陰から、うずらの親子が姿を現した。私はその時に感じたことをバティスタ父子に話した。それは、今や都心部だけでなくいたるところに人間と猫がいること、あらゆる動物の中でも犬と猫だけは他の野生動物と異なり特別に高い地位を与えられていると思えることなどであった。私はバティスタ父子に、猫の一匹一匹の生命は、その猫が殺す動物の生命よりも価値が重いのか否かを尋ねた。

 「すべての動物の生命には価値があり、本質的には全て同じであると信じている。」とフランシスは言った。「あなたも私と同じ考えだと思うが、人間に飼われている犬や猫の生命に価値があることは間違いない。しかし、そこかしこに居るうずらや他の小動物の生命を軽視することはできないとも思う」。

 「犬や猫は、人間が他の野生動物と区別して家族に迎え入れた最初の動物である。」とユダは言った。「動物を殺さずに問題を解決することは非常に重要である。それは犬や猫だけでなく、他の動物についても言えることである。ほとんどの人が家族だと思っているコンパニオンアニマルである犬や猫の殺処分をせずに問題を解決できるならば、それが他の動物にも適用できるかもしれない。これまでとは全く違ったやり方をする際の参考となる可能性がある」。

 私がバティスタ父子に言ったのは、自分は人間の本性を悲観的に捉えているということである。さらに言ったのは、人間が犬や猫を飼いならして家族に迎え入れたわけであるが、家族とは何を排除するかによって定義されるもので、野生動物は意図して排除されたと考えているということである。バティスタ父子は、私の考えが悲観的であることには同意した。

 私が TNR 活動の話を持ち出すと、ユダは TNR 活動が効果が無いように見える理由は、大規模に実施されていないからだと指摘した。資金をフルに投入し、地域社会を巻き込み、もっと時間をかけるべきだという。「 TNR 活動は効果が無いと考えている。だから、当協会は十分な資金を提供していないのである。」と彼は言った。「現在のロサンゼルス市の TNR 活動の取組み状況は非常に消極的なものである。『興味のある方は、バウチャーを受け取って下さい。』と告知しているのみである」。

 私は、TNR 活動の取り組みをどのように大幅に拡大できるか考えたことがあるが、容易ではなさそうである。フランシスが言うには、既に全国的に獣医師が不足していること、単価の低い不妊去勢手術をする施設よりも高級なペットサービスを重視する企業等で働く獣医が増えているという。オーリー・クローに頼まれていたので、私はなぜベストフレンズ動物協会がロサンゼルスで移動動物診療所の運営を支援しないのかを尋ねた。ユダは、現在の最優先事項は里親探しの促進であり、直接的にサービスを提供することではないと説明した。「ロサンゼルスは最も獣医師等が不足しているわけではない。」とユダは言った。「私たちは、テキサス州南部やニューメキシコ州のような、この国の中でも最悪の状況にある地域に多大な投資をしている」。これらの地域では全く獣医師等が枯渇しているという。彼が言うには、そのため、現地で同協会の主任獣医師が大量の不妊去勢手術を行うために獣医を集めて訓練しているという。同時に、ベストフレンズ動物協会は、ペットの不妊去勢手術を義務づける法律には反対している。理由は、そのような法律を作っても貧しい人には費用がかかるため遵守するのが難しいからである。また、ペットスマート財団( PetSmart Charities:ホームレスのペットの命を救うことを目的とする非営利団体)の先日の決定にも反対していない。ペットスマート財団は、同財団が運営するペットショップから里子として動物を受け渡す前の必須条件としていた不妊去勢手術を実施しないという決定をしていた。ペットスマート財団の決定を擁護するためにユダが言ったのは、不妊去勢手術を里親に任せることによって、里親の責任感を強める効果があるということである。また、より参画意識を高める効果もあるという。

 参画と地域社会という語は、ベストフレンズ動物協会が好んで使う語でありテーマでもある。可愛くてあどけない表情をした猫や、微笑んだりはしゃいだりする犬の写真を使った宣材資料の中にある逸話と同様に、バティスタ父子が私に語ったコミュニティ全体の人間性についての物語は、私にインスピレーションを与えるものであった。彼らの思い描いている理想の世界は、里親になる人たちが積極的に動物を愛する者たちのコミュニティに参加し、コミュニティの誰もが猫の世話に参画するようになることで飼い主のいない猫の数が減りるというものである。そこでは、人間性がより優しい方向に進化していくという。残念ながら、この物語はベストフレンズ動物協会に批判的な人たちの心にはあまり刺さらないようである。前述の PETA の上級副会長のリサ・ラングが皮肉を込めてベストフレンズ動物協会の姿勢を批判している。彼女によれば同協会が「 Save Them All (全ての動物を救え)」というテーマを掲げている理由は、「 Spay Them All (全ての動物を不妊去勢しろ)」を掲げるよりもより簡単に多くの資金を獲得できることにあるという。しかし、私にはバティスタ父子のいずれも守銭奴のような人物には見えなかったし、インチキっぽさも感じさせなかった。むしろ、信念があるように感じられた。特に息子のユダには殉教者の死をも辞さない決意のようなものさえ感じた(父のフランシスの決意には微妙なところがあるような気もしたが)。ベストフレンズ動物協会の政策や方針は概してリベラルであり、ノーキル運動は絶対に安楽死を禁止するものでもない。しかし、「 Save Them All (全ての動物を救え)」という命令調のテーマは、中絶反対運動を彷彿とさせるものがある。信仰に基づいて全ての胎児の命を救えとの主張を状況にかかわらずに主張しているわけだが、その点がノーキル運動と似ているような気がする。また、その単純さにおいて、この「 Save Them All (全ての動物を救え)」というテーマは、進歩主義者の「国境を開放しろ( Open the borders )」とか「警察予算を打ち切れ( Defund the police )」という派手で陳腐な宣伝文句を思い起こささせる。派手で単純な宣伝文句の魅力は、困難な選択を迫らないことにある。また、人間は単純な言葉の方が受け入れやすいのである。さらに、受け入れやすくしようと思うなら、「 spay (去勢しろ) 」よりも「 Save (救え)」という語を使った方が良いのは明らかである。誰もが自分の子供たちには幸せな物語を聞かせたいと思うものである。それがベストフレンズ動物協会が「 ホームレスの猫を保護施設に連れて行けば、きっと愛情深い愛猫家に見つけてもらえる。」と訴えかけている理由である。